完結編

嵐の前

第1話 第三王子のクーデター大作戦

 ハスター・ラウラルが無残にも命を奪われてから1か月ほど経った頃。


「……聞き間違いか? ウーリ。今なんと言った?」

「軍事クーデーターを起こします。ランバーン兄様、もはや他に道は残されていないのです」


 ここは王国第一王子、ランバーン・クラウゼルの私室。

 弟である第三王子、ウーリ・クラウゼルは視線を外すことなくそう言った。


蠅の女王ベルゼマムに関する不自然な論功行賞。王都自警団の一部を抱き込んでの風説の流布。帝国に放っているヤツ個人の間者。もはやハルトールの狙いは明らかです。帝国相手の戦争を再び起こそうとしているんだ」

「……あいつの意図は私も感じ取っていた。だがそれに対応する方法として、クーデターというのは……」

「他に方法はありません。2年前、私とランバーン兄様は父様の懇願を受けて王位継承権を放棄した。おかげで今やハルトールは王太子だ。父様はご病気で、いつ亡くなってもおかしくない状態です。あの男が王の座を継ぐ前になんとかしなくては!」


 そう言ってウーリは拳を握る。ランバーンはため息をついて応じた。


「……私とて戦争は避けたい。だがあいつのことだ。何か意図があって……」

「どんな意図があろうと! 国民を不幸にする選択を、王族が率先して選ぶことなどあってはならないのです!」

「ウーリ」

「サズラヮ兄様は、自分が戦場に立つためなら国民が何人死んだって平気な人だ。シュマグだって戦争は金儲けの大チャンスくらいに考えてる。いま思えば、父様の頼みなんて聞くはずのないあのふたりが2年前に王位継承権を放棄したのは、きっとハルトールが戦争を起こすシナリオがあいつらにとって都合がよかったからなんだ。本当に国民のことを思っている王族は、兄弟で俺とランバーン兄様だけなんです!」

「ウーリ」

「今しかチャンスはない。まだハルトールはただの王太子で、自由に動かせる兵力はほとんどない。クーデターのための戦力は密かに集めました。兵士、憲兵、冒険者、傭兵……素性はいろいろですが、全員が俺の志に共感してくれる友人です。ひとりひとりと酒を飲み交わしましたが、みんないい奴ですよ。あいつらとならきっと……」

「ウーリ!」


 ランバーンが少しだけ大きな声でウーリを制し、それでウーリは言葉を止めた。


「…………」

「兄様?」

「……わかった。わかったよ。お前には敵わないな。どうやら確かに、いまクーデターを起こす以外に道はないようだ」

「兄様! やはりわかってくださいましたか! ああ、ご安心ください。もちろんクーデター成功後は、王位継承権はランバーン兄様のものです。俺みたいな脳筋野郎より、ランバーン兄様の方がよっぽどうまく国を動かせるはずですから!」

「……そうだな」


 ランバーンがうなずき、ウーリは心からの喜びを顔に浮かべてうなずき返した。


「それでウーリ、俺は何をすればいい? 正直なところ、俺にできることはあまりないぞ」

「いえ、ぜひお願いしたいことがひとつあるのです! いまランバーン兄様は王国の雑務全般を取り仕切るお方。ハルトールのスケジュールも把握していることでしょう!」

「ああ。あいつはいま、魔法生物管理局局長という官職を持つ身だからな。おおよその予定を申告する必要がある」

「ですから兄様には、ハルトールがひとりになるタイミングを教えてほしいのです! 王宮の駐留兵士程度なら簡単に制圧できるだけの兵力は用意するつもりですが、できればそもそも戦いになることを避けたい。戦いになれば、いつだって傷つくのは罪のない兵士たちですからね」

「……いいだろう。ハルトールがひとりになる時を調べてまた連絡する。それでいいな?」

「はい! 助かります、兄様!」


 その後もウーリとランバーンはしばらく話し合い、クーデターの詳細とその後の統治プランについて計画を詰めていった。

 小一時間ほど話し合ったあと、ウーリが立ち上がる。


「今日はこのあたりにしておきましょう。兄弟の語らいも、あまり時間が長くなると不自然だ」

「そうだな」

「ランバーン兄様。……共に守りましょう。王国の民が、笑って暮らせる未来を」

「……ああ。そうだな」


 ウーリが頭を下げ、ランバーンの居室を後にする。

 それを見送ってから。ランバーンはもう1度、その日最も大きなため息をついた。





「やあ、ウーリ兄様。こんな夜更けに、管理局に何か用でしょうか?」


 ウーリ・クラウゼルは驚いて足を止めた。


「ろくなもてなしもできなくて申し訳ない。はは、これじゃまたウーリ兄様に怒られちゃいますね。パーティに呼ばれたお客様をお腹を空かせたまま帰らせるなんて、王族の名折れだ! って」

「……ハルトール。お前」

「まあでも、多少は大目に見てくださいよ。なんせこんな大勢のお客様を招くパーティは、僕だって初めてなんですから」


 ランバーンによると、ハルトールはこの時間ひとりで魔法生物管理局に残り、溜め込んだ事務仕事を片付けているはずだった。

 だが実際にはハルトールは管理局前の中庭に立っていて、しかも明らかにウーリの来訪を予期していたようだった。


「やあ、見てください兄様。月がとても綺麗だ。特別な日に選ぶならこういう夜がいいですよね。たとえばほら、軍事クーデターを起こす日とか」

「……知っていたのか」

「もちろんです。いやあそれにしても、本当にぞろぞろと大人数ですね。50人くらいはいる。王宮を占拠しにいった部隊と同等かそれ以上なんじゃないですか? 僕ひとりにこんな人数を使ってくれるなんて光栄ですね」

「どこまで把握して……。いや、そんなことはどうでもいい。襲撃が予期されていようがいまいが、お前を守る兵士がいないことは事実だ。悪いがハルトール、お前の身柄は拘束させてもらうぞ」

「身柄を拘束? 相変わらず甘いですね、ウーリ兄様は。それに兵士ならいますよ」

「なに? ……バカを言うな。この人数に対抗できるだけの兵士を、気付かれずに潜ませておくことなど不可能だ」

「人間の兵士ならね」


 ハルトールが右手を挙げると、あたりの茂みから小さな影がいくつも現われた。

 明るい月明かりに照らされて、ウーリはその正体をはっきりと認識する。


『なぁお!』『みぃ~!』『ぬぁあ~~お』

「……ね、ネコ?」


 そこにいたのは、30匹以上のネコの群れ。

 あまりにも予想外の光景に、ウーリもその背後の戦士たちも一瞬体を硬直させた。

 その一瞬の間に、ハルトールが右手を振り下ろす。


「……えっ」

『なぁ~~~!!』『み! み!!』『ぬぁあああぁおん!!』


 30のネコから放たれた300以上の魔法球。

 その魔法球から放出された攻撃が、ウーリの部隊に直撃した。








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よくわかる王子たちの人物紹介


第一王子:ランバーン(42)

 王宮の雑務全般を取り仕切る。論功行賞でフィートに王国勲章を授与した人。

第二王子:サズラヮ(36)

 戦場が好きな人。

第三王子:ウーリ(31)

 熱い男。軍事クーデターを企てている。次の章で死ぬ。

第四王子:シュマグ(27)

 王国で最も富める男。商人ギルドの実質的な支配者。公募文をもみ消した。

第五王子:レイアード(生きていれば24)

 現在行方不明。変人として有名だった。

第六王子:ハルトール(23)

 あれやこれやの黒幕。現魔法生物管理局局長。

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