第3話 『魔法生物カフェ』ラブコメ編、開幕!
「や、ありがとうロナ。助かるよ」
「だいじょーぶだいじょーぶ。哨戒任務のついでだからさ」
『ぎゅるぉお~~~ん!!』
嬉しげに頭をこすりつけてくるシルフィードの背中を撫でながら、僕はロナからいくつか袋を受け取った。中には切れかけていたカーム草とクッキーが入っている。
「今日はカフェは休み?」
「うん。というかまあ、休みじゃなきゃこうしてカフェの外には出てこれないよ」
「そりゃそうか。あのお店、フィートの魔力ありきで回ってるもんね」
僕だけではない。最近料理スキルをめきめきと上げているルイスに、商人時代のつてと交渉力を使ってあらゆる商品を格安で仕入れてくるフレッド。そしてなにより、圧倒的な可愛さで人を魅了する魔法生物たち。
誰が欠けても『desert & feed』は機能不全に陥る。……うん、カフェとしては不健全もいいところだなぁ。本格的に従業員を増員したいところだ。
「てかさ。せっかくなんだし、ちょっとカフェでひと休みさせてよ。商品の運賃ってことでさ」
「哨戒任務はどうしたんだよ」
「休憩時間中だよ。てかそうじゃなきゃ、さすがにおつかいなんて頼まれてあげないって」
「だからと言って、王都民の安全を預かる天馬部隊員がペガサスを連れて優雅にティータイムとはいかがなものだろうか」
「哨戒任務中のあたしを市場までパシろうとした男の言うじゃないなぁ」
なるほど。
どうやら、ロナの主張に一理あることは認めざるを得ないらしい。
「わかったよ。ちょうど新作のチョコレートケーキを考えてたとこなんだ。ちょっと味見していってくれ」
「いえーい! さすがフィートだ!」
「シルフィードもおいで。ルビー用に買い溜めてある葦を特別に食べさせてあげよう」
『ぎゅるるぉ~~~ん!!』
王都付近で手に入らない葦は、飼料の中でもかなりの高級品だ。……ペガサスの口に合うかはわからないけど。
……あ、そうだ。忘れるところだった。
ロナにはひとつ、忠告しておくべきことがあるんだった。
「ロナ。カフェに入るにあたって、ひとつ気を付けておいてほしいことがあるんだ」
「ん? なになに?」
「カフェの中では、僕と絶対にいちゃつかないでほしいんだ」
うきうきと弾んでいたロナの動きがぴたりと止まった。
白く透き通った顔がみるみる紅潮していく。
……おお。思ったよりも反応が大きいな。
「い……いちゃ、いちゃつく? いやいやいや! いわ言われなくてもあたたたしとフィートはそんな関係じゃないじゃん!」
「ごめん、言葉が悪かった。ええとつまり、いちゃついてるように見えることはしないでほしいんだ。過剰に近付いたりとか、肌を密着させたりとか、キスしたりとか」
「するかぁ! あたしをなんだと思ってんの!?」
「僕が天馬部隊にいた時代には全部やってただろ」
「やっ……たけど! あれはいろいろ事情があって……! ていうかキスに関しては本当にただの事故だったし……!」
顔を真っ赤にしたロナがあたふたとあわてている。
ううん、失敗したなぁ。こんなふうに困惑させるつもりはなかったんだけど。
「いやまあ、昔の話はいいんだ。いまうちのカフェにはかなり嫉妬深い子がいてね」
「はぁ、はぁ……。……嫉妬深い子?」
「うん」
あわてすぎて息も絶え絶えになりながら問いかけるロナに、僕はうなずく。
……うーん。まあ、実際に見てもらった方が早いかもしれない。
●
『くう゛ぁあああぁあ~…………!!』
「ああ、この子ね……」
グリフォンのサニーにすごまれながら、ロナは納得した様子でうなずいた。
サニーは、僕が管理局の職員だった頃に特によく懐いてくれていたグリフォンだ。
『一緒に日向ぼっこをすると心を開いてくれやすい』というのはグリフォン種の特徴なんだけど、サニーは特にそれが顕著だった。僕が収容室の近くを通ると足音で気付いて狂喜乱舞するので、用があるとき以外はグリフォンの収容室近くを歩かないよう気を付けなきゃいけなかったくらいだ。
僕がクビになって以降はしばらく会えなかったんだけど、その間もサニーは僕を忘れずにいてくれたらしい。
おかげで僕以外の職員に一切懐かず、管理局では扱いにくいグリフォンとして有名になってしまっていたみたいだけど……。そのおかげでハルトール王太子が僕に引き渡すという選択を取ってくれたわけで、結果オーライではある。
そんなサニーだったので、カフェに来てからも相変わらず僕にばかりよく懐いている。
お客さんに体を触られても怒ることはないけど、さして反応も示さない。お店がオープンしている間、ひたすら僕のうしろを付いてくるだけだ。
