第23話 死にゆく者たちの狂騒曲③
ハルトール・クラウゼルの母親は、帝国の皇族だった。
クラウゼル王国と帝国の親交を深めるための政略結婚。だがハルトールが生まれた頃に両国間の関係は急速に悪化し、ハルトールたち親子はクラウゼル王国で孤立することになる。
難産に心労が重なり、ハルトールの物心が付く前に母親は死んだ。
父親はほとんど顔を見せず、乳母でさえ嫌悪の目を向ける。そんな幼きハルトールにとって、味方と呼べる存在はかろうじてふたり。
ひとりはクラウゼル王国第五王子、レイアード・クラウゼル。変人として有名だった彼は、対立する国の血を引く弟にも偏見の目を向けなかった。もっとも彼は若くして失踪し、ハルトールの前から姿を消したのだが。
そしてもうひとりが、フェザーオウルのエンペリオだった。母親が帝国から連れてきた魔法生物で、なかば部屋に幽閉されていたハルトールとほとんどの時間を一緒に過ごした。
フェザーオウルの世話はかなり大変だ。なんせフェザーオウルは、摂取した栄養の大半を羽毛を生やすことに使う。その羽根は時間帯によっては数秒ごとに生え替わるほどで、エンペリオ自身の体格の5倍ほどに積み上がった羽毛をハルトールは毎日処理していた。
ハルトールが3歳を迎えたある日のこと。ハルトールの部屋に現われた乳母はいつも以上に不機嫌で、突然幼いハルトールを蹴りつけた。
あとになって乳母に確認したところによると、帝国との間で小競り合いがあったとか、それでその乳母の親族がケガをしたとか、そういうくだらない理由だったそうだ。ともかくその当時のハルトールには大人の暴力に抵抗する手段はなく、ただ蹴られるままになっているしかなかった。
エンペリオが乳母に襲いかかったのは、幼い王太子の目から見ても無謀としか思えなかった。フェザーオウルは戦闘能力を持った生物ではない。いくら女性で中年太りが目立つとはいえ、体格の良い乳母相手に戦いになればすぐに殺されてしまうだろう。
だが結局、乳母は悲鳴を上げて引き下がり、ハルトールへの暴力もそこで終わった。
成長したハルトールであれば理解できる。無抵抗な男児を暴行することはできても、自分が少しでも傷つく可能性のあることは全力で回避したがる。この乳母はそういう人種だったのだ。
その夜。目をらんらんと光らせるエンペリオを見ながら、ハルトールは考える。
……エンペリオは、自らの危険を顧みずハルトールを守った。自分なんかを守っても大したメリットはないのに。
おそらくは毎日ずっと一緒にいたという、ただそれだけの理由で。エンペリオは乳母という強大な敵に立ち向かった。完全に合理性を欠いている。
……ああ。
生き物というのは、なんて便利なんだろう。
3歳のハルトール少年が得た、それがこの日の教訓だった。
●
「本当はもっとがっつり間引きできる予定だったんだけどね。君たちが優秀すぎたせいでほとんど減らなかった。仕方ないから僕自身も参戦することにしたんだ。おかげでいくらかは削ることができたよ」
ぺらぺらと話すハルトールに、ハスターは自分の中で怒りが膨れ上がるのを感じた。
どうやら本当に俺は魔法生物たちのことが好きらしいな、とハスターは内心でつぶやく。だが冷静になれ。今すべきことは感情に身を任せることではない。少しでも多くの情報を、この王太子から引き出さなくてはならない。
「……結局、いまの話もあんたの共犯者に繋がるものじゃなかった。いい加減にしろ。有益な情報を吐かないなら、すぐにでもこの引き金を引く」
「いやいや! ひどいなぁ。そういう核心に迫るような情報は、教えてもハスター君じゃ真偽を判断できないんだよ。僕はハスター君を思って話題を選択しているのに……」
「もういい。5秒以内に共犯者全員の名前を挙げて、その根拠を提示しろ。できないなら撃つ」
引き金にかけた指に力を込める。
脅しのつもりじゃダメだ。ハルトール王太子はかなりの精度でハスターの内心を読み取ってきている。撃つ気がないことはすぐに悟られる。
5秒以内に返答がなければ、本気で撃つ。そう心に決めてハスターはカウントを始めた。5.4.3.2.1......
