第9話 育成パート①
「さて、メルフィさん。今日来てもらったのは他でもありません。うちの子を鍛えてほしいんです!」
「ふふ……。任せておきなさい」
「くっくっく……。メルフィの個人授業を受けられるなんて、なかなか幸せ者だなぁ。お前んとこの魔法生物よぉ~~」
「せ、『赤熔』ガウスに、冒険者ギルド最強格のメルフィリアさんとか……ほんとどうなってんすか、店長の人脈は。商人に向いてるっすよ」
ロナが帰ったあと、『desert & feed』にはメルフィさん、ガウスさん、フレッドの3人が集まっていた。
ロナやサズラヮさんは予定外の来客だったけど、この3人がやってくることは予定通りだ。
以前から相談していた件について、メルフィさんが協力してくれることになっているのだ。すなわち、
「ふふ……。フィート君のところの魔法生物たちが、自分の身を守れるようになってほしい……だったかしら?」
「はい。僕はどうも敵を作りやすいみたいなので、もしかしたらうちの子が誰かに襲われるようなことがまたあるかもしれません」
ゴードンの放火事件のことは、いま思い出してもゾッとする。僕が恨みを買ったせいでデザートムーンたちが命を落とす……なんてことは到底許容できない。
もちろん僕が一緒にいるときは僕が守るんだけど、常にそうできるわけではない。うちの子たちには、最低限自分を守れるだけの力を持っていてほしいのだ。
『幻燈』を自在に操れるようにレイククレセントと練習したのもその一環だ。
副産物としてカフェのメニューがひとつ増えたわけだけど。本当にうちの子は優秀だなぁ。
「っつてもよぉ、フィート。お前んとこの魔法生物、だいたいめちゃくちゃにつええじゃねえか。今さら訓練なんて必要か?」
デザートムーンの喉を、太いわりにやたら繊細な指でくすぐりながらガウスさんがたずねる。
『みゃ~~』
「たしかに、デザートムーンなんかはそうですね。ただ自衛力という観点からすると、1匹だけ落第生がいるんですよ」
「あん? ……あ~、あいつか。スライムキャットの……」
「いえ、デロォンはむしろ優等生ですよ」
たしかにデロォンに戦闘能力はまったくない。でも僕は別に魔法生物を生物兵器にしたいわけではないのだ。
自衛力という意味では、デロォンはうちの子の中でもトップクラスだ。なんせ体が液体なおかげで物理的な攻撃はほとんど通じない。
ちなみに同じ理由で、強力な再生能力を持つルビーも優等生だ。
「落第生というのは……」
「……こいつのことっすよね、店長」
フレッドがそう言って、自分の体に巻き付いている彼を指さした。
「うん、そういうことだね」
「あぁ……。なるほどなぁ~~」
『SHHHHHHHHH......』
スケールスネークのノム。彼が今回メルフィさんに鍛えてもらう魔法生物だ。
スケールスネークはそもそも、クラス5分類の中でも最上位の戦闘能力を有する生き物だ。だけどいま彼の頭はガラスの球体で覆われており、その戦闘能力の源泉たる縮小魔法は一切使用できない状態になっている。
我がカフェにおいて唯一と言っていい、自衛の手段を一切持たない生物。それがノムなのだ。
「というわけでメルフィさん。ノムが縮小魔法を自由に制御できるようにしてほしいんです」
「ふふ……。なかなかの難題ね……」
「原理的には可能だと思うんですよ。体内に縮小魔法を制御する器官はあるし、それをある程度自律的に制御できることはわかってるわけですから」
生き物には『こういう状況ではこういう行動を取る』という遺伝子的に組み込まれたパターンが存在する。イヌなら『知らない人間に吠える』とか、ヒトなら『悲しいときに泣く』とか。
でも訓練されたイヌは命じられたときにだけ吠えるようになるし、訓練されたヒトは好きなタイミングで涙を流せると聞く。スケールスネークの縮小魔法についても同じことが言えるんじゃないか、というのが僕の考えだ。
現にレイククレセントも、本来身体の危険を感じたときに使用する『幻燈』を自在に使えるようになっているわけだしね。
「本当は僕がノムのことも鍛えてやれればいいんですが、縮小魔法については僕はまったく使えませんからね」
「なるほどなぁ。それで補助魔法のエキスパートであるメルフィに声がかかったってわけかぁ~~」
「ふふ……。ご期待に答えられるかはわからないけど、やれるだけやってみるわ。ただし成功したら、約束通りデザートムーン君には一日ギルド受付員になってもらうわよ」
「ええ、もちろんです」
『みゃ?』
こうして、ノムの魔法修行が始まった。
頼むぞ、ノム。成功すればきみは自衛能力を手に入れられるし、その上僕はデザートムーンの受付員姿まで拝むことができるんだから。
●
「お、なかなかイケるじゃねえか、このケーキはよぉ~~」
「王族御用達の逸品ですからね」
「こちらの紅茶もどうぞっす。お世話になるおふたりのために、普段お店で出してるのより高いやつを買ってきたっす!」
「おぉ……。たしかに慣れない見た目だなぁ。まるでネコみてえだ」
『にゃあ』
メルフィさんがノムとつきっきりで訓練し、僕はたまにその補助をする。ガウスさんとフレッドは見学ということで、少し離れた席に腰掛けてその様子を見守っていた。
「しかし驚きましたよ。まさかガウスさんが見に来るとは。冒険者ギルドの方、かなり忙しいんじゃないんですか?」
「あぁ……。それがよぉ、実は最近はそうでもねえんだ」
「え、そうなんですか? 意外ですね。ギルド所属の冒険者間のいざこざを解決したり、受け付けたクエストの調整に奔走したり……ルイスから聞いた話じゃ、かなり忙しいってことだったんですが」
「ちょっと前まではな。最近じゃあ、ギルドの連中から来るその手の頼まれごともめっきり減っちまった。ま、平和ってことだよ。俺みたいなもんが暇だってことはよぉ~~」
へえ。ちょっと意外だな。
この間のキリン騒動の余波はまだ完全に収束してはいない。冒険者ギルドはけっこう忙しくしてるものだと思ってたんだけど……。
「それより俺ぁフレッドが今日来てることに驚いたぜ。ふだんの激務に加えてまさかの休日出勤とはなぁ。なかなかのブラック企業じゃねえか、フィートフィートフィートよぉ~~~」
「あ、いや、それは……」
「やー、違うっすよガウスさん。俺が店長にお願いして見学させてもらってるんす」
「ほぉ。そりゃあまた仕事熱心なことじゃねえかぁ」
「仕事、というより……。なんというか、その。責任、っすかね」
「……? なんかよくわかんねぇが、お前もいろいろあるんだなぁ~~」
フレッドはフレッドでなにか考えていることがあるみたいだ。
もしなにか悩みがあるなら、店長として解決に貢献したいところだけれど……ううむ。難しいな。
僕もガウスさんも、たぶんあまり繊細な心の機微に通じているタイプじゃない。ここにルイスがいてくれるとよかったんだけど。
『SHHHHHHH.....』
「ふふ……。フィート君、ちょっと手伝ってもらえるかしら?」
「あ、はい。了解です!」
メルフィさんから声がかかって、僕は立ち上がった。
「何をしましょうか?」
「ふふ……。ノム君の体に魔力を流して、体外に放出する。これを繰り返してほしいの。体の外に魔力を吐き出す感覚を覚えてもらいたくて」
「わかりました。任せてください」
魔力量が必要とされる仕事。つまり圧倒的得意分野だ。
「よしよし。ちょっと触るよ、ノム」
『SHHHHHHH....♪』
ノムの体に魔力を流していく。
ガウスさんの話もフレッドの話もそれぞれ気になるところはあったけれど、今はノムの特訓に全力を尽くすべきだろう。そうじゃなきゃ、わざわざ来てくれたメルフィさんたちに申し訳ないしね。
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