第7話 過去編:ふたりの王子⑦
「いやあ、冒険者ってヤツはさすがに頑丈だね。まさかあの巨大なシャンデリアが直撃して、ケガひとつしないとは」
「……お~お~、こいつぁ予想外だな。お前だったのか、俺を助けてくれたのはよぉ~~」
数時間前。シャンデリアの直撃を受けても無傷だったガウスには、なんと頑強の体かという賞賛が惜しみなく浴びせられた。
結局表彰式典は場所を変えて簡易的に行われ、それでもそこそこ長かった式典を終えてようやく帰り着いたのが『時計仕掛けの酒樽』亭。根無し草のガウスが王都で常宿にしている寂れた宿屋のいつもの部屋で、レイアードは待っていた。
「僕のこと覚えてくれてたんだ。嬉しいな」
「衣装室不法侵入ひとりファッションショー女装男子のことをどうやったら忘れられるんだよ」
「たしかに。……てか女装バレてたんだ」
「まあともかく、助けてくれたことは感謝してるぜ。本当に危なかったからなぁ~~」
「あ、ちなみになんで僕が助けたって思ったの?」
「勘」
「勘かぁ~~」
ガウスの言う『勘』とは、実際には鋭い人間観察から来る無意識の洞察のことである。基本的に頭がそれほどよくないガウスだが、人を見る目は抜群にあった。
それはその膂力以上に、ガウスをここまで生存させてきた最大の武器である。かつて王宮の衣装室で初対面のレイアードを信用したこともこの洞察力によるものだ。
だが当然そんなことを知る由もないレイアードは、あまりにあっさりした回答に苦笑するしかなかった。
「身も蓋もないなぁ。ちゃんと僕が助けたって信じてもらう方法も考えてたのに、ムダになっちゃったな」
「へぇ? ちなみにどんな方法だったんだ?」
「こんな方法」
「……お? おお?」
ガウスは驚いて目を見開き、次の瞬間壁に向かって走り出した。
そしてそのまま壁を駆け上がり、天井を走り抜ける。
さらに反対側の壁を駆け下り、床を駆け抜け、壁を駆け上がり、天井を走り……縦方向に部屋をぐるぐる回り出したガウスを見て、レイアードはハムスターの回し車を連想した。
「お……おおおおお! すげえ! すげえじゃねえかメルフィよぉ~~! こりゃ『軽量化』だな! 大して珍しくもない魔法だが、極めればこんなこともできんのか!」
「……いや、僕はそんなことはできない。どんな身体能力してんだ、君」
「おい、うるせーぞ!」
「はは、上の階のヤツが怒ってやがる。あいつ、いっつも床をどたどた歩いてうっせーんだよな。おら、同じことやり返してやるよぉ~~!」
「やめなさい」
ひとしきりはしゃいだあと、ようやくガウスはおとなしくなった。息を切らすガウスに、レイアードはため息をつく。
「……まあ、こういうことだよ。君の命を救ったのもこれと同じ魔法。落ちてくるシャンデリアを軽くしたんだ」
「なるほど、こりゃ信じるしかねえなぁ。このレベルで『軽量化』を使える人間なんてそうはいねえ。特別に秀でた技術は、それ自体が身分証明になるってわけだ。……で?」
「で、とは?」
「なんで俺のことを助けたんだ?」
「ふふ……。よくぞ聞いてくれました!」
レイアードは胸を張る。
「ガウス・グライア。君には僕の王子様になってもらう!」
「……あ~~。不思議と、いきなりシャンデリアが落ちてきたときよりも混乱してるぜ。どういう意味だ?」
「言葉のままの意味さ。離宮という鳥籠に閉じ込められている僕を、颯爽と助け出してくれる王子様! 僕がずっと求めていた存在に、君はなるんだ!」
「まったく意味はわからんが。とりあえずメルフィ、お前が離宮とやらに閉じ込められているようには見えんが」
「……あれ?」
レイアードは首を傾げる。
「そういえばそうだね」
「なんなんだ」
「ふうむ。……よく考えれば、離宮を抜け出すこと自体はいつでもできたんだ。鳥籠の扉は実はずっと開いていた。必要だったのは、定時にやってくる餌と王子の地位という止まり木を捨てる覚悟だけだった……」
