第22話 死にゆく者たちの狂騒曲②
ハスターが、拳銃を握る指に力を込める。
無慈悲な弾丸が、ハルトールの胸を貫通すべく銃口から発射され……
「いいのかい? 殺しても」
「……どういう、意味だ」
「君の推論はまだ不完全だよ。たとえばそうだね。商業ギルドへの公募文。あれは結局、ピーターという商人の記憶違いだったんだろうか?」
ハスターの指が止まった。
「記憶違いだった。そう考えるしかない。俺が知る限り、ハルトール。いくらあんたでも商業ギルドの内部資料を改ざんするほどの影響力はないはずだ」
「ふうん。
「……まさか」
「ピーター君の記憶は正しかった。商人ギルドに出された公募文は、生物兵器の輸入を暗に促す内容だったのさ。あの公募を出したことも、途中で公募を取り下げて魔法生物の買い取りを拒否したことも、すべて僕が裏で手を引いていたことだよ。……ああ、ちなみに参考までに、
「だが、だったらどうして事後調査ではその公募文が出てこなかったんだ。さっきも言ったが、いくらあんたでもそこまでの影響力は……」
「ああ、僕にはない。でも僕の兄ならどうかな?」
ハスターの顔が、驚愕に歪んだ。
「……クラウゼル王国第四王子、シュマグ・クラウゼル。王国で最も富める男であり、商人ギルドの事実上の支配者」
「正解。シュマグ兄様も僕の協力者だ。ハスター君。君は僕を殺せばそれで解決できると思ってるみたいだけど、ちょっと甘いんじゃないかな」
「……!!」
「覚えてるかな? 2年前。行方不明の第五王子を除いて、僕の4人の兄がそろって王位継承権を放棄したこと。おかげで僕は王太子になり、大きな力を手にした。僕の4人の兄のうち、何人が僕の協力者なのか。殺す前に探っておいた方がいいと思わない?」
ハスターは思考を巡らせる。
……ハルトールの狙いは明らかだ。時間稼ぎ。会話で自分の生存時間を除き、それによって状況が変わることに期待している。
だが。ハルトールの命が助かるような状況の変化など、起こりえるだろうか。
……いや、ありえない。ハスターはそう結論づけた。
外部へ通じる唯一の扉は、先ほどハルトール自らが閉ざしてしまった。この部屋の現状が外部に漏れることはない。
たとえ戻りが遅いハルトールを案じて誰かがやってくるとしても、そのタイミングでハルトールを撃ち殺せばいい。
問題ない。ハルトールの死は確定している。
ならばここはハルトールの時間稼ぎに乗って、少しでも情報を引き出しておくことが得策だろう。ハスターはそう考え、引き金にかけた指の力をゆるめた。
「わかってくれて嬉しいよ、ハスター君。それじゃ、何から話そうか?」
「……まずは確認しておきたい。あんたは強力な私兵を手に入れたが、それが最終目的ってわけじゃないんだろう?」
「まあね。武力は単なる手段だ。君ならきっと、僕の目的もおおよそ察しているんじゃないかな?」
「最終的な目的はわからない。が、わかっていることがひとつ。あんたは帝国と戦争をしたがっている」
「そのとおり」
ハルトールはあっさりと言い放つ。
「わざわざフィート君に国家勲章まであげて帝国への反感を煽ったのも、僕が王位に就いたあとで開戦しやすくするためだ。こう言っちゃあなんだけど、王国民たちは面白いほど期待通りに帝国を憎んでくれているね」
「そういう人間ばかりじゃない。王国府の動向に疑問を持っている人間も、戦争のリスクを正しく把握している人間も大勢いるはずだ」
「だろうね。だから、そういう連中を黙らせるための武力だよ」
「…………」
ハスターはため息をつきたくなるのをこらえて話を続ける。
無駄なことに時間を費やしている暇はない。いくらハルトールの死が確定しているとは言っても、早めに片付けてしまうに越したことはないのだ。
「で、結局あんたの目的はなんだ?」
「え? だからほら、帝国との戦争だよ」
「そうじゃない。戦争だってただの手段だろう。帝国と戦うことで、あんたは何を得ようとしてるんだ」
「……んー。まあいいか。ハスター君、きみは『賢者の石』を知ってるかな?」
「現存する唯一のクラスS
「さすがだね。そう、従わせることができれば世界を思いのままにできる帝国の至宝。僕はこれが欲しいのさ」
ハルトールの言葉を、ハスターは脳内で分析する。
……クソが、と内心で毒づく。この言葉が真実であるか判断できるだけの材料を、ハスターは持っていない。
やはり時間稼ぎになど乗らず、即座にこの男を射殺した方がいいのかもしれない。なにせハルトールの言葉の真偽を確認するすべをハスターは持っていないのだから……
「ああ、待ってよハスター君。これについては君の質問が悪い。君の手持ちの情報と照らし合わせて、発言の真偽を確かめられるようなことを聞くべきだ」
ハルトールが慌てたように弁明する。
ハスターは身震いした。背筋がぞわぞわするような寒気が止まらない。……さっきから脳内が読まれているようだ。言葉にする前の思考に対して、ハルトールからの反論が飛んでくる。
「……。いいだろう。ひとつ気になっていたことがある」
「うん、なんでも聞いてよ。いくらでも答えるからさ!」
「管理局の収容違反についてだ。あれはなんのための事件だ?」
「え? だからほら、管理局の評判を落として、局長に就任しやすくなるための布石だよ。君もさっき言ってたじゃないか」
「ゴードンをそそのかして管理システムを解除させ、わざわざ魔法生物たちに狂気の霧を吸わせてまわる。手間がかかりすぎだし、リスクを犯しすぎだ。得られるものと釣り合っていない。管理局の評判を落とすってだけなら、植物園の件とカフェ放火の件で事足りたはず」
「……ほんとに優秀だなぁ。うん、まあ、そうだね。あの収容違反については、もうひとつ大きな目的があった」
ハルトールは苦笑する。
「しかしそれだけに解せないな。そんなに優秀なら、僕に聞くまでもなく真の目的に気付けると思うんだけど。きっと君は、本当は魔法生物が大好きなんだろうね。だからそんな動機は想像すらできないんだろう」
「……何を言ってる」
「ちなみに収容違反の真の目的については、実は半分くらいしか達成できてないんだよね。僕の見積もりよりも君が優秀だった。君だけじゃないな。クレール君もガウス君も兄様も、みんな僕の想像より優秀だったよ」
「話す気がないなら撃つぞ」
指に力を込めるハスターに、ハルトールがまた慌てたように手を振った。
「おいおい、待ってくれよ。話すって。……ふむ。君はさっきエルフキャットを私兵化できることが局長就任のメリットだって言ってたけど、実はそれだけじゃないんだ。別にエルフキャットに限定せず、僕はあらゆる魔法生物の兵器化を推し進めるつもりなのさ」
「……!」
「知能の高い魔法生物ってのは兵器として最高だ。なんせ裏切らないからね。剣も破城槌もその拳銃も、敵の手に渡ってしまえば簡単に利用される。でもよく世話をしてよく懐いた魔法生物は、大事な大事なカイヌシサマに従順だ。はは、バカみたいだよね。たかが月に数万
自覚はあまりなかったが、たしかに自分はそれなりに魔法生物のことが好きらしいな。とハスターは思った。
ハルトールの放言に、心底腸が煮えくりかえっていたからだ。
「……で? その話と管理局の収容違反がどう繋がるんだ?」
「まだわからない? 重症だね。……ほら、兵器化を目的にするんだったらさ。やっぱり強力な魔法生物がいっぱいいた方がありがたいだろ」
「だからそれが……!」
そこまで言ったところで、ハスターは気付いた。
言われてみれば明快な答えだった。ハルトールが収容違反を発生させた目的は。より正確には、低危険度魔法生物が収容される第一、第二セクターで収容違反を発生させた目的は。
「弱い魔法生物を間引きして、収容室に空きを作りたかったんだ」
ハルトールはあっけらかんと言い放つ。
「より兵器に適した生物を収容するための空きをね。それが、僕が収容違反を発生させた最大の理由だよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます