第2話 過去編:ふたりの王子②
「う~~~む」
黒く淑やかなドレスに身を包んだひとりの少年。幼いながらも美しく中性的な顔立ちは美しい衣装によく映えて、ひいき目を抜きにしてもよく似合っている。
しかし大きな鏡に映ったそんな自分の姿を見て、それでもレイアードは首をひねった。
「悪くない……。けど、これじゃダメだなぁ。華やかさが足りない。こんなんじゃあ、いつか出会う僕の王子様を一目惚れされられないよ」
離宮ノイタォシという鳥籠の中に囚われた自分をいつか救ってくれる王子様。誰よりもカッコよくて強いその人物に見初められるために、レイアードは常に自分磨きを怠らないのだ。
そんなわけでレイアードは、今日もクラウゼル王宮の衣装室に忍び込んでいた。
王族やそれに連なる血族のために用意された華々しいドレスの数々が、レイアードの私室の20倍はあろうかという広大なスペースにずらりと並んでいる。その中には子供用の服を多数含まれており、レイアードはしばしばこの衣装室に忍び込んではひとりでファッションショーを行っていたのだった。
「うーん……。僕の顔はどちらかというと凜々しい方だからなぁ。赤を基調にしたドレスの方が映えるのかもしれない。ああ、いっそタキシードで男装してみるのもアリだね。男装の麗人、というのも悪くないかもしれない……」
レイアードのファッション考察はすでに何周もしており、おかげでちょっとおかしくなりはじめていた。
ぶつぶつとつぶやきながら、レイアードは衣装を物色する。
「とにかく、こんなんじゃまだまだダメだ。今日こそ見付けるんだ。僕の美しさを完璧に引き立てる衣装を……」
「俺ぁそのドレスも十分似合ってると思うがなぁ~~」
「ありがとう。そう言ってもらえるのはうれしいけど、僕としてはもっと高みを目指したいんだ」
「ほぉ? 理想が高いんだな、お前はよぉ」
「まあね。だってほら、大切なものを手に入れるために相応の努力をしなきゃいけないのは当然だろ?」
「はは、そりゃそうだ。ガキのくせになかなか良いことを言うじゃねえか」
…………。
「…………」
「お? どうした?」
「……いつから、そこにいたんだ?」
「ついさっきだよ。驚いたぜ。ちょっと礼装を取りに来たら、ガキがファッションショーしてやがんだもんよ」
レイアードが振り返ると、そこにはずいぶんと大柄な青年が立っていた。
年齢は10代なかばだろうか。顔つきは精悍だがどこか粗野な印象で、あちこちに刻まれた傷跡が痛々しい。浮かべた笑顔は良く言えば開けっぴろげで、悪く言えば気品に欠ける。
レイアードの知る限りでは、王宮ではあまり見かけないタイプの男だ。
「……ひ、人が悪いなぁ、急に声をかけるなんて。驚いたじゃないか」
「はは、そいつぁ悪かったな。でもこっちも驚いたんだぜ? ここには誰もいないって聞いてたのに、明らかに人の気配がするんだもんよぉ。てっきりこそ泥でも入り込んでるのかと思っちまったぜ」
「そそそそそんなわけないじゃないか。まったく人聞きが悪いなぁ!」
「はは、疑って悪かったよ。……で、お前誰だ?」
すう、と空気が冷えたような気がして、レイアードは身震いした。
言葉とは裏腹に、目の前の男はまだレイアードのことを疑っている。それは確かだ。
……なんと答えるべきだろうか? 離宮を出ないよう厳命されているレイアードが王宮に来ていることは絶対に隠す必要がある。特にレイアードを目の敵にしているシュマグにでも伝われば、どんな目に遭わされるかわかったものではない。
「……どうしたぁ? まさか答えられないんじゃ……」
「め……」
「め?」
「メルフィールド。メルフィレンディア・エスフーマだ。この王宮に暮らす、王の妹の娘だよ。名前くらいは聞いたことがあるんじゃないかな?」
とっさにレイアードが名乗ったのは、いとこのメルフィレンディアの名前だった。
「……ほぉ~~?」
「実は、衣装室にはこっそり忍び込んでたんだ。どうしてもこのドレスを着てみたくてね。な、頼むよ。僕がここにいたことは黙っててくれ。バレたらじいやにこっぴどく怒られるんだ!」
目の前の男の服装は決して豪奢なものではない。むしろ市井の冒険者が身に付けるような、質素で薄汚れたものだ。
おそらくこの男は頻繁に王宮に出入りするような貴族などではなく、何かで手柄を立てて勲章の授与でもされに来た冒険者なのだろう、というのがレイアードの予想だった。
であるならばおそらくメルフィレンディアと会ったことはないだろうし、今後も会うことはないはずだ。一方でメルフィレンディアは王家に連なる人間であり、名前はある程度知られている。いまレイアードが名を騙るには最適の人選だった。……はずだ。
口の中が乾くのを感じながら、レイアードは男の表情をうかがう。
この状況において最適な回答ではあったと思う。だが自分の口調が少年のものであるという事実はどうしようもない。目の前のこの男は、この拙い嘘に騙されてくれただろうか。
「……へぇ? じいやに怒られるから黙っててほしい、ねえ……」
「あ、ああ。お願いできるだろうか」
そして傷だらけの男は、ゆっくりと口を開き……
「……ったく、しょうがねえなぁ! 今回だけは黙っといてやるから、もう悪さすんじゃねえぞぉ~~」
にかりと笑ってそう言ったのだった。
「あ。……あ、ああ! ありがとう。約束するよ」
「はは、王様の血を引いててもガキってのは変わらねえもんだなぁ。大人の知らねえところで悪さばっかりしやがる。……ああそうだ、相手にだけ名乗らせるのは失礼だよな。俺ぁガウス・グライア。冒険者だ」
「ああ。よろしく、ガウス。……冒険者が王宮にいるってことは、何か手柄でも立てたのかい?」
「おー、まあな。魔王ってヤツをひとりぶっ倒したんだが、それで勲章をくれるらしい。
どうやらレイアードの予想は当たっていたらしかった。
「……ああそうだ、ガキ。黙っててやる代わりにひとつ頼まれてくれねえか?」
「なんだい?」
「俺に似合う服を見立ててくれや。俺の服が式典にふさわしくねえとかでここに礼装を取りに来たんだが、あいにく俺じゃあどれがいいのかさっぱりわからなくてな。お前、あれだろ。こんなとこに忍び込むんだから、服とか詳しいんだろ」
「……女の子の衣装と君くらいの年の男性の衣装を一緒にして考えるあたり、本当にファッションに関心がなさそうだね」
「なんだ、できねえのか?」
「む……」
本来、レイアードとしてはさっさと会話を切り上げて離宮に帰るべきである。このガウスという男と積極的に関わりを持って良いことなどないのだから。
だが。
「できるさ! 君に合う服を見繕うだけだろう? 少なくとも君よりはまともなコーディネートができる自信があるよ」
「そうかいそうかい。そりゃあ助かるな。じゃあさっそく頼む」
「い……いいだろう」
ガウスの言葉は、レイアードのプライドをいい感じに刺激してしまっていた。
「やるからには手は抜かない。ちゃんと君の美しさを最大限引き立てる衣装を選んでみせるさ」
「はは。ありがたいが、俺の美しさだと? ないもんは引き立てられねえだろ」
「何を言う。確かに艶やかさや華やかさは本当に絶無としか言いようがないが、君の鍛え上げられた筋肉はとても美しいよ」
「おー、なんかわからんが、それっぽいこと言うじゃねえか。はは。人の気配がしたときにはどうなることかと思ったが、こいつぁいいや。助かるぜ、ガキ」
「さっきから気になっていたんだけど。いくらなんでも、ガキ呼ばわりはやめてくれないか?」
「あん? つってもなぁ……。お前の名前、長ったらしくて舌噛みそうなんだよな。メルフィラレン……メルフィレンダ……。ああもうめんどくせえな、メルフィでいいか」
「……まあ、それでいいよ。ガキよりはマシだ」
そんなわけで。
レイアードは自分の美的センスをフル活用して、ガウスの礼服をコーディネートしてみせたのだった。
そして、十分後。
「……おお」
「ふむ」
「メルフィ、メルフィメルフィメルフィよぉ~~! なんてすげえんだお前はよぉ! 見ろよ鏡の中の俺を! なんかこう、まるで、ちゃんとした人間みたいじゃねえかぁ!」
「ああ、よく似合っている。式典ということであくまでフォーマルに、しかし少しだけワイルドに。我ながら見事な出来映えだ」
興奮するガウスの隣で、レイアードは満足げにうなずいた。
「助かったぜメルフィ! これなら貴族様たちに笑われずに済むだろうよ!」
「当然だ。むしろ貴族の娘さんたちを無闇に惚れさせないよう気を付けることだね」
「はは、違えねえや!」
嬉しそうにガウスが笑う。いかつい顔に似合わない、屈託のない笑顔だった。
「さて、満足してもらえたならそろそろ行くといい。あまり衣装室に長居するのもおかしいからね」
「そうだな! それじゃあなメルフィ、本当に助かったぜ!」
「ああ。……協力したんだから、約束は忘れないでくれよ」
「おうよ! お前のことは誰にも漏らさねえ!」
レイアードに別れを告げ、ガウスは広い衣装室の出口へと去って行った。
その背中を見送りながら、レイアードは大きく息をついた。……一時はどうなるかと思ったが、どうやらなんとかなったらしい。おまけに普段できない(?)男性のコーディネートまでできて、妙に楽しい時間を味わうことができた。
なんだかんだで良い体験だったな……とレイアードはため息をつき、
「やあ、ガウス・グライア。下級国民の癖に、なかなか良い服の趣味をしているじゃないか」
「……なんだぁ? あんた誰だ。俺に何の用だ?」
聞こえてきた声に、体をこわばらせた。
「無礼者! このお方はクラウゼル王国第四王子、シュマグ・クラウゼル殿下にあらせられるぞ! 突っ立っていないでさっさと跪け!」
「……おお。そいつぁ失礼しました。これでいいですかね?」
「ふん、まあいいだろう。さてガウス、君に聞きたいことがあるんだが」
「なんでしょう?」
「この衣装室で、誰かに会わなかったかい?」
レイアードの頬を、一滴の汗が伝った。
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