「よくわからんが、納得してくれたならそれで……待て、『王子の地位』っつったか?」
「よし、わかった。ガウス。やっぱりいったん僕の王子様にはならなくていい。代わりに誘拐犯になってくれ」
「なるほどなぁ。この間のガキの言うことにも一理はあったわけだ。王族様の言うことは高度すぎて、冒険者ごときには理解できねえらしい」
ガウスを『誘拐犯』にして、このまま離宮に戻らず姿を消す。それは単なるレイアードの思いつきではあったが、考えれば考えるほどそれ以外の選択肢はないように思われた。
そもそもの話、抜け出していたことをバレずに離宮に戻る方法がない。
衛兵のシフトはもう変わっているだろうし、防衛装置のせいで塀を乗り越えることもできない。
そして離宮を抜け出したことがわかれば、シュマグはさらに警戒を強めるだろう。ハルトールの衛兵の懐柔も気付かれるかもしれないし、そうなったら二度と離宮を出ることはできなくなる。
「うん。どう考えても、このままガウスに王族誘拐犯になってもらうのが一番都合がいい」
「……あ~。まあ命の恩人の頼みだ。聞いてやらないこともねえが、誘拐犯っつっても具体的に何をすりゃいいんだ?」
「人質から目を離さない。定期的に食事を出す。清潔な寝床を用意する。そんなところかな。あ、あと服も買ってほしい。いっぱい」
「金がかかるんだなぁ、誘拐犯ってのは」
「まあね。……あ、そうだ。この指輪あげるよ。王家に代々伝わる財宝のひとつだから、売ればそれなりのお金になるんじゃないかな」
「へえ、そりゃいいや」
指輪を受け取ったガウスはうなずいてそれを懐にしまった。
王家に代々伝わる財宝を売ってしまったら、間違いなくレイアード誘拐犯として憲兵に追われることになる……ということにガウスが気付くのはもう少し先の話だ。前述のとおり、ガウスは基本的に頭がそれほどよくなかった。
ともかくそんなわけで話はまとまった。
これ以降レイアードは王子としての地位を捨て、ガウスの庇護下で別人として生きることになる。
誰からも束縛されない環境を手に入れたレイアードの服装と口調は、徐々に女性的なものへと遷移していく。
自分の正体が露見しないための変装だ……とレイアードは主張していたが、実際には9割方本人の趣味である。
メルフィリア・メイルという偽名を名乗るようになり、その補助魔法の能力を生かして冒険者として活動をはじめたのはそこから数年後の話だ。
「しかし、それにしても……。結局、ハルトールの言うとおりになっちゃったな」
「ハルトール……? なんかどっかで聞いた名前だな。そいつがどうかしたのか?」
「僕が『いつか王子様がここから僕を助け出してくれる』って言うたびに、あいつは答えるんだよ。『兄様だって王子なんだから、どっちかっていうと助ける側だ』ってね。実際、結局僕がガウスを助ける側だったし、鳥籠から出るのに助けはいらなかった」
「ふうん……。メルフィよぉ。王子様ってのが窮地を助ける人間に対する比喩表現なら、お前は間違ってないと思うぜ。俺はお前の王子様だ」
「え?」
「これから一緒に過ごすんなら、俺は何回だってお前を助けるからなぁ。俺だけじゃねえ。色んな人がお前を助ける。お前だって色んな人を助けるだろうよぉ~~」
「……ふむ」
「だからよぉ。お前の理論で言うと、俺はお前の王子様だし、お前は俺の王子様だし、そんでもって今は顔も知らねえ奴の中にもお前の王子様はたくさんいるし、そいつらにとってお前は王子様なんだ。そうだろうがよぉ~~」
「ふふ……。無茶苦茶なことを言うなぁ。……でも、うん。いいね、素敵な考え方だ」
みすぼらしい宿屋の一室で、ふたりの王子は顔を見合わせて笑う。
メルフィリア・メイルが語るレイアード・クラウゼルの物語の、それが終わりの場面だった。
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