第5話 過去編:ふたりの王子⑤

「なんのことですか?」

「はは、とぼけるじゃないか。王宮で何度か目撃されている小柄な不審者。衛兵や侍従たちへの影響力を日々高めていく何者か。その正体に、僕様が気付かないとでも思ったのか?」

「……さあ、なんのことだかさっぱり」


 シュマグの詰問に不敵な笑みを浮かべてみせながらも、レイアードの内心は穏やかではなかった。


 どうやら、離宮を抜け出して暗殺計画のことをガウスに伝える計画が見抜かれたわけではないらしい。その点はよかった。

 だが、自分が離宮を抜け出していたことはやはり気付かれていたらしい。衛兵や侍従への影響力うんぬんという話には心当たりがないが。


「平気で兄に嘘をつくその態度、本当に呆れるな。お前のような人間に僕様と同じ血が流れているなんて、まったく信じられないよ。……まあいい。寛大な僕様は、君のような不出来な弟も見捨てたりしない」

「何が言いたいんです?」

「実は、お前とハルトールにサプライズプレゼントを用意したんだ。ふ、気に入ってくれるといいんだが」

「……さっきから、いったい何を……」

「おい、起動させろ!」


 シュマグがうしろの衛兵に合図を送ると、その衛兵が手元の水晶玉に何かを告げた。

 すると。


「な……っ!」

「はは、見事なものだろう!」


 それは、ある種幻想的な光景だった。

 離宮ノイタォシを囲む外壁の上部から、弧を描く赤い光線が無数に発せられる。光線は空中で交差し合い、ドーム状の格子を形成していった。


「……どういうつもりだ、クソシュマグ。あれはなんだ」

「はは! 相変わらず無学な弟に教えてやろう。あれは触れた者に魔法的ダメージを与える軍事的な防衛装置。ああしてこの離宮の上部をすっぽり覆ってしまえば、外壁を飛び越えて出入りするような真似は二度とできなくなるってわけだ」

「……!!」

「気付いてないとでも思ってたかい? 君が離宮を出入りしていると仮定すれば、方法はひとつしか考えられない。母親譲りの薄汚い軽業で、外壁を飛び越えたに決まってるんだ」


 下卑た笑みを浮かべるシュマグ。弟をいたぶる快感に身を任せたその表情は、恍惚としているとすら言えた。


「あははっ! あはははっ! 中級国民どもを懐柔して勢力を拡大するつもりだったらしいが、あいにくだな。レイアード、お前の野心もここまでだ。離宮の門を守る衛兵は、特に僕様への忠誠心が厚い人間で固めてある。お前は二度とこの離宮から出られないんだ!」

「こ……の、お前はいったいどこまで……!」

「生まれながらの格差はどれだけあがいたって埋まらない。お前はしょせん一生僕様の下なんだよ! あははっ! 兄に対する言葉遣いも、次会うときまでにしっかりと身に付けておけよ」


 高笑いするシュマグに、レイアードは拳を握りしめる。


 ……シュマグの防衛装置のせいで、レイアードが離宮を抜け出すことはできなくなった。おかげでレイアードは二度と衣装室に入れないだろう。シュマグの思惑通りだ。

 だが、それはいい。もっと重要な問題が他にあった。


 レイアードが離宮を出られなくなったいま、ガウスに暗殺計画を警告できる人間は存在しない。





「……まずいことになりましたね、兄様」

「ああ。……くそ、今になってこんな風に外出を妨害してくるなんて。シュマグの野郎、本当は僕がガウスのところに警告に行こうとしてるって気付いてるんじゃ……」

「それはないでしょう。即席で用意したにしてはこの装置は大規模すぎる。おそらく以前から準備していたシュマグ兄様の計画が、たまたまこの時期に重なってしまったのだと思います」

「……だとしたら、本当に間の悪いことだね」


 シュマグの『サプライズプレゼント』から、レイアードは必死に頭をひねり続けた。

 考えに考え抜いて、そして出た結論は「どう考えてももう詰んでる」というものだった。


「……もう、無駄になるのを覚悟で侍従や衛兵に訴えてみるしかないかな。クソシュマグの悪行を暴露してやれば、もしかしたら味方になってくれる人間もいるかもしれないし」

「いえ、兄様。僕にひとつ考えがあります」

「……考え?」

「兄様をこの離宮から脱出させるプランですよ。暗殺計画の当日、僕が指定した時間ちょうどに離宮を出る門まで来てください」

「はぁ? ……何言ってんだハルトール、門なんかから出られるはずないだろ。あそこはシュマグの息のかかった衛兵たちで固められてて……」

「いいから。兄様はただ、僕のことを信じてくれればいいんです」


 言い切るハルトール。まじまじとその顔を見つめるレイアードを、ハルトールはまっすぐに見つめ返す。


 結局、完全には納得できないままレイアードはうなずいた。


「……わかったよ、ハルトール。お前を信じる」

「ありがとうございます。……兄様」


 実際のところ、ほかに選択肢なんてなかったのだ。





 そして。エウレイア公会堂でガウスの表彰式典が行われる、まさにその日。


 ハルトールが指定した時間は、昼を少し過ぎたころ。

 夕方からの式典が始まるまでには多少余裕があるとはいえ、この時間指定にもレイアードは不満だった。仮に門を突破する方法をハルトールが知っているとして、なぜもうちょっと早い時間に出られないのだろうか。人の命に関わることである以上、もう少し余裕を持っておきたい。

 しかしハルトールはそれ以上詳しいことを教えてくれなかったし、そもそも監視の目も強化されたおかげでハルトールと密談する機会もそれ以降なくなった。レイアードとしては従うほかなかった。


 まあ、とはいえ。

 衛兵に見付からずに門から脱出する、という点については、レイアードはわりと楽観視していた。

 この離宮の中で今やたったふたりの血縁同士、ハルトールとの付き合いは長い。彼の性格と才能についてはよく知っている。ハルトールが脱出できるというのだから、脱出できるのだろう。


「レイアード兄様! こっちです!」


 待ち合わせの場所に向かうレイアードの耳に、ハルトールの声が届く。


 声の調子からして、どうやら計画は上手くいったようだ。方法はさっぱりわからないけれど、なんとかして門の前から衛兵をどかしたのだろう。

 やっぱりあいつは優秀だな、などと思いながらレイアードは庭園の緑をかき分け、離宮の内外を隔てる門の前にたどりついた。


「やあ、レイアード兄様。さすが、時間ぴったりですね」

「……は」


 一瞬、理解が追いつかなかった。


 こちらに向かって手を振るハルトール。

 その背後には、門を守る衛兵たちがずらりと並んでいた。


 それはまるで。

 今まさに門を抜け出そうとする不届き者を、引っ捕らえようとして待ち構えているかのようで。


「ハルトール。これはいったい」

「ねえ兄様。そういえばこれは言っていなかったんですが」


 ハルトールがにっこりと笑う。

 人好きのする爽やかな笑顔。きっと先入観なしにこの笑顔を見れば、誰もが彼のことを好きになってしまうのだろう。


 そしてハルトールはそんな完璧な笑みを浮かべてみせたまま、


「僕はずっと、レイアード兄様のことが大嫌いだったんですよ」


 そう言った。

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