第10話 育成パート②

「みてみてー! これ、デロォンちゃんのあみぐるみキーホルダー!」

「おー。プーデア商会の新作か。相変わらず良い仕事してるなぁ」

「む……!」


 メルフィとガウスのためのちょっとお高い紅茶を物色する手を止め、フレッド・ムスタは背後の会話に耳を澄ました。

 若い男女だ。カップルだろうか。『desert & feed』……フレッドの勤務先の魔法生物たちのグッズについて話しているようだ。


「造形が難しすぎて再現不可能と言われたデロォンもついにあみぐるみ化か。これで全員分のあみぐるみが出たな」

「だねぇ。いやー、やっと推しのグッズが出てくれて感無量だよ。デロォンちゃん、人気なのに再現が難しくてグッズがなかなか出ないからなぁ……」

「…………!!」


 すぐにでも『うちの子を好きになってくれてありがとうございます!!』と叫びながら振り返りそうになる自分を、フレッドは必死で抑えた。いけない。普通に憲兵団に通報されてしまう。


 特にデロォンを推してくれていることが嬉しい。カフェの魔法生物たちのことは全員大好きではあったが、特に商会時代から連れ添った3匹……ルビー、ノム、デロォンは、フレッドの中ではやはり特別だった。


 聞き耳を立てるフレッドの背後で、カップルの会話は続く。


「まあデロォンちゃん以外も好きだから良いんだけどさ。ほら、私って箱推しでもあるから」

「知ってる。ほんと好きだよな、あのカフェ」

「……あ、でも。あの子だけはちょっと苦手かも」

「え? あぁ……。あれな、でっけえヘビの子だろ」


 フレッドの肩がぴくりと震えた。


「うん。ノムちゃんだけはちょっとこう、怖いんだよね」

「まあ正直、あのメンツの中でもかなり異質だよな。あとガラスの拘束具も痛々しいし」

「わかる! あんなの付けて無理やり働かせるくらいなら、元いたところで幸せに暮らしてほしいって思っちゃうな……」

「いろいろと理由があるんだろうよ。事情も知らずに口出すことじゃねえって」

「わかってるけど、でもさぁ……」


 フレッドは急いで商品を手に取り、会計に向かう。


「ん。3600G」

「はい」

「あいよ。……どうした、兄ちゃん、顔色悪いぞ」

「……いえ、大丈夫っす。ありがとうございます」


 店主との会話を手短に切り上げ、足早に店を出る。

 その背後ではまだカップルが話し続けていたが、その続きを聞く気にはなれなかった。





「……なるほどなぁ~~。そんなことがあったのか」

「ええ。……申し訳ないっす、ガウスさん。くだらない話に付き合わせちゃって」

「いいってことよ。メルフィの付き添いで来たものの、俺も正直ヒマだったしなぁ~~」


 ケーキの破片を口に放り込み、紅茶(入れ直した)をすすったガウスがにかりと笑う。


 メルフィとフィートによるノムの特訓は長引いていた。原理上可能であるとは言っても、やはり遺伝子と長年の経験によって染みついた魔法のパターンを変えることは容易ではないらしい。

 その間手持ち無沙汰だったフレッドとガウスは、その様子を眺めながらぽつりぽつりと会話を交わしていた。

 いちおう面識があったとはいえ、共通の話題などないふたりの会話が弾むはずもなかった……のだが。ガウス・グライアの持つ妙な包容力によるものだろうか。案外話は盛り上がり、フレッドはいつの間にか、ここに来る前にあったあまり愉快でない出来事のことまで話していた。


「だがよぉ。別に気にすることでもないんじゃねえか? そのカップルの男の方が言ってたとおり、完全に事情を知らない外野の的外れな意見じゃねえか。放っておけよ、そんなもんよぉ~~」

「的外れ……っすかね。俺は正直、その通りだと思ったっす。故郷の湿地で生きていたノムを、俺は金儲けのためにここに連れてきたんすよ」

「そりゃあ……」

「まあルイスには『故郷にいたときより幸せにしてやればいい』って言われたんすけどね。それはたしかにそうなんすけど」

「あいつがそんなことを? ルイスのヤツ、言うようになったじゃねえか。今度会ったとき褒めてやらねえとなぁ~~」

「でも実際、本当にノムをそんなに幸せにできるんすかね? 拘束具で力を封じられて、カフェのファンにも好きじゃないって言われて……」

「……う~~ん」


 ガウスは首をひねり、


「試してみるかぁ?」

「え?」

「ちょっと来いよ、フレッドよぉ~~」


 言うとガウスは立ち上がり、フィートたちの方に向かった。

 うながされるままにフレッドも立ち上がり、ガウスに続く。


「あら? ふふ……。どうしたの、ガウス。いちおう縮小魔法が暴発する可能性もなくはないから、もうちょっと離れておいた方がいいわよ」

「ああ。つまりここは、縮小魔法の範囲内ってわけだよなぁ~~?」

「ふふ……。ええ、まあ、そうだけど……?」

「絶対に動くなよ、フレッド」


 そう言ってガウスは剣を抜き、それを空中に放り投げた。


「え」

「は?」

「ちょっ」

『SH』


 その場の全員があっけに取られて固まる中。

 重力に従って、放り投げられた剣は落下をはじめた。


 ……刃を下に向けた状態で、まっすぐにフレッドを目指して。


「え……ええええええっ!?」

「おいおい動くんじゃねえぞ、フレッドフレッドフレッドよぉ~~~~!!」


 警告されるまでもなく、フレッドは一歩も動かなかった。というか動けなかった。あまりに唐突なガウスの奇行に、完全に体が硬直していた。


 まるで直線をなぞるかのように垂直に落下する剣は、吸い込まれるようにフレッドの頭を目指す。

 これを狙ってやるガウスさんの技術はすごいな、とフレッドは場違いな感想を抱いた。

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