「共犯者は王族全員。根拠はそこの机の引き出しの最下段だ」
数え終わる寸前でハルトールが答える。
「……。その段はもう調べた。特別なものは何も入っていなかったぞ」
「やめなよ。君に演技の才能はない」
ハスターはため息をつく。たしかにハルトールが指定した段はまだ調べていなかった。
ブラフも通じなかった。ハルトールの発言の真偽を確かめるには、実際に引き出しを開けて確かめるしかない。
「……引き出しの中を確認する。そこを動くなよ」
「もちろん」
……問題はない。ハルトールに銃口を向けたままでも、調べることは可能だ。
銃口を動かさないまま、ハスターはゆっくりと姿勢を低くする。
「…………」
「…………」
視線をハルトールに向けたままで、引き出しを開ける。
一瞬。ほんの一瞬だけ。引き出しの中を確認するために、視線をそちらに向けた。
本当に一瞬。だがその一瞬が、致命的な過ちだった。
「エンペリオ!」
「なっ……!?」
部屋の片隅で彫像のように動かなかったフクロウがハルトールの声に応じ、部屋を横切って飛翔した。
異常な量の羽毛が空中に散乱する。羽毛で作られた白いカーテンがハスターとハルトールの間に下ろされ、ハスターの視界を遮った。
「……っ、く、そ……!!」
ハスターが引き金を引く。1発。2発。経験したことのない大きな反動に、右腕が痺れた。
発射された銃弾は白いカーテンを貫き、その向こう側に到達する。
「当たっ……」
「てないよ。残念ながら」
耳元でハルトールの声が聞こえ、そしてハスターは腹部に燃えるような熱を感じる。
一瞬ののちに気付く。白く輝く光の魔法剣が、自分の体を切り裂いていた。
ハスターの体が崩れ落ちる。
「か、はっ……」
『くぉっ……くぉっ……』
「な、便利だろう? 魔法生物ってヤツは」
息ができない。それでもハスターは残った力をかき集め、必死で右腕の拳銃をハルトールに向けた。
引き金を引く。……できない。指が動かせない。
右腕があった場所に目を向けて、ようやくハスターは状況を正しく認識した。引き金を引くより早く、光の剣がハスターの腕ごと切り落としていたのだ。
「っ、があ……ぁあ……!!」
「僕が時間を稼ぎたがっていることには気付いていたみたいだけど、その理由をもっとちゃんと考えるべきだったね。僕は夜が更けて、エンペリオが目を覚ますのを待っていたんだ」
「っ、ぐ……あんたの思いどおりには、ならない。かならずだれかが、あんたをとめる……」
「へえ。興味深いね。僕の読心術が狂ったんじゃなきゃ、君は本気でそう信じているみたいだ」
息も絶え絶えに言い放たれたハスターの言葉に、ハルトールは少し意外そうに片眉を上げた。
「教えてよ。君が考える、僕を止めうる存在ってのはいったい……」
「…………」
「……死んだか。残念だな」
ハルトールは肩をすくめ、エンペリオを肩に乗せたまま部屋を出る。
さすがに血の匂いが充満した部屋で休む気にはなれない。とりあえず部屋は口の固い手駒に片付けさせて、自分は適当な部屋で仮眠でも取ることにしよう。なんせ明日も朝は早いのだ。
大きくあくびしながら歩くハルトールを、肩に乗ったエンペリオが無表情に見つめていた。
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超絶激重展開の真っ只中ですが、これにて第2部は〆となります。長かった……!!
最初は15話くらいで終わる予定だったのに、なんだかんだ伸びに伸びて最終的に70話近い長編エピソードになりました。ここまでお読みいただいた皆さまに心から感謝です!!
あといつもコメントやハートで応援してくださる皆様方、本当にありがとうございます。大変励みになっております……!
次の第3部が完結編になりまして、だいたい話数は40話ほどになる予定です。
ここから先もまあまあ長いですが、最後までお付き合いいただけると本当に嬉しいです!!
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