……もっとも、最近ではその姿が『一途でかわいい』『種族を越えた愛に感動する』などと言われて一部で人気を博しているらしい。世の中、なにに需要があるかわからないもんだなぁ。
「まあ、というわけで。僕が人間の女性と接触する様子を見ると、サニーがすごく怒るんだ」
「納得。……てかわざわざカフェの外に出てきてあたしを出迎えたのも、あたしと会うところをこの子に見せたくなかったからか」
「そういうこと」
砕いたクッキーに防水魔法をかけながら、僕はうなずく。
ちなみにいま現在、僕はチョコレートケーキ制作の真っ最中だ。厨房の入り口にロナが立って、サニーに威嚇されながら僕の調理風景を眺めている。
『くう゛ぉおおぉおおお…………』
「どうどう。しかしまぁこうして見ると、ほんとに恋する乙女って感じだなぁ」
「ああ、それに関してはその通りだと思うよ」
「え?」
「サニーはたぶん、僕のことを異性として好きなんだと思う」
「え……えぇっ! そんなことあるの?」
実際、珍しいケースであることは間違いない。でもまあ、魔法生物が人間に恋愛感情を抱くということに関しては前例がないこともないのだ。
「グリフォンは一緒に日向ぼっこした相手と仲良くなりやすい……ってのは前から知ってたんだけどね。どうやらその理由として、グリフォンは一緒に日向ぼっこした相手を同族だと見なすらしいんだ」
「へぇ。……あ、じゃあサニーちゃんにとってフィートは、自分と同種のオスに見えてるんだ?」
「たぶん。仮説だけどね」
少なくともサニーの僕への振る舞いがが、同種のオスに対するそれと酷似しているのは確かだ。
「ふうん。……でも嫉妬の対象は人間の女なんだ? フィートが自分と同種だと思ってるけど、人間の女性と恋愛関係になりうることもわかってる……ってこと?」
「興味深いよね。どういう認知になってるんだろう。……今度試しに、サニーの前で別のメスのグリフォンといちゃついてみようかな」
「やめたげなよ。かわいそうだから」
ロナにたしなめられてしまった。……まあどっちみち、メスのグリフォンなんてそこらへんにほいほい落ちているものでもない。実現困難な実験だ。
「てかさ。サニーちゃんがそんな状態だと、お店の運営もちょっと大変なんじゃない? 女のお客さんにも、それにルイスにも近寄れないんでしょ?」
「まあね。正直なんとかしたいとは思ってるんだけど、良い方法を思い付かなくて」
「ふうむ……」
なにやら考え込んでいるロナをいったん放置して、僕はケーキ作りを進める。
時間のかかる工程を魔法でスキップすれば、それなりに本格的なケーキもすぐに完成する。できあがったケーキを見て、僕は満足してうなずいた。
「できたよ、ロナ。それじゃテーブルに運ぶから、ちょっと出入り口から離れ、て……」
振り返ると、至近距離にロナの顔があった。
「チョコクリーム、ほっぺに付いてるよ」
「え」
そう言ってロナが僕の肩に手を回す。ほおに唇を近付け、ついばむようにクリームをなめ取った。
え?
いや……ええ?
僕、ちゃんと説明したよね? サニーが怒るから、過剰に近付いたりとか、肌を密着させたりとか、キスしたりとかしないでほしいって言ったよね?
こいつ、一瞬で全部やったぞ。すごい。さすが天馬部隊最速の女だ。
『くう゛ぁああああっ!! くう゛ぁああああああっ!! くう゛ぁああああぁ!!!!』
案の定サニーは怒り狂い、いまにもロナに襲いかからんばかりだ。
「な……なにやってんの?」
「いやあ。元相棒のよしみで、ちょっと問題解決に協力してあげようと思って」
ロナは相変わらず僕の肩に手を回したままで、自然ロナの声は僕の耳元で囁くように発せられることになる。
「問題解決……?」
「要するにさ。サニーちゃんはたぶん、混乱してるわけよ。だって管理局にいた頃はフィートが人間の女と一緒にいるとこなんてみたことなかったわけで。それが今じゃあ、毎日のように何百って女が入れ替わり立ち替わりフィートの元に現われてるんだもん。落差が大きすぎて、女の人の接近に過剰に反応しちゃうわけ」
「は、はあ。まあそうかもしれないね。すっごい人聞きの悪い言い方だけど」
「だからさ、ここで必要なのはショック療法なんだよ。いったんものすごいいちゃいちゃを見せて耐性を付ければ、多少女の人が接近したくらいじゃなんとも思わなくなるはず!」
そうかなぁ。
「名付けて、ロナとフィートのいちゃいちゃ大作戦!」
「僕が言うのもなんだけど、ひどいネーミングセンスだなぁ」
とりあえず、ちょっと離れてほしかった。チョコレートケーキを運ばせてくれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます