第19話 お久しぶりです

「あのな、デロォン。何度も言ってるけど、お客さんのポットに勝手に入っちゃダメだ。あそこの飲み物は君のものじゃないんだ」

『にゃ?』

「にゃ? じゃない」

『にゃあ!!』


 『液体操作』で空中に宙づりになったデロォンが脚をじたばたさせる。

 うーん、困ったな。この様子だと再犯の危険性は高そうだぞ。


「あの、店長さん。私ら全然気にしてないんで、許してあげてください」

「え。でもですね……」

「てか、さっきポットからにゅるっとその子が出てくる記憶をツイスタにアップしたんですけど、けっこうバズりそうですよ。……あ、自分でも同じ体験がしてみたい! って人も多いみたいです」

「そんなバカな……」

『にゃ~~~~~』


 デロォンが勝ち誇った様子でこちらを見下ろす。


「……あのな、こんな優しいお客さんばっかりとは限らないんだからな。いつかもっと『にゃ~~~~~~~~~~~』なんだぞ!」


 ……こいつ、ちゃんと聞く気ないな。

 まあいいか。とりあえずあとでお店の注意書きにデロォンのことを書き加えておこう。『液体操作』を解除し、デロォンを床に下ろしてやる。


「今回はこれで許してあげるけど、今後は気を付けるんだぞ」

『にゃん』


 自由を取り戻したデロォンは一声鳴いて、悠然と別のテーブルへ歩き去って行った。なかなかの自由人っぷりだなぁ。


 一息ついて、僕はホールの様子をぐるりと見回す。うーん、なかなか盛況だ。


 ホールにいる魔法生物のうち、デザートムーン、レイククレセント、ルビーはかなり仕事熱心だ。

 相変わらずサービス精神旺盛なデザートムーンに、どうやら人に撫でられるのが好きで仕方ないらしいレイククレセント。ルビーはカフェに出るのは初めてだけど、人なつっこい性格のおかげでなんの抵抗もなく馴染んでいる。


 ナイトライトとデロォンは……仕事熱心ではないけど、お店には貢献してくれている。デザートムーンにくっついて回るナイトライトは、デザートムーンが撫でられているあいだは撫でられていてくれる。好奇心旺盛なデロォンは自由気ままにテーブルの間を探検しているが、そのおかげでいろんなテーブルの人に触れあう機会ができている。


 そしてホールの魔法生物のうち、最大の問題児が……


『くぁ~~っ♪ くぁ~~~~っ♪』


 グリフォンのサニーだ。

 鷲の頭に獅子の下半身……と称される強靱な体はなかなかに威圧的だが、問題はそこではない。


『くぁ~~っ♪ くぁ~~~~っ♪』

「ずっと付いてくるなぁ、お前」


 サニーはひたすら僕のあとを付いてくる。お客さんには見向きもしない。

 が、問題はそこでもない。僕はずっとホールにいるからお客さんたちとサニーが触れあう機会は十分にあるし。


「あ、すみませーん。お会計お願いしまーす」

「あ、はーい!」


 問題になるのは、


「あの、店長のフィートさんですよね! すごく楽しかったです! また絶対来ます!」

「ありがとうございます! そう言っていただけるととても……」

『くう゛ぁああぁぁあ……』


 ぐいぐいと。サニーが体全体を使って僕のことを押して、お会計中のお客さんから引き離そうとしてくる。

 サニーはずっとこの調子だ。僕がルイスや女性客と話し込んだり距離が近くなったりすると、威嚇音を発して引き離そうとしてくるのだ。


『くう゛ぁああぁぁあ……』

「えー……と。すみません。近付くとサニーが怒るので、おつりはここに置いておきますね」

「あ……はい。ええと、大丈夫ですか?」

「ええ。僕が人間の女性に近付くと、いつもこんな調子なんですよ」

「はあ……。それってその、もしかして嫉妬してるってことですか?」

「そうなんだと思います。すみません、ご迷惑をおかけして」

「サ……」

「さ?」

「サニフィー! サニフィーきた! すごい、本物の異種族間恋愛……!」


 サニフィーサニフィー、と呟きながらお客さんは帰っていった。どうしたんだろう、いったい。


 ともかくそういうわけで、サニーのことはちょっと持て余し気味だ。愛情表現は嬉しいんだけど、営業に支障が出るのは困るなぁ……。


「あのう。すみません、店長さん」

「あ、はい!」

「この間店員の人がツイスタにアップロードしてた、おっきいヘビってどこにいますか? 僕はあの子に会いに来たんですが、どうしても見付からなくて……」

「ああ、ノムなら向こうの森林エリアにいますよ。順路がありますから、そこから外れないように気を付けてください」

「ありがとうございます!!」


 この建物には、主に食事するスペースになるホール部分と、植物が生い茂る森林エリアが存在する。フードメニューを注文した人は森林エリアを自由に散策することができて、そこにいるノムやニャア(キリンのことだ。念のため)との触れ合いが楽しめる。


 将来的にはここの順路を使ってルビーの騎乗体験なんかをできるようにしてもよさそうだけど、今は無理だ。

 理由は色々あるけど、一番大きいのは人手不足だ。結局相席も活用して50人ギリギリまで人を入れて回しているんだけど、おかげで厨房にいるルイスとフレッドはとんでもない忙しさに見舞われているはずだ。


「あの、すみませーん! こっちのミルクティーもネコになったんですけど!」

「店員さーん! 森林エリアに行きたいんですけど、荷物はここに置いていっていいんですか?」

「すみません、デザムーちゃんにおやつをあげられるサービスってまだやってます?」


 もちろん僕の方も死ぬほど忙しい。店内を飛び交う魔法を制御しながら、お客さんの要望に対応する必要がある。

 ……まあ、もっとも


「はい、すぐに参ります!」


 僕に関しては、こうして働くのが楽しくて仕方ないんだけどね。





「……ふう。2人とも、本当にお疲れさま。期待以上の働きだった。……それじゃ、今日はもう上がっていいよ」

「はい! お疲れさまでした!」

「お疲れさまっす!」


 そうして、すさまじく忙しい1日はあっという間に終わった。

 せっかくの開店初日なんだし、本当はこう、もっとしっかりとお祝いをしてもよかったんだけど。でも僕もルイスもフレッドも疲れ果てていたし、それになにより明日もまたこの忙しさが続くのだ。早めに体を休めたほうがいいだろう。


 ……ううむ。しかしそれにしても、本当に想像以上の忙しさだった。これは早めに新しい店員を雇ったほうが良さそうだ。


 そんなことを考えていると。『desert & feed』の入り口の扉が不意に開いた。


「あ、すみません。営業はもう終わってまして……」


 言いながら振り返り、僕は驚いて動きを止めた。


「久しぶりだな、フィート。商売繁盛なようでなによりだ」

「……アルゴさん」


 元魔法生物管理局局長、アルゴ・ポニークライがそこに立っていた。

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