第18話 しっぽのある料理人

「お、おおお……」


 カフェに足を踏み入れた瞬間、まず私は圧倒された。

 意外にもそれは魔法生物によるものではなかった。空を飛び交う食器類。新しい料理が次から次へと空を飛んで運ばれてきて、食べ終わったあとの食器が洗浄されながら厨房の方に飛んでいく。


「お皿がとんでる! すごいね、パパ!」

「これはすごいな。かなりの数の腕の良い魔法使いを、このためだけに動員しているはずだ」


 普通に人を雇って給仕させるよりはるかにコストはかかるはずだが、それ以上に非日常感を重視しているんだろう。こういうこだわりは嫌いではない。


「チメンさんにチック君! 来てくれたんですね。それに……わ、すごいメンバーですね。来てくれてありがとうございます。こっちの席にどうぞ」


 ベガパーク氏が我々5人を席に誘導する。私以外の3人とも知り合いらしく、親しげに言葉を交わしているようだ。


「こちらがメニュー票です。注文が決まったら呼んでください!」


 短いやり取りを終えたあと、ベガパーク氏はすぐ走り去ってしまった。別のテーブルから注文が入ったらしい。

 ううむ。あれだけの大物なんだからわざわざ店頭に出てくる必要もないだろうに、ちゃんとこうして足を動かして働いている。素晴らしい人柄だな。

 まあ見たところ注文を聞いて回っているだけで、そこまで大した戦力になっているようには見えないが……。有名人がああやってホールで働いているだけで一定の集客効果はあるのだろう。


「……隊長。もしかしてこの飛び交ってる食器、全部フィートが制御してます?」

「そのようだ。ふむ、あいつはちょっと目を離すとすぐに人間離れするな」

「ちなみに来客全員に、弱めとはいえ防御魔法もかけられているみたいだよ。はじめてカフェに出る魔法生物もいるみたいだし、最低限の安全策ってとこかな」


 同席することになった3人がひそひそと言葉を交わしている。……なんの話だろう?


「ねえパパ! メニュー! メニューみせて!」

「あ、ああ」


 うながされてテーブルの上のメニュー表を取り、チックにも見えるように広げてみせる。

 王国民は幼年教育で文字を教わるが、チックの年ではさすがにまだほとんど読めないはずだ。雰囲気を楽しみたいのだろう。

 とはいえメニュー表には食べ物のイラストがいくつかあって、文字が読めなくてもそれなりに理解できるようにはなっている。チックは、そのイラストのひとつを指さした。


「これ! ぼく、これがたべたい!」

「え? あぁ……。なんだこのメニュー」


 イラストを信じるなら、こんなもん食べようとしたら間違いなく即死なんだが。


「なあチック。他のにしないか? ほらこの、イラスト付きのオムライスとか……」

「やだ! これがいい!!」


 私はため息をついた。

 私はチメン・ターキース。息子のゴリ押しに抵抗できないことには少々自信がある。……まあいちおうちゃんとメニューに載っている商品なんだし、そんなに危険ってことはないだろう。


「わかったよ。じゃあチックはそれを頼みなさい」


 私はクッキーでも頼んでおこう。どうせ外食ではチックが食べ切れなかったものの残りを食べることになるのだ。もともと私の食は細い。自分の注文は軽めにしておくに限る。


 ……それにしても、本当になんなんだろう。この『バーニングオムライス』って。

 イラストでは炎に包まれたオムライスに見えるけど、まさか本当に燃えさかるオムライスが出てくるわけないし……。





「本当に燃えさかるオムライスだ!!」

「なにびっくりしてるの、パパ。イラストのとおりじゃん」


 いや、そうなんだが。そうなんだが!!


 いや、テーブルに到着する直前までは普通のオムライスだったんだよ。しかしホールにいたキツネ(たしかレイククレセントだったか)がベガパーク氏の合図でオムライスに炎を放ったのだ。


「チック、離れてなさい。いくらなんでもこれは……」

「ご安心ください、チメンさん。その炎は幻ですから」

「え……ベガパークさん?」


 背後からの声に驚いて振り返る。楽しげに笑うベガパーク氏が、さっき炎を放ったキツネを抱きながら立っていた。


「『幻燈』はファイアフォックスが放つ幻の炎です。炎と同じように燃え広がりますが、実際には熱くもなんともないし、火傷の心配もないですよ。本来は身の危険を感じたときしか出せないんですが、うちの子は最近自分の意思で出せるようになりましてね」

「あ……そ、そうなんですか。……すごいな、君」

『きゃんっ! きゃんっ!!』

「しかし驚きました。ずいぶん思い切った料理ですね」

「ええ。ファイアフォックスのことをもっと知ってもらいたくて考えたメニューですよ。ぜひ炎が消えないうちにお召し上がりください」


 ベガパーク氏に促され、チックが歓声をあげてオムライスを口に運ぶ。

 ……なるほど。たしかに熱くはないようだ。熱くはないようだが、燃えさかるオムライスのかけらを口に運ぶ我が子という図式はちょっと心臓に悪いぞ。


「ふうん。フィート君も考えたね。このバーニングオムライス、以前からの目玉商品である動くイラスト付きオムライスと素体が同じだ。厨房に負担をかけない新商品ってわけだね」


 言いながらフードの男性が、自分の注文したオムライスを口に運ぶ。

 そのオムライスの上では、ケチャップで描かれた水棲馬ケルビーが動いてウインクしているのが見えた。……『液体操作』だろうか? あれはあれですごい技術だな。


「あの、すみませーん! ポッドに入ったミルクティーが、いつの間にかネコになってたんですけどー!」

「あ、またですか。すみません! すぐにお取り替えしますので!」


 他のお客さんから声をかけられて、ベガパーク氏はすぐに走り去っていった。

 ……ミルクティーがネコになった? そんなはずないだろうに。ここまで繁盛している店になると、ああいう理不尽なクレームを付ける手合いも出てくるのだろうか。


 そんなことを考えていると、


『きゃんっ!』


 突然、膝の上に柔らかい感触を感じた。


「わ。いーなー。チメンさん」

「あー、パパずるい!」

『きゃんっ!!』


 ファイアフォックスのレイククレセントが、私の膝の上に乗ってこちらを見上げていた。


 乗っかられている腿が熱い。

 炎の熱さではない。小動物の体温が、私の体に伝わっているのだ。


「…………」

『きゃんっ!』


 レイククレセントがこちらを見つめる。

 私はそんなレイククレセントに手を伸ばす。一瞬だけ動物への恐怖が心をかすめたが、すぐさま消え失せた。

 私の手がレイククレセントの背中に触れ、そしてその体を撫でる。


『きゃんっ! きゃんっ!!』

「おお……おおおおお……」


 こ……これは!!

 他人の記憶ではなく、いま! いま自分自身の手で、私はレイククレセントに触れている。

 わたしの手の動きに応じて、レイククレセントからの反応がダイレクトに伝わる。首のあたりを撫でると特に気持ちよさそうに目を細めて、これは、これは……!


「パパ、すっごいたのしそう。あとでぼくにもなでさせてね」

「……というか、ロナ。たしかあのファイアフォックス、人間が苦手なんじゃなかったか?」

「ああ、いちおう保護された直後はそうだったらしいですけど。でも今は問題ないみたいですね」

「ふむ。動物が苦手な人間も、触れ合いを通じて恐怖を克服しうる。その逆もまたしかり、ということかな」


 私以外の4人がまたなにか話していたが、もはや私には何も聞こえなかった。

 今はただ、この感触を自分自身の記憶として脳に焼き付けることに集中したかった。レイククレセント! かわいいぞレイククレセント!!

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