第6話 過去編:ふたりの王子⑥
「鳥籠の中の鳥。兄様は自分をそう称しますが、僕にはとてもそうは思えない」
どこか空虚な笑みを貼り付けたまま、ハルトールは語る。
「兄様は誰よりも自由ですよ。補助魔法ばかり使うと軽んじられても、その補助で離宮を抜け出す。女の格好をしたがるからと迫害されても、それでも衣装室に忍び込むことをやめない」
「……ハルトール」
「僕は違うんです、兄様。母親の血を罵られて、それでも家族を誇ることができなかった。弱さゆえに足蹴にされて、弱いままの自分を受け入れることができなかった」
ハルトールが背後の衛兵たちに合図を送る。
するとそれに合わせて衛兵たちが動く。ほどなくして、ハルトールの背後で門が開きはじめた。
「……すごいな、ハルトール。離宮の衛兵たちに言うことを聞かせられるのか」
「ええ。といってもまだ全員を掌握できているわけではないので、門を開けてもらえるかどうかは衛兵たちのシフト次第ですけどね」
わずか6歳の少年が単身で何人もの衛兵を操る様は、明らかに異常ではあった。
異常ではあったが、レイアードにそれほど驚く様子はない。ハルトールとの付き合いは長いのだ。わざわざこうして目の当たりにするまでもなく、弟の異常性は理解していた。
「というわけで、実は僕もこっそり離宮の外に出てたりしたんですよ。兄様みたいに壁を飛び越えたりはできませんけど、僕は僕なりのやり方でね」
「まったく気付かんかった……。あ! もしかしてあれか、クソシュマグの言ってた『王宮の衛兵たちに影響力を持ちはじめているいる何者か』って……」
「あはは、バレました? そうです、僕ですよ」
「お前なぁ……。あのせいでシュマグが警戒して、こんな防衛装置なんて取り付けやがったんだぞ」
「いやいや、僕は姿を見られるようなヘマはしてないですからね! 兄様がちょくちょく衛兵に捕まりかけたりするから、小柄な不審者って情報から僕らに疑いがかかってきたんですよ!」
「なんだって!」
「なんですか!」
ひとしきり言い争い、にらみ合ったあと。
「ふふ……」
「ははっ!」
ふたりの王子は、顔を見合わせて笑った。
「……いま王宮ではランバーン兄様一派とシュマグ兄様一派が勢力争いをしていますが、さっきも言ったように実は一部の兵士は僕が掌握しています。このままいけば、数年中には僕の派閥が最大勢力になるでしょう」
「そりゃあすごい。まーランバーン兄様はともかく、クソシュマグよりお前が王宮の主導権を握った方がはるかに国のためになるだろ。応援してるよ」
「そうでしょうか」
「うん?」
「……僕がこうして力を手に入れようとするのは、きっと根本的には復讐のためなんだと思います。自分を虐げてきた人間たちと、弱かった過去の自分への復讐」
レイアードはぽりぽりと頭を掻く。
「そりゃまあ……健康的ではないな。ほどほどにしとけよ」
「はは、そうしたいところですね。……でも正直なところ、自分がどのくらいで満足するのか自分でもわからないんです。もしかしたら、世界すべてを支配するまで僕は止まらないかもしれませんよ」
「そんなことにはならないさ」
「へえ? なぜそう言い切れるんです?」
「エンペリオがいるだろ」
レイアードの言葉に、ハルトールは目を丸くした。
「エンペリオ? あいつは関係ないでしょう。ただの世話が大変なフクロウですよ」
「僕にはそうは見えない。あいつはたぶん、お前が思っている以上に、お前にとって特別な存在だよ」
「そうは思えませんが……。ま、兄様がそう言ってたってことは覚えておきますよ」
いまいち納得していない様子だったが、ハルトールはそう言ってうなずいた。
その様子にレイアードは内心で苦笑する。ハルトールがフェザーオウルのエンペリオにどれだけ愛を注いでいるかは、端から見ていれば明らかだった。だがどうやら当の本人にはさほど自覚がないらしい。
「……ところで、兄様。そろそろ時間ですよ」
「おっとそうだった。それじゃあなハルトール。門、開けてくれてありがとう!」
「ええ。それじゃ」
ハルトールにうなずいて、レイアードは駆け出した。
ハルトールの横をすり抜け、衛兵たちの間を通り、そして門をくぐり抜ける。
「兄様!」
「なんだよもう。急いでるってのに」
「兄様は僕が一番大嫌いな人で、それから一番の憧れです。今日兄様がどんな選択をするにしても、僕はそれを尊重する」
「待て待て、なんの話だよ」
「幸せに生きてください、兄様。兄様が幸せでいてくれれば、それで僕も救われる気がするんです」
「知らんわ! お前はお前で幸せになってろ。もう行くぞ!」
「はい。……あ、兄様。最後にもう1つだけ」
「なんだよ!」
「その服、とてもよく似合ってますよ」
「それはどうも!!」
レイアードはくるりと身を翻し、黒いドレスを翻しながら離宮を走り去っていった。
ハルトールはにこりと笑い、手を振ってレイアードを見送る。
なぜだか、ハルトール・クラウゼルは確信していた。自分の兄が、もうこの離宮には戻ってこないであろうことを。
次第に遠くなっていく兄の背中を最後まで見送ることはせず、ハルトールは手を振って衛兵たちに合図する。
門は静かに動き、
「さようなら、兄様」
そして、ハルトールの背後でそっと閉じられた。
●
「……まずいなぁ、これ」
たどりついた公会堂の一角。できるだけ人目に付かないよう端の方に身を寄せながら、レイアードはつぶやいた。
もっとも、身バレの心配はさほど必要ないだろう。そもそもレイアードの顔が市井に知られていないこともあるが、そもそも公会堂に集まった人々は観覧席の方など見ていない。
よそ見をしている暇などないのだ。なんせ彼らの視線の先には、
「それではこれより、ガウス・グライアの表彰式典を開始する!」
「はぁい」
すでに開始している表彰式典があるのだから。
商人ギルドが多額の財を投じただけあって、公会堂での式典はとても荘厳で見応えがあった。巨大なシャンデリアの明かりのもと、ふかふかした赤い絨毯の上をガウス・グライアが歩く。
「もー……。やっぱハルトールの話に長々と付き合いすぎたよなぁ」
それでも物陰でこっそりとレイアードはつぶやく。
もっとも実のところ、ガウスはかなり前から公会堂の控え室で商人ギルドの者に囲まれていた。多少早く離宮を出たところで、レイアードがガウスに警告できるようなタイミングはなかったのだが。
ともかく、表彰式典はすでに始まっている。こうなってしまったからにはもう自分の手で暗殺を止めるしかない、とレイアードは覚悟を決めた。
……だがしかし、どうやってこの状況で暗殺など行うというのだろうか。観覧席の面々も商人ギルドの人間だけというわけではない。露骨に殺人など行えばすぐに足が付く。かといって事故に見せかけるにしても、こんな室内で人が死ぬような事故が起きるとも思えない。
「……んお?」
思考を巡らせつつガウスの方を見張っていたレイアードは、不意に世界が揺れるような感覚を感じた。
なんだろうか、と一瞬考えて、すぐにレイアードは気付く。揺れたのは世界ではなく、シャンデリアに照らされた観衆の影だ。
赤絨毯の上を歩くガウスの上で、巨大なシャンデリアがぐらりと揺れ、
「……え」
落下し、
「ひ……」
「きゃああああああっ!!」
そして、ガウス・グライアに直撃した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます