第11話 育成パート③

 ガウスが放り投げた剣は垂直に落下し、そしてフレッドの頭を貫く……ことはなかった。

 剣は何かに弾き飛ばされたかのように、猛スピードで天井に向かって飛び去る。


「え……。え……」

「お、うまく行ったみたいだなぁ~~」

「ふふ……。おい、なにやってんだガウス」

「なにってほら、フレッドがノム君を不幸にしちまってるんじゃないかって悩んでたからよぉ。こうやって確かめてみたんだよ」

「確かめる……ですか?」

「フレッドの命に危険が迫ったとき、そこのノム君が助けてくれるかってな。これでわかっただろ、フレッドよぉ! ノム君はさっきまで体の近く以外に魔法を使えなかったんだぜ。それなのにお前が危険になれば、とっさに魔法でお前を守ることができた!」

「ふふ…………」

「答えは明らかだぜ。自分をとびきり幸せにしてくれた大好きな相手じゃなきゃ、こんなふうに自分の限界を越えてまで助けようとはしねえだろ!!」

「あの、ガウスさん」

「うん?」

「非常に言いにくいんですが、フレッドを助けたのは僕とメルフィさんです」


 からん、と。非常に軽い音を立てて、飛ばされていた剣がフレッドの近くの床に落ちた。


「……え?」

「ふふ……。私は軽量化魔法を使ったわ。落下物から命を守るためには、落下物を軽くしてしまうのが一番合理的なのよ」

「僕は浮遊魔法を使いました。その場に浮かせておくだけのつもりだったんですが、メルフィさんの軽量化魔法とかち合ったおかげでだいぶ上まで跳ね上げちゃいましたね」

「……あ~~、フレッド。たとえ実際に助けにはならなかったとしても、ノム君は確実にお前を助けようとしていた。目を見りゃあわかる。だからつまり……」

「ガウス」

「悪かった。余計な真似をした」

「本当にね」


 メルフィがため息をつく。

 付き合いが長いわけではないフレッドから見ても、けっこうちゃんと怒っている様子だった。


「いやいちおう、本当に剣がぶっ刺さりそうになったら俺が弾き飛ばすつもりではいたんだが……」

「ふふ……。そういう問題じゃない」

「はい」

「あの、メルフィさん。俺は大丈夫っすよ。ガウスさんが俺のためにやってくれたってわかってるっすから!」


 言いながらフレッドは剣を拾い上げ、ガウスに渡す。ガウスは頭を下げてそれを受け取り、手に持った鞘に納めた。


「いや、すまねえなフレッドよぉ」

「や、そもそも俺が悪いんすよ。今さらどうにもならないことでつまんない弱音吐いて。俺にはもう、今できることをやるしかないっていうのに」

「……フレッド」


 フレッドはフィートたちの方にも向き直り、頭を下げる。


「店長もメルフィさんも、邪魔してすんません! 昼にたまたま見かけた人がいろいろ言ってて、ちょっとネガティブになってたみたいっす」

「いろいろって?」

「……まあ、今思うと全然大したことじゃないっすよ。ノムの拘束具が痛々しいとか、自然の中で生きてる方が幸せだとか、だからノムのことがあまり好きになれないとか、そういう話っす。だからその、生まれたところと違う、好きになってもらえない、ここにいてノムは幸せなのかっていう……」

「なるほど」


 フィートがうなずく。


「そういえばそうか。フレッドは知らないんだね」

「へ?」

「僕個人としては、ノムの幸せにフレッドが責任を持つ必要はないと思うけどね。生物の生活環境がより強い生物に左右されるのなんて当然のことだし。でもどうしても気になるなら、ツイスタを見てみるといいよ」

「ツイスタ、っすか?」


 フィートに言われて、フレッドは記憶共有魔法を使ってツイスタを呼び出す。

 言われるがままに操作し、『desert & feed』を訪れた客の記憶を再生してみる。


「……これ、は」

「ノムは確かに万人受けする外見ではないみたいだけどね。でもコアなファン層から一番愛されてる魔法生物でもあるんだよ」


 ノムの登場に上がる歓声。巨大な体に巻き付かれて嬉しそうにする女性。ざらざらとした鱗に頬をこすりつける老紳士。

 そこにあったのは、フレッドの知らない光景だった。


「フレッドは営業時間中はずっと料理にかかりきりになってくれてるから、こういう光景を見たことがなかったんだね」

「……知らなかったっす。ノムが、こんな……」


 次から次へと記憶を再生する。どの記憶でも、ノムは彼を愛してくれる人に囲まれていた。

 加えて、フレッドはもうひとつ、とある事実に気付く。


「なんかちょっと、ノムのやつ、嬉しそうに見えるっすね」

「そうだね」


 フィートはうなずく。


「森林地帯から出てこないから、最初は人間が苦手なのかもしれないと思ってたんだけどね。でもそうじゃないみたいだ。ノムは人に触れられるとき、すごく嬉しそうに見える」

「…………」

「スケールスネークは、顔のまわりに近付いたものをすべて捕食のために自動で縮小してしまう。その性質上、親とも兄弟とも一緒に過ごすことはできない。ちょっとしたきっかけで命を奪われかねない相手と共同生活は行えないからね。野生のスケールスネークはふつう、孤独のうちに生涯を終えるんだ」


 ツイスタの記憶の中にいるノムの様子は、孤独とは程遠い。


「僕はノムじゃないから、ノムがいま幸せかどうかはわからないけど。でも少なくともフレッドが考案したガラスの拘束具がなかったら、こうしてノムがいろんな人と触れあうことはできなかったんじゃないかな」

「……ノム」


 フレッドがノムに近付き、その体に手を伸ばす。


『SHHHHH....♪』


 いつも世話するときと同じように。先ほど記憶の中で見たのと同じように。

 どこか嬉しそうに、ノムはフレッドにその大きな体を巻き付けた。


「ふふ……。皮肉なものね。生まれ持った最大の武器が、自分自身を幸せにしてくれるとは限らない。その武器を捨て去ってはじめて見える幸せというのも,案外あるんでしょうね」

「……メルフィ~~」

「ふふ……。ガウスはちょっと反省しなさいよ。結果的にまとまったけど、あなたがやらかしたことに変わりはないんだから」

「わ~~っかってる。改めてフレッドには悪かったと……っとぉ!?」


 がしゃあん!

 大きな音を立てて、ガウスの手にした鞘から剣が滑り落ちた。


「ふふ……。もう、なにやってるのよ」

「いやあすまねえ。どうしたんだいったい、落下の衝撃でどっかしら歪んじまってたり……あん?」


 ふたたび拾い上げた剣を鞘に戻してみて、ガウスはすっとんきょうな声を上げた。


「ふふ……。どうしたの?」

「いや、おかしいな。どうもよぉ。この剣、……」

「ふふ……。なんですって?」


 ガウスが剣を鞘から抜き差ししてみせる。なんの抵抗もなく剣はするすると動いた。

 ガウスの言う通り、サイズが合っていないようだ。鞘と比較して剣のサイズが小さくなっている。


「ふふ……。これって」

「縮小魔法だ。剣が縮んでる。……ノム、成功させてたのか。遠隔地点への縮小魔法」


 フレッドの指が震え、なぜだか視界がにじんだ。


「ノム……」

『SHHHHHHH.....♪』


 ノムが鎌首をもたげ、球体のガラスに覆われた顔をフレッドに向ける。

 感情の読み取りづらい爬虫類の顔が、確かに笑っているようにフレッドには見えた。

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