第16話 開店!!!!
「よぉ、ルル。休憩か?」
「あ~……。まあそんなとこですね……」
突然かけられた声に、中危険度生物管理班班長、ルルは顔を上げずに答えた。
少しかすれた聞き心地のよい低音。高危険度生物管理班班長、ハスター・ラウラルの声だった。
「ふん。たしか2時間前も同じようにそこで突っ伏してるのを見たぞ。暇そうだな」
「……お説教ですか……?」
「お前のやり方に口は出さないさ。なぜか知らないが、トップが常にだらけているわりに、お前の班はいつもそれなりに回っている」
「……あ~~~」
だらけきった姿勢を一切正さないまま、肯定とも否定とも取れないあいまいな音をルルは発した。
「ま~最近は特にウチがやることないんで。ぜんぶ偉大な王太子殿下がやってくれますから……」
「新局長のハルトール殿下か。たしかにあの人の働きぶりは凄いな。常に局全体に気を配り、一部の魔法生物については給餌も手ずから行っている。王太子としてすべきこともあるだろうに」
「意味わからんですよね~~……。なんでそんなに頑張るんだか……」
ルルの言葉にハスターは苦笑し、懐から毛煙草を取り出す。
ルルは顔を上げないまま、その音に反応して顔をしかめた。
「好きですね、毛煙草……」
「まあな。ストレス多き大人の世界を生きていくための必需品だ」
「ウチはその臭い、あんま好きじゃないんですけど……」
「そうか。それは失礼した」
言いながらハスターは毛煙草に火を付け、煙を吸い込む。机に突っ伏したまま、ルルは舌打ちした。
「そういえばその王太子殿下だが、昼過ぎから管理局を外す予定だと聞いたな。ルル、お前は何か知ってるか?」
「あ~~~……。そういえば、フィート君のカフェが新装開店するんで、そこを覗きに行くって言ってましたね……」
「……ふうん。やはりそうか」
「……?」
そのハスターの口調に違和感を覚えて、ルルは初めて顔を上げた。
目の前の男に視線をやる。
そこにあったのは、いつもと変わらないハスター・ラウラルの顔だった。年のわりに若々しく精悍で、ルルが苦手なエネルギーに満ちあふれた表情。
「…………」
「さてと。休憩中邪魔したな、ルル。俺はそろそろ失礼しよう」
「……や、別に」
「ああそうそう。ひとつプレゼントをやるよ」
そう言って笑ったハスターが、懐から1本の毛煙草を取り出して差し出す。
ルルは顔をしかめて首を横に振った。
「いりませんって……。言ったでしょ、臭いが嫌いなんですよ」
「そう言うな。こいつはどうしようもない状況の特効薬だぜ」
「特効薬……?」
「吸えばなんとなく気が紛れる」
「痛み止めは特効薬とは呼べないと思いますけど……」
だが、ハスターに手を引っ込める様子はない。
拒否しつづける方が面倒だと悟ったルルは、その1本の毛煙草を受け取った。ハスターが満足げに笑う。
「よし。いずれ毛煙草の良さを知ったお前と吸い交わす日を楽しみにしてるよ」
「……あ~~~~」
自分の趣味を人に押し付ける、おじさんのよくないところが出てるなぁ。
ルルはそんなことを考えながら、また肯定とも否定とも取れないあいまいな音を返答にした。
●
「うおおおおお! やっべえ!! やっべえ人だかりっすよ!!」
「おお……。すごい。すごいね、これは。開店前の行列だけで100人は下らない! あんまり王都でも見ないくらいの人の数だ」
店の前にできた行列を窓から見て、僕とフレッドは手を取り合って喜ぶ。
ある程度人が来てくれることは期待していたけれど、これはなかなか想像を上回る人数だな。
「はいはい。浮かれてる場合じゃないですよ、ふたりとも!」
ルイスがぱんぱんと手を叩き、浮かれる僕たちを制する。
「『desert & feed』のテーブルは10個、各テーブルに最大5人を想定しています。つまり収容人数は最大50人。50人を収容できるならあの行列もいずれなくなるでしょう。ですが実際には、我々が1度に50人を捌ききるのはかなり難しいと思います」
「まあね。なんせ僕らは3人しかいないわけだし」
「そうですね。ふつうこの規模のお店を回そうと思ったら、ホールに3人、厨房に3人、洗い場に1人。少なくとも7人くらいの人員は必要になります」
「うん」
僕はうなずく。本当はもうちょっと人数を増やしたかったんだけど、魔法生物に十分理解がある応募者はなかなか見付からなかったのだ。
「実際には1グループにつき1テーブルの割り当てで基本的に相席はなし、30から40人くらいの収容がせいぜいだと思います。そして、それでも人手は足りません」
ふたたび僕はうなずく。
実はこのあたりについては、すでに1度話し合っている。開店を間近にして、いま一度段取りの確認と言いうことらしい。
「まずホールの担当はフィートさん。これは動かせません。魔法生物の監視、『魔封棺』の管理、『液体操作』などの魔法を使ったフードメニューの演出。フィートさんにしかできないことが多すぎます」
「了解」
「で、私とフレッドが厨房に入ります。フードメニューについては今日までに練習してきましたし、ある程度は対応できると思います。正直、たった2人でどれだけの注文を捌けるかというのは未知数ですが……」
「そのへんはまあ、いろいろと工夫をしたからね。ふたりとも最初からすごく料理上手だったし、きっとなんとかなると信じてるよ」
「だといいんですけど。……で、洗い場。私は正直いまだに信じられないんですが。これもフィートさんの担当、ということでいいんですね?」
「うん。いいよ」
僕はうなずく。これもあらかじめ話し合っておいたことだ。
「食器を直接『洗浄魔法』で洗いつつ、『浮遊魔法』でそっちに送るよ。できあがった料理も決まった場所に置いといてくれたら、これも『浮遊魔法』で給仕できる」
「……いまさらフィートさんの実力を疑ったりはしませんけど。でも『浮遊魔法』なんてふつう、ただ物をふわふわ浮かせるってだけの魔法ですよ。その軌道を正確にコントロールするだけで離れ業なのに、それを複数、しかもほかの魔法と並行して使うなんて……」
「リハーサルでは上手く行っただろ。大丈夫。なぜかわからないけど、最近魔力の調子が異様に良いんだ」
奇しくも旧『desert & feed』が燃やされたあの日から、それまで以上に体に魔力がみなぎるのを僕は感じていた。一時的にとはいえ、あの魔力を抑えるペンダントが体から離れたことの影響だろうか。
ちなみにペンダントはルルさんによって回収されていたらしく、今も僕の首元にぶら下がっている。
「行列が出来るほど期待されているのは大変素晴らしいことですが、いつまでもお待たせしているわけにもいきません。ある程度スピーディな接客は必要です。配膳も皿洗いも、かなりの速度でやってもらう必要がありますよ」
「問題ないよ」
「……わかりました。とりあえずその段取りで行きましょう。でも本当に無理はしないでくださいね」
「もちろん」
僕はまたうなずく。
……うん。こういう細かい動きを事前に固めておいてくれるルイスはかなりありがたいな。僕だけだと正直、この規模のカフェでの従業員の配置なんて考えられなかった気がするし。
「あ。店長! それにデザートムーン先輩! そろそろ時間っすよ、スタンパイお願いするっす!」
フレッドの声に僕は時計を見やる。確かに、まもなく開店時間だ。
「もうそんな時間か。それじゃ行ってくるよ」
「はい。頑張ってください、フィートさん。……あとムーちゃんも!! がんばってね!! おうえんしてるよ!!」
『みゃ~~』
僕とデザートムーンが扉のそばに向かう。ルイスは逆に厨房に向かっていった。
「おおう……すごい人の数だ。……なんかちょっと思い出すなぁ。前の『desert & feed』のオープン日のこと」
『みゃ?』
忘れもしない。かつてデザートムーンと一緒に迎え入れたのは、身内3人だった。
それがいつのまにか100人以上の人の群れだ。大きくなったもんだなぁ、このカフェも。
扉のそばでしばし待機する。
……開店時間まであと1分。30秒。10秒。5.4.3.2.1……
ぱぁん! ぱぁん! ぱぁん!
僕が扉を開けると同時に、デザートムーンが放った20を越える火の魔力球が空中で弾ける。
色とりどりの紙吹雪が空を舞い。朝の空を彩った。
「うわあっ!? なんだ!?」
「おお~~! 今日の演出、気合い入ってるね!」
「デザートムーン様! デザートムーン様~~!!」
それぞれの反応を見せる行列のお客様方に、僕はにっこりと微笑んでお辞儀してみせる。
「――ようこそ、魔法生物カフェ『desert & feed』へ!!」
『みゃぅ!!』
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