第20話 タイトル回収(局長サイド)
アルゴ・ポニークライ。現在は魔法生物管理局一般職員として籍を置いているが、病気による休職のため出勤していない。
……というのが建前で、実際はなんとかして局長の座に帰り着くために日夜奔走している、ということは管理局の全職員にとって周知の事実だった。
そしてアルゴの計画は、まったく上手く行っていなかった。
人事局の懇意の職員も、親交のあった名家の重鎮も、誰ひとりとしてアルゴのために動いてはくれなかった。彼らがアルゴと親しくしていたのは管理局局長という地位のためであり、問題行動を起こして権力を失ったアルゴのために行動する理由はどこにもなかったからだ。
そうして絶望していたアルゴが最後にたどり着いた場所。それがこの、『desert & feed』だった。
「フィート。なにも言わずに私の頼みを聞いてくれ」
「ええ……。いやまあ、話は聞きますよ。なんですか?」
「私をふたたび局長の座に就けるよう、王太子に頼んでほしいんだ!!」
フィートに頼るなどということ、はじめは思いつきもしなかった。だが自警団の広報誌で大きく取り上げられ、カフェも大成功させているフィートを見て、アルゴは考えを改めたのである。
「フィート。お前は今や王都でも一目置かれる存在になった。加えて王太子もお前を高く評価している。お前の頼みなら、王太子も動くかもしれない」
「……いや、あのですね」
「頼む! お前は管理局に勤めていた頃、何度も私と熱い議論を交わしてきた。時には対立することもあったが、心では通じ合っていたと私はわかっている」
「……んん? 誰と誰の話をしてます?」
「本当に管理局局長の座にふさわしいのは誰か、お前はよく知っているはずだ!」
アルゴはその思いを吐き出し、フィートに迫る。アルゴ的には過去のいさかいを清算し、フィートの心を動かすに十分な名演説だった。
が。
「イヤですよ、さすがに」
フィートはあっさりと首を横に振った。
「誰が管理局局長の座にふさわしいか、なんて大層なことは僕にはわかりませんが。誰がふさわしくないかくらいならわかりますよ。アルゴさんはたぶん、いち研究者の方が向いてるんじゃないですか」
「……っ! このクソガ……いや、こほん。どうやら我々の間にはいくつか誤解があるようだな。だがフィート君、そこをなんとかお願いしたいんだ」
「そう言われましても……」
「いや、わかっている。私に問題があったことは事実だ。その点については深く反省しているよ」
「え。反省? ……アルゴさんが?」
「ああ。あの日、王太子に言われたことだ。……私にはたしかに、魔法生物についての知識が欠けているところがあった」
ええと……と数秒考え込むフィート。
「野良エルフキャットの捕獲を命じられた時のことだ。私に魔法生物としての知識が欠けているからお前という専門家をサポートに付ける、と王太子は言っていた」
「ああ……ありましたね」
「あの時はふざけるなと思ったが、今思うとあの男は正しかった。私はファイアフォックスの直近の研究について知らなかった。……思えば、魔法生物の研究に心血を注いでいたのは何十年前のこと。知識のアップデートができていなかったのは事実だ」
あの日、ファイアフォックスの炎に焼かれたことをアルゴは思い出す。ファイアフォックスの炎は幻のもののみで、本物の炎は出せない……という十年以上前の常識を信じ込み、結果的にアルゴは大失態を演じることになったのだ。
「私は失敗から学べる人間だ。幸い病室で十分に時間はあったから、最近の魔法生物についての文献をひたすら読みあさった」
「へえ。良いじゃないですか」
「そうだろう。わかってくれたか、フィート。魔法生物の知識が足りない私は局長にふさわしくない、と思っていたんだろう? だがその点はすでに改善されたんだ!」
言うとアルゴは手を床に付き、頭を下げた。
それは最上位の懇願を表わすポーズ。……土下座、と呼ばれる姿勢だった。
「頼むフィート! 私をふたたび局長に!」
「……アルゴさん」
床に頭をこすりつけるようにして、アルゴは頼む。
アルゴにとってフィートは、局長に返り咲く可能性を持った最後の希望だった。
「顔を上げてください、アルゴさん。魔法生物の知識が足りないアルゴさんは局長にふさわしくない、なんてこと僕は思ってませんよ」
「フィート……!」
喜色満面でアルゴが顔を上げる。
「やはりわかってくれたか! 私は最初からお前のことを……」
「アルゴさんが局長に向いていないのは、独善的で思い込みが強く、人の意見を聞く気がなく、気に入った人間だけを重用し、なにより魔法生物への思いやりを持っていないからです」
アルゴは絶句した。
「魔法生物についての知識が局長に必須だとは、僕は別に思わないです。現にハルトール王太子は魔法生物にさほど詳しくないですが、うまく管理局を回してるみたいですし」
「フィ……きさ……ま……!」
「僕も人間観察に自信がある方じゃないですけど、どう考えてもアルゴさんはリーダー向きの性格じゃないですよ。研究者としては優秀だったそうですし、やっぱり今からでも魔法生物学者に戻られた方がいいんじゃないでしょうか」
「っ、がっ、ききききさままままま……!」
最後の希望はいま失われた。いや、最初からどこにも希望などなかったことに、アルゴは今さら気付いた。
土下座した状態のまま。アルゴの手が、徐々に腰のあたりに伸びる。
そこにはナイフがあった。……いざとなったら魔法生物でも人質に取って言うことを聞かせてやろう、そう思って用意したものだった。
だがいま、アルゴの怒りは頂点に達していた。
自分よりはるかに格下だったはずの男に、こうして頭を下げる屈辱。にもかかわらず自分の要望が聞き入れられないことへの苛立ち、そして相変わらず悟ったような顔で自分を諭す目の前の若者への憎悪。
それらすべてがアルゴに、生意気なガキにこのナイフを突き立てろと叫んでいた。
「あ、それから。その姿勢、本当にやめた方が――」
「死ねぇ、フィ……!」
『くう゛ぁああああああああぁあぁあぁ!!!!!!』
アルゴ・ポニークライが病院で魔法生物について学び直した、というのは嘘ではない。
だが彼が読んだ文献のどこにも、そんなことは書かれていなかったのだ。
人間の土下座のポーズはグリフォンの威嚇のポーズと同じだとか。だからグリフォンの前で土下座すると即座に攻撃されるとか。
そんなことはどこにも書かれていなかったのだ。
そういう『書くほどでもない無数の知識』を得るためのフィールドワークは、残念ながらアルゴの得意分野ではなかった。
つまり。
『くう゛う゛うああぁあぁああああああ!!!!!』
「がっ!? ぐあっ!? あがぁっ!? ぐあああああああっ!!!!」
「ご、ごめんなさいフィートさん! サニーちゃん、フィートさんの声聞いて勝手にそっちに行っちゃって!」
「大丈夫だルイス、近寄らないで! 落ち着け、落ち着けサニー!」
『くう゛ああああああああああぁああっ!!!!!!』
グリフォンは元来、きわめて獰猛かつ攻撃性の高い生物である。
ゆえに。フィートがサニーをアルゴから引き離したときには、すでにアルゴは全身打撲により気を失っていたのだった。
●
数日後、見慣れた病院のベッドで目を覚ましたアルゴが聞かされたところによると。
アルゴ・ポニークライがナイフを所持していたこと。フィートの『記憶共有』によると、アルゴがそれを持ってフィートに飛びかかかる寸前であったこと。これらを考慮して、サニーの行動は正当防衛として処理されたとのことだった。
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