第14話 キリン命名会議

「キリンを飼うのは僕だ。命名の権利は僕にある」

「いやだから、キリン自身がフィートさんの名前を気に入ってないじゃないですか」

「ていうか俺らだって世話はするんすから、一緒に名前を考える権利くらいあるっすよ」

『にゃ~~~』


 ……多数決だ。くそ、仕方ないな。


「……わかったよ。じゃあそれぞれで案を出して、最後はキリン自身に決めてもらおう。みんなで名前を挙げていって、キリンがうなずいた名前が採用だ」

「いいですよ。まあ正直、ほかのすべてで負けてもネーミングセンスだけはフィートさんