第12話 感謝の宴
『SHHHH...!!』
「ふふ……。なかなか形になってきたわね」
それから数時間して、日もすっかり落ちきった頃。
ノムは、かなりの精度で狙った場所に縮小魔法を使えるようになっていた。
「今のところ縮小の度合いは小さいですが、これは訓練を続ければ改善されるでしょうね」
「ふふ……。そうね。あとは出力の調整だけだから、フィート君だけでも練習に付き合ってあげられるんじゃないかしら」
ノムが新たに身に付けた遠隔地への縮小魔法は、自衛の手段として十分なものだ。たとえば誰かに襲われたときにその武器を小さくしたり、熟練すれば襲撃者そのものを小さくしたりできるはずだ。
それでいて、自動発動の縮小魔法と違って、カフェのお客様に対する安全性も確保されている。ノムの意思に反して相手を小さくすることもないし、縮小された人間がそのままノムの口内に落ちていくようなこともない。
万が一お客様の誰かが小さくされたとしても、僕がお客様全員にかけている防御魔法で探知できる。縮小の度合いにも制限があるから、豆粒よりも小さくされたお客様が即座に誰かに踏み潰されるような心配もない。
「完璧ですね」
「ふふ……。結果的にはガウスのやらかしと、あとはフレッド君のおかげね」
「ははっ、やっぱり俺の考えに間違いはなかったみたいだなぁ~~!!」
「ふふ……。結果的に、ね。普通に危ないから二度とするなよ」
「はい」
そのフレッドは、1時間ほど前に一足早く帰宅した。元上司のピーターさんに頼まれて、商会時代の交友録をまとめているらしい。
本当はもう少し残ってノムの成長を見ていきたかったみたいなんだけど……まあ仕方ない。フレッドの家はここから微妙に遠いのだ。
ルイスもフレッドもこのカフェの近くに住むところを探しているのだけれど、市場近くの優良立地が災いしてなかなか手頃な物件が見付からないらしい。ルイスなんかはいまだに冒険者ギルドで寝起きしていると聞く。
「ふふ……。さて、依頼人にご満足いただけたならこのあたりで切り上げようと思うのだけれど、どうかしら?」
「ええ、十分ですよ。デザートムーンの受付姿、楽しみにしています」
「ふふ……。ネコ用の受付服、腕によりをかけて用意させてもらうわ」
『みゃ?』
とても楽しみだ。
「ところでよぉ、メルフィ。当然気付いてるよな?」
「ふふ……。もちろん気付いているわ。期待、してもいいのかしら?」
ガウスさんとメルフィさんが顔を見合わせ、にやりと笑ってこちらを見る。
そんなふたりに、僕はにっこりと微笑み返した。
「もちろんです。さあ、どうぞ席におかけください。特別報酬を用意してありますから」
●
「「「かんぱ~~~い!!!!」」」
グラスをかたむけ、中の葡萄酒を喉に流し込む。……染みる。長い訓練で乾いた体の隅々まで、芳醇な液体が満ちていくようだ。
間髪入れず、僕はじっくり煮込まれたベヒーモスの肉をルウと合わせて頬張る。繊維を感じさせることなく肉がほろりと崩れ、脂身がとろとろと舌に絡みつく。同時に肉と野菜の旨みが染みだしたルウが、口の中を幸せで満たしてくれた。
……最高だ。やっぱりビーフシチューは煮込み時間が命だな。
「どうですか、メルフィさん、ガウスさん。これが僕からの『特別報酬』です」
「ふふ……。腕を上げたわね、フィート君。素晴らしい味よ」
「う、うめえじゃねえかフィートよぉ~~!! ずっと匂いがしてたから期待はしてたんだが、想像以上だぜこいつはよぉ~~!!」
うんうん、喜んでもらえてよかった。
『みゃ~!』
『みゅう!』
『きゃんっ! きゃんっ!!』
『にゃ』
『くうぁ~っ! くうぁ~っ!』
せっかくなので、うちの子たちにも今日はちょっとグレードの高いごはんを用意している。こっちも喜んでくれているようでなによりだ。
『くぉ~~~ん!!』
『SHHHHH....』
『――――――』
森林地帯組も楽しんでくれているらしい。
「ふふ……。それにしても、こうして3人で食事をしていると思い出すわね」
「え?」
「ほら、最初に出会ったときのこと。ベヒーモスを討伐したあと、3人で食事にしたでしょう」
「ああ、そうでしたね。……あの時は本当にありがとうございました」
懐かしいな。生活費のために冒険者ギルドに来たけれど受けられる依頼がなくて困っていた僕を、このふたりが誘ってくれたんだ。
最初はふたりのこと、新米冒険者を食い物にする危険人物じゃないかと疑ってたんだっけ。今思うと失礼極まりない話だけど。でも正直、動向がうさんくさすぎたこのふたりにも責任の一端はあると思う。
「あのときはよぉ、とんでもなく有望な冒険者が入ってきたと思って内心ウッキウキだったんだぜ? なのにフィートてめえ、あれから一度だって冒険者としてギルドに来てくれねえじゃねえかよぉ~~」
「う。……すみません」
「ふふ……。気にしないで。その代わりこんな素晴らしいカフェを開いてくれたじゃない。ルイスにも本当にやりたいことを与えてくれて、私たちとしても感謝しているわ」
「はは、まあな! 悪いなフィート、ちょっとからかっただけだ。お前もやりたいことをやりゃあいいんだよ。誰に遠慮する必要もねえ!」
メルフィさんがふわりと微笑み、ガウスさんが豪快に笑う。
それは本当にあの夜と変わらない光景で、僕の顔にも思わず笑みがこぼれてしまう。
「ありがとうございます。……ああ、でも。思えば、あそこでふたりと会ってなければ、魔法生物カフェを始めることもなかったかもしれないですね」
「うん? そうなのかぁ? ……別に俺ぁ何もしてやった覚えはねえぞ」
「いえ。エルフキャットの話をしてくれたでしょう。あれでエルフキャットが『魔獣』認定されそうだと知って、僕はエルフキャットの素晴らしさを広めるためにカフェを始めたんです」
厳密には、魔法生物カフェというのは昔からの夢でもあったんだけど。でもガウスさんとメルフィさんに話を聞いていなければ、その夢を思い出すきっかけもなかったはずだ。
「メルフィさんは開店にあたっていろいろと手伝ってもくれましたよね。内装工事に、メニューのアドバイスに。正直最初のお店があそこまで上手くいったのは、メルフィさんの協力によるところが大きいと思います」
「ふふ……。それはフィート君とデザートムーン君の功績でしょ。私は大したことはしてないわ」
「いえ、本当に助かりましたよ。それにそう、ハルトール王太子に僕のお店のことを紹介してくれたのもメルフィさんでしたよね」
ガウスさんの木匙を動かす手が止まった。
「……メルフィ。そんなことしてたのかぁ?」
「ふふ……。まあね」
「まあ……お前がいいならいいんだけどよぉ~~」
……?
なんだか含みのある会話だった。
そういえば結局、知らないままだな。メルフィさんとハルトール王太子はどういう関係があったのか。……いやまあ、僕が首を突っ込むことでもないか。
「まあしかしなんだ。そうやって聞くと、俺はともかくメルフィは、たしかにカフェの初期にけっこう貢献してはいるみてえだなぁ」
「ええ、本当に」
「ふふ……。本当に大したことはしていないのだけど、そうね。そう言ってもらえると嬉しいわ」
「今でもちょっと不思議なんですが、どうしてあんなに手伝ってくれたんです? あの段階だとまだ一緒にベヒーモス討伐に行っただけの、よく知りもしない男だったと思いますが」
「ふふ……。理由はいくつかあるわ。その1度の討伐で、フィート君が信頼の置ける人間だと思ったこと。カフェのコンセプトが面白いと思ったこと。……でもそうね。最大の理由は、過去の自分と重なるところがあったから、かしらね」
「過去のメルフィさんが……僕とですか?」
「ふふ……。いいえ」
メルフィさんが首を横に振る。
「過去の私と、エルフキャットたちが」
……どういう意図での発言だったのかはわからない、けど。
ただ、気軽に踏み込んではいけない領域の話題だということはよくわかった。
だから僕はなるほどとうなずいて、それ以上深く尋ねることはしなかった。
その後はまた、僕たちは他愛のない話題に花を咲かせながらビーフシチューを堪能した。
話題はいっこうに尽きることなく、楽しい晩餐はあっという間に過ぎた。
●
「はぁ~~……。最高に旨かったぜ、フィートよぉ~~!!」
「ありがとうございます。……でもガウスさん、ひとつ忘れてないですか?」
「あん?」
「しょっぱいものを食べてしこたま酒を飲んだ後は、甘いもので締めくくる。たしかガウスさんが教えてくれた鉄則ですよね」
「くくく……! 言うようになったじゃねえか、フィートぉ!!」
「ふふ……。あと、温かい飲み物もね」
もちろんだ。各種飲み物と、この夜を締めくくるにふさわしい最高のデザートを用意してある。
用意したそれらをテーブルに持ってくるために、僕は立ち上がった。
『きゃんっ! きゃんっ!!』
「……? どうした、レイククレセ……」
「……あ~~。やっと見付けた。やっぱここにいたか……」
どうも、今日は予定外のお客様がよく来る日らしい。
カフェの正面の扉を開けて現われたのは、ちょっと懐かしい我が元上司……ルル・マイヤーだった。
「お久しぶりです、ルルさん。……えーっと。カフェに来てくれたなら申し訳ないんですけど、今は営業時間外なんです。あ、でもよかったらデザートは用意できるので……」
「なわけないっしょ……。ウチはちょっとしたお願いがあってここに来たの」
「お願い、ですか? どんな?」
「ん~~……。まあ要約すると、この国を救ってほしいってゆー感じかなぁ」
えっ。
ルルさんは、突然元部下の経営するカフェにやってきてこういう冗談を言うタイプの人ではない(そういうタイプの人がそうそういるとは思えないけど、ルルさんは特にそうだ)。
つまりたぶん、これは本気の発言なんだろう、と思う。
「えーっと、ルルさん……」
「ハスターが死んだことは知ってるよね?」
「え、ええ。強盗に殺されたと聞いてます」
ハスターさんの訃報を聞いた時には、自分でも意外なほど悲しかった。僕は自分があの人のことを嫌いだと思っていたのだけれど、どうやらそれは間違っていたのかもしれない。
でも、悲しかっただけだ。犯人はすでに捕まっているわけで、僕にできることは何も……
「ハスターを殺したのは、ハルトール王太子だよ」
「えっ」
「たぶん、ハルトールの企み……王位継承後、私欲のために帝国に戦争を仕掛けようとしていることに気付いたからじゃないかな……。あ、ちなみに昨日、同じ理由でウーリ第三王子も殺されたよ」
「ま……待ってください。いきなり自宅に来た元上司がぶっ放していい情報量じゃないですよ」
「……ルル・マイヤーだったか。それが事実なら確かに放ってはおけないけどよぉ。でもわかってんのか? お前がそれを話したことの意味が。この場にいる俺たち全員がハルトール・クラウゼルに命を狙われる身になったんだぞ」
「もちろんっすよ、ガウス・グライア……。なんせこれからウチがお願いする相手は、一度すべての責任を放り投げて逃げ出したクソ野郎っすからね。このままじゃ自分の友達も命を狙われる、ってくらいの鎖は必要なんすよ……」
さっきから本当に情報量が多すぎる。
でも、ガウスさんの言う通りだ。ルルさんの言っていることが事実なら、放置しておけない話ではある。
「……ハスターがウチに残したメッセージで、ウチはある男の正体を知った。その男は唯一、ハルトールの王位継承をひっくり返しうる人物だった……」
相変わらず気怠げに、ルルさんはこちらに近付いてくる。
その足取りは僕の目の前で止まり、
そしてルルさんは、跪いた。
「……え」
「本来なら敬意を払いたくなるような相手でもないんすけど。まーいちおう相手は王族っすからね。最低限の礼儀は果たしときますよ」
「ふふ……」
ルルさんが跪いたのは、僕に対してではなかった。
跪きながらも視線は真っ直ぐに。
見つめられた彼女は、短く黒い髪を揺らしながらふわりと微笑んだ。
「……おい、お前よぉ~~」
「ふふ……。いいのよ、ガウス。どうやら私にも、責任を果たす時が来たみたい」
メルフィさんが立ち上がり、いかにも魔術師然としたローブの裾が揺れる。
中性的なその顔に相変わらずの笑みを浮かべる彼女に、ルルさんが告げる。
「その通りっすよ、メルフィリア・メイル。……またの名をクラウゼル王国第五王子、レイアード・クラウゼル。あなたの責務を果たすときが来ました」
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