第15話 SNSではネコがバズる

 ……ここはフィートたちが暮らすクラウゼル王国から遠く東方に離れた地の、とあるさびれた宿屋の一室。


「だからぁ、いい加減にしろっつってんでしょ!! いつまで『ツイスタ』やってんの!! まだこの土地の調査も全然終わってないでしょうが!!」

「はぁ……。まったく、相変わらずエルフのくせに短気な女ですね。我々の過酷な旅を思えば、ちょっとくらいの息抜きは必要でしょう」

「息抜きってレベルじゃないわ!! もう3日間もずーっと、1日中ネコのお腹に顔をうずめてる『記憶』ばっかり見てるでしょ!!」


 金色の髪と長い耳を持つ気品ある女性が、ベッドで毛布にくるまる5歳ほどの黒髪の幼女を怒鳴りつけている。

 一見すると、娘を叱りつける母親のようにも見える光景だ。……もっとも金髪の女は母親と言うには若すぎるし、幼女の方は娘にしては貫禄がありすぎるが。


「失礼な。ちゃんと他の『記憶』も見てますよ。水棲馬ケルビーのひやっとした背中を撫でる記憶とか、スライムキャットをもちもちこねる記憶とか……」

「全部似たようなもんでしょうが!!」

「まったく違います。シトロンも一度、体験してみるといいですよ。いくらあなたがザコ魔法使いでも、『記憶共有』くらいは使えるでしょう」


 会話しながらも、幼女はにやにやとした表情で空中を見つめている。『ツイスタ』によって、ネコ……デザートムーンに顔をうずめる記憶を体験している真っ最中なのだ。


 『ツイスタ』。この世界唯一のソーシャルネットワーキングサービス。

 空気中に存在する微量の魔力を媒体として張り巡らされた特殊な通信魔法の網によって、自分の『記憶』を世界中のツイスタユーザーと共有することができる。

 お気に入りのユーザーをフォローして繋がったり、好きな『記憶』を自分のフォロワーに共有したり。かつて閉じたコミュニティの中にしか存在しなかった人間関係を、世界規模にまで広げた革新的なサービスだ。

 ちなみにこの『ツイスタ』システムの維持のためには、国宝クラスの古代遺物アーティファクトが複数使われていると噂される。


「あのねぇ、馬鹿にしないでくれる? 記憶共有くらい使えるに決まってるでしょ。そこらへんの町娘にだって使える魔法じゃない!」

「おや、それは失礼。エルフのくせに私の十分の一以下の魔力しか持たないシトロンさんに、そんな高度な魔法が使えるとは思いませんでした」

「ぐ、この……。ていうかね、言っとくけど私もそのカフェ店員がアップロードしてる記憶はよく見てるわよ。私が言ってるのは、息抜きはやるべきことをやってからにしろって話で……」

「おい! お前ら、ちょっとうるさすぎるにゃんよ!!」


 突然部屋の扉が開け放たれ、ひとりの壮年の男が顔を出した。

 頭に付いた猫耳と両手にある肉球がちょっと異様ではあるが、髭面の似合うなかなかのナイスミドルだ。


「あ……ごめん。そんなにうるさかった?」

「隣の男部屋まで声が響いてたにゃん。デアポリカ、またシトロンを怒らせたのかにゃ?」

「……いや、わたし悪くないですよ。このあほエルフがひとの息抜きにいちいち口を出してくるもので……」

「あのにゃ、デアポリカ。シトロンが怒るのも無理はないにゃ。お前がサボっている間、シトロンはずっとお前の分まで調査を進めているんだにゃよ?」

「……う」

「もう4人で旅をするようになって長いんだから、そろそろ協調性を身に付けるべきころだにゃ。だいたいデアポリカ、いったい何にそんな熱中してるんだにゃ?」

「あ、ツイスタです。最近魔法生物カフェをオープンするってことで、そこの店員が宣伝のために記憶をアップロードしてるんですよ。たとえばネコに顔をうずめる記憶とか」

「ほう、どれどれにゃ……」


 数分後。そこには幼女同様、にやにやとした表情で空中を見つめる猫耳の壮年男性の姿があった。


「も~~!! ミイラ取りがミイラじゃん!! ガーグ、ちゃんとデアポリカのこと叱ってよ!!」

「落ち着くにゃ、シトロン。この記憶は良い。とても良いものだにゃ。我々の目的はいったん忘れて、しばらくこの記憶を追体験するだけの日々を送るんだにゃ」

「あ~~~も~~~!! このパーティ、まともなやつがいなすぎるんだって!! もう!!」


 シトロンと呼ばれた金髪の女性は部屋を飛び出し、隣の男部屋に駆け込む。

 部屋にはふたつのベッドが置かれており、その片方に金髪の男があおむけに横たわっていた。シトロンはその男に向かって叫ぶ。


「ねえちょっと、あのふたり私の言うこと全然聞いてくれないんだけど!! なんとかしてよ、!!」


 本を顔にかぶせて寝ていたらしい金髪の男は、面倒そうに頭を掻きながら体を起こした。


「ふああ……。おはようシトロン。どうしたんだよ。あのふたりがお前の言うことを聞かないなんて、別に今に始まったことじゃないだろ」

「今日は特に聞かないの!! ふたりともツイスタでネコ触る記憶に夢中なんだから!!」

「はは、なんだそれ。面白いじゃん。結局どの世界でも、SNSでバズるのはネコなんだな」


 笑う金髪の男……ルークに、シトロンはさらにヒートアップする。


「もう、真面目に聞いてよ! このままじゃ調査も全然予定通り終わらないでしょ!」

「んー……。まあ別にいいんじゃないか、それでも。別に急いでやらなきゃいけない理由もないんだし」

「ルークまでそんな適当なこと言って! もう、あのフィートってやつが魔法生物カフェなんて開くせいで、私の完璧なスケジューリングがめちゃくちゃじゃない……! たしかにあの記憶は良いけどさ……!」


 ぶつぶつとこぼすシトロンは、不意にルークの表情が変わったのに気付いた。

 いつもより少しだけ穏やかで、安らいだ笑顔。それなりに長い期間をルークと時間を共にしてきたシトロンにとっても、あまり見たことのない顔だった。


「へえ……。フィートが魔法生物カフェか」

「……ルーク?」

「ああいや、なんでもない。それよりシトロン、やっぱ気が変わった。ここでの調査はさっさと片付けることにしようぜ」

「え? いや、私は嬉しいけど。なんで急に?」

「とっとと調査を終わらせて、その魔法生物カフェにみんなで行くんだよ。お前らに紹介したい奴がいてな」


 そう言ってルークは、にかりと笑った。





「……えーと、ですね」

「うん」


 新店舗開店を翌日に控えて忙しく働いていた僕は、「報告しておくべきことがあります」と、やけに神妙な面持ちのルイスに呼び止められた。

 ……なんだろう、いったい。ちょっと不安になってくるな。


「ひとりめ」

「え。なに?」

「黙って聞いてください。ひとりめ。弓と魔法というふたつの分野においてエルフ族の頂点に君臨する若き天才、『弓聖』シトロン・リヴェルヤナ」

「…………」

「ふたりめ。かつて世界を滅ぼそうとした恐怖の象徴であり、いまはひとりの男のために生きる幼き少女。悠久の時を過ごす『災厄の魔女』デアポリカ」

「…………」

「さんにんめ。かつて世界最強の剣豪として名を馳せたものの、ネコが好きすぎて体をネコっぽく改造したところ肉球のせいで剣を握れなくなり、格闘家に転向した男。現在は『世界最強の格闘家』ガーグ・サスアラン」

「…………」

「そしてよにんめ。この3人をまとめるリーダー的存在であり、たったひとりで世界の魔物の9割以上を刈り尽くしたと言われる英雄。さらに発明家としても有名なツイスタの産みの親。『勇者』ルーク」

「…………」

「以上。世界的に有名なこの4人が、そろいもそろってツイスタで『desert & feed』の開店告知をフォロワーに拡散していました。……おかげさまでとんでもない大バズリですよ」

「…………」

「あ、すみません。もう喋っていいですよ」

「ありがとう。……えーと、つまり良いニュースってこと?」

「ものすごく良いニュースです!! 明日の開店セール、どのくらいの客足になるか予想も付かないくらいですよ!!」


 それはよかった。


「にしてもなんで、こんなとんでもないメンツがうちの宣伝なんか……」

「ああ。ルークとは友達だから、たぶんそのつながりじゃないかな」

「へー、なるほど。それなら納得……え?」


 なんにせよ、明日が楽しみだ。

 『desert & feed』、リニューアルオープン。うまくいくといいなぁ。

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