第4話 過去編:ふたりの王子④

「例の『サプライズプレゼント』についてですが、予定通り準備を進めております。まもなく到着すると思われますが……」

「うるさい! そんなこと今はどうだっていい!!」


 少年のものとは思えない殺意に満ちた怒声を浴びせられて、中年の男は首を縮こまらせた。


「ああもう、ムカつくムカつくムカつく! 今思い出しても心底腹が立つ。なんなんだあいつ、クソ下級国民のくせに僕様をビビらせやがって! ビビってないけどな! まったくビビってないけどな!!」

「落ち着いてください、シュマグ様」


 自らに割り当てられた私室で、シュマグ・クラウゼルは怒り狂っていた。

 それをなだめる中年の男は、王宮内務局副局長のカンシーン。シュマグの腹心として知られる男だ。


「これが落ち着いていられるか! おいカンシーン、なんとかあの男を罰せられないのか? 昨日僕様を脅した件でもいいし、他になにか罪をでっち上げてもいい!」

「難しいでしょうね。ガウス・グライアは今や冒険者ギルドの寵児です。下手に彼とことを構えれば、シュマグ様の持つ冒険者ギルドとのコネクションを失いかねません」

「ふっ……ふざけるなこの役立たずが! 僕様に、侮辱されたまま引き下がれとでも言うつもりか!」

「そうは申しておりません」


 カンシーンは首を横に振る。


「ガウス・グライア。実力と人望を併せ持ち、ギルドマスターとは別の形で冒険者ギルド内の求心力を持つ男。実のところ、あの男には私も頭を痛めていたのです。このまま放置すれば、本当に冒険者ギルドの中心人物になりかねない」

「な……なんだと! それはマズい!」

「ええ。非常にマズい。依頼人から高い金を巻き上げ、冒険者から上前をはねる。そして憲兵団との癒着や魔獣・魔法生物素材の密売を黙認するかわりに、我々に大金を上納する。そんな冒険者ギルドの構造が、彼の躍進によって変えられかねない」

「ああ……ありうることだ。あの手のカス下級国民は、僕様のような高貴な人間に奉仕する喜びも知らないだろうからな。だが、だったらどうする? あの男に罪を被せるのは難しいんだろう?」

「ええ。ですから、もっと単純な方法を使います。殺すのですよ」


 まるで天気の話でもするかのように自然に、カンシーンはそう言い放つ。


 同時に、がたりという音が窓の外から聞こえた。


「! なんだ、誰かいるのか?」


 がらりと窓を開けたカンシーン。だがそこには誰もいない。


「誰もいるはずがないさ。ここは3階だぞ。きっと風の音だ」

「……そうですね、失礼しました」

「それより詳しく聞かせてくれ。あのカス下級国民を殺せるのか?」

「ええ。実はすでに準備を進めておりました。商人ギルドから彼を表彰すると言って呼び出させ、エウレイア公会堂で事故に見せかけて殺します」


 カンシーンの言葉に、シュマグは心から楽しげにうなずく。


「ふむ……。ふふ。ふははははっ!! いいぞカンシーン、褒めてやる!」

「ありがたき幸せでございます」

「ああ、楽しみだ! 実に楽しみだ! ゴミカスうんこ下級国民の分際で僕様をバカにした報いを、思いっきり受けさせてやるぞ!」


 広々としたシュマグの私室に、幼くも残忍な笑い声が響き渡った。





「どうしたんですか、兄様。そんなにあわてて」

「僕の王子様が殺される!!」


 ハルトールの私室に駆け込むや否や、レイアードは叫んだ。


「落ち着いてください、兄様。エンペリオが起きちゃうじゃないですか」

「あ、ああ……ごめん」

「王子様? というと、昨日話してくれたガウス・グライアという男ですか?」

「そうだ。シュマグのバカが話しているところをたまたま聞いたんだよ。表彰式典の名目でエウレイア公会堂ってところに呼び出して、ガウスを殺すって!」

「なるほど」


 いつもと変わらず落ち着き払った様子でハルトールはうなずく。


 シュマグの私室での会話をレイアードが聞いたのは、なかば偶然だった。

 『軽量化』『筋力強化』を駆使した、王宮へのいつもの侵入ルート。その途中にシュマグの私室のすぐそばを通ることは以前から知っていたし、その中で交わされる会話を盗み聞きしたことも何度かあった。


 だがこれほどの重要情報を知ることになったのは初めてだ。あの悪辣な兄とその腹心は、ガウスを謀殺するつもりでいるらしい。


「エウレイア公会堂と言えば、出資も施工もほとんどを商人ギルドが行った施設。事実上あのギルドの私有物です。細工も仕掛けやすいでしょうし、表彰式典の参加者も多くが商人ギルドのメンバーでしょう。ギルドと強い繋がりを持つシュマグ兄様の一派にとってはうってつけの殺人現場というわけですね」

「ダメだ。ダメだよハルトール。ガウスは、僕をこの鳥籠から救い出してくれる王子様なんだ。シュマグなんかに殺されるなんて許さない!」

「落ち着いてくださいってば。大丈夫ですよ、兄様。シュマグ兄様の計画はすでに破綻しています」

「へ?」


 きょとんとするレイアードに、ハルトールが笑う。


「だってこうして兄様が計画を知っちゃってるわけですから。実行の何日も前に漏れた暗殺計画なんて、うまく行きっこないですよ」

「あ……そっか」

「もちろん、単にシュマグ兄様の計画を暴露するだけじゃ握りつぶされて終わりです。王宮内の衛兵や侍従も、けっこうな数がシュマグ兄様の一派に取り込まれてますからね」

「だろうね。……つまり僕が、ガウスに直接計画の存在を伝えればいいんだな」

「さすが兄様。それが最善でしょうね」


 誰がシュマグの味方かわからない現状、確実にガウスの味方なのは(レイアードを除けば)ガウス自身だけだ。

 だからいつものように『軽量化』と『筋力強化』で離宮を抜け出したレイアードが、ガウスに直接暗殺計画を警告する。それが唯一、確実にガウスの暗殺を阻止する方法なのだ。


「ただし、警告に向かうのは暗殺計画の直前にすべきでしょう。兄様が長く離宮を空けることになるので、発覚のリスクもかなり大きくなる」

「そして僕が王宮を抜け出したあとの足取りを追跡されたら、ガウスに警告したことがバレるかもしれない。それで暗殺の日時を変えられたら対処が難しくなる」

「そういうことです」

「なるほど。……うん、だいぶやるべきことがはっきりしたな。やっぱりハルトールに相談してよかったよ」

「お役に立ててよかった。なんせついに見付かった兄様の王子様ですからね。絶対に守らなきゃ」

「ああ、もちろんだ!」


 ハルトールの助言で、レイアードはかなり落ち着きを取り戻していた。弟の言うとおり、シュマグの計画を阻止するのはさほど難しくなさそうだ。


 やっと見付けた王子様の命は、自分が必ず守ってみせる。レイアードは、そう決意を新たにしたのだった。





 数日後。


「やれやれ、相変わらず小汚いところだね。ま、お前やハルトールのような薄汚れた上級国民もどきには似合いの場所だ」

「……これはこれは、たってぇたってぇシュマグお兄様。離宮ノイタォシになんのご用で?」


 レイアードは、自分の認識の甘さを思い知らされることになる。


「なあレイアード。お前、僕様たちに黙って離宮を抜け出そうなんて思ってないだろうね?」

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