第6話 サズラヮさんはいい人

「いやー、うめえなぁこれ。食感にアクセントがあるおかげで、いくらでも食べられるぜ」

『みゅ~! みゅ~~!』


 幸せそうにケーキを頬張る金髪の男。とても喜んでくれているようで、作った側としても鼻が高い。

 その膝の上ではナイトライトが鳴いている。金髪の男から漏れ出す濃度の高い魔力に惹かれているんだろう。


「……女の子とふたりでけっこう深刻な話をした直後に、他の人を入店させるかなぁ。しかもフィート、あの人が誰だかわかってる?」

『くぅああぁ~~~』


 金髪の男性から少し離れた場所。ロナがひそひそとささやく。


「さあ? でもいい人だってことは確かだよ。このカフェに来るために王都の出立を遅らせてくれたって言ってたし……」

「いい人……かなぁ。人気者であることは確かだけど。あの人はクラウゼル王国第二王子、サズラヮ・クラウゼルだよ」


 なんと。そうだったのか。

 ハルトール王太子に続いて、王族のお客様は2人目だ。うむうむ、僕のカフェもなかなか格式高くなってきた。


「満足げにしてる場合じゃないって。あの王子、けっこうな危険人物だよ」

「さっき人気者だって言ってただろ」

「人気者だけど危険人物なの。クレール隊長やガウスさんと並ぶ『クラウゼル三英雄』のひとり、『黄塵』のサズラヮ。戦争での活躍やそのルックスからハルトール王太子に並ぶほど人気の高い王子だけど……戦地で発揮する必要以上の残虐性とか裏社会との繋がりとか、黒い噂が後を絶たない人でもある」


 言われてもう一度、金髪の男……サズラヮさんの方を見る。

 たしかに体格はがっしりしていて威圧感がある。でもケーキを口に運ぶ所作は上品だし、ナイトライトの背中を撫でる手はとても優しげだ。ロナが言うような危険人物には見えない。


 ただひとつ、気になることはある。


「……デザートムーン?」

『みゃ……』


 高濃度の魔力が全身からにじみ出しているにもかかわらず、デザートムーンがまったく近寄ろうとしないのだ。僕たちの少し前方で、姿勢を低くしたままサズラヮさんの方をじっと見つめている。


 明らかに警戒している様子だ。『強い魔力に惹かれる』というエルフキャットの本能を凌駕するほどのものが、サズラヮさんにあるんだろうか。


「デザートムーンちゃんもなにか感じてるのかも。もしかしたらサズラヮ王子の人の本性を見抜いてるとか……」

「それはないよ。エルフキャットにはそんな能力はない」

「いやいやいや! よく言うじゃん、動物は人間の本質を見抜くって。シルフィードも悪人に対しては最初から警戒態勢に入ってたりするし。きっと人間にはわからない何かが見えてるんだよ!」

「いやロナ、それは違――」

「それは違うな、天馬部隊のお嬢ちゃん」


 えっ?


 突然背後から聞こえた声に、僕とロナがあわてて振り返る。

 そこには、立ったまま優雅にチョコレートケーキを口に運ぶサズラヮさんの姿があった。


 ふたたび背後を振り返り、さっきまでサズラヮさんがいたテーブルを確認する。そこにはナイトライトだけが、きょとんとした表情で取り残されていた。


『みゃっ!?』

「え、さ、さっきまでそこのテーブルにいたはずじゃ……」

「盗み聞きするつもりはなかったんだが、俺は耳が良すぎるんだ。悪いがちょっと釈明させてくれ。こんなうまいケーキを作る店主さんに、俺が悪人だなんて誤解をされたくはねえ」


 またケーキを褒めてくれた。やっぱりこの人、いい人なんじゃないだろうか。


『ふしゃあぁぁ~~っ!!』

「おっと。そう怒るなよネコちゃん。あんたのご主人を傷付けたりしねえよ。……今のところはな」


 デザートムーンが僕とサズラヮさんの間に割って入り、かなり珍しいことに威嚇音を発する。どうやらデザートムーンの意見は僕とは違うらしい。

 サズラヮさんは笑ってフォークを持った手を振り、数歩うしろに下がった


「動物は人間にわからないものを知覚している。それは事実だ。その知覚にもとづいて、このネコちゃんは俺のことを全力で警戒してる。だがそれぁ『人間の本質を見抜いている』なんて話じゃあねえ」

「だったらいったい……」

「『匂い』だよ。そのネコちゃんは、俺の血と脂の匂いを警戒してんのさ」


 まあ、そんなことだろうとは思っていた。

 エルフキャットの嗅覚は人間の数万倍にも達する。僕たち人間には知覚できない匂いにも反応できるのだ。


 動物が人間に理解できない反応をすると、それはオカルトに結びつけられがちだ。だがそもそも動物たちは人間とはまったく異なる知覚の範囲を持っているわけで、そういう反応はこの知覚のギャップから生まれていることが多い。

 ちなみにシルフィードが『悪人』を警戒するのは、パートナーであるロナの警戒が動作から伝わっているだけだと思われる。


「で、でも! サズラヮ王子の体から血の匂いがする……ってことはつまり、最近誰かの血を浴びたってことですよね! それってやっぱり……」

「まもなく報道されるだろうが、実はきのう大規模なクーデターがあってな。その首謀者の一味を取り押さえるために、ちょっとばかり荒事が必要だったんだ」

「あ……ああ。なるほど……」

「俺ぁ第二王子だが、同時に王国を守るために戦う戦士でもあるのさ。その責任を果たすために敵の血に汚れることもある。だが、だからって俺が危険人物ってことにはならねえだろ?」


 まあ、もっともな話ではある。


「す……すみません。理解しました。大変失礼を……」

「わかってくれたならいいさ。友達を守りたいって気持ちは尊いもんだ。……そっちのネコちゃんもな。ご主人を守るために、ずっと俺とご主人の間にいたんだろ?」

『みゃあ!』

「立派なもんだ。血の匂いがする俺を警戒すべき対象だと思ったってことは、かなり修羅場もくぐってきたんだろうな。……だが、ちっとばかし反応が遅すぎるな。俺が本気でご主人を斬るつもりだったら、その反応速度じゃ守り切れてねえぞ」


 びし、とサズラヮさんがフォークをデザートムーンに突きつける。

 ……おお、そうか。たしかに言われてみれば、ずっとデザートムーンは僕とサズラヮさんの間にいた。


『みゃ……』

「ありがと、デザートムーン。でも大丈夫だよ。どっちかっていうと僕がきみたちを守らなきゃいけない側なんだし」


 そういう意味では反省しなきゃいけないのは僕の方だ。

 さっきサズラヮさんが僕の背後に回り込んだとき、まったく反応できなかった。……いやまあ、クレール隊長と並び称されるほどの人に僕が太刀打ちできないのは当然か。

 そもそも今後この国の王子と戦うことなんてないだろうし、むしろこんな強い人が王国を守ってくれていることを喜ぶべきかもしれない。


「……さぁて。誤解も解けたしうまいケーキも食えたし、そろそろ失礼するかな」

「え。もういいんですか? たしかさっき、ニャアとも会っていきたいって……」

「キリンのニャアなら、さっきからずっと向こうの木の間からこっちを見てるよ」


 ……ほんとだ。


「あいつもたぶん俺のことを警戒してるんだろうな。はは、嫌われたもんだぜ」

「……そうみたいですね」

「ま、仕方ないさ。次はシャワーを浴びてから来るよ。ほら、会計を頼む」

「あ、いや。今日はもともとお休みの日ですし。ケーキもただの試作品ですから、お代はなしで構いませんよ」

「おいおい、そう言わないでくれよ。俺は今日ここで受けたサービスに十分満足した。対価は払わせてもらわねえと困る」

 

 そう言われてあえて断る理由もなかったので、料金は受け取っておく。

 にこやかにいくらかの硬貨をこちらに手渡して、サズラヮさんはお店をあとにした。


「そんじゃまた。休みの日に悪かったな。次は営業日に来るよ」

「……はい、お待ちしてますね」

『みゃ~~』


 僕もにこやかな笑顔を浮かべて、立ち去る彼を見送ったのだった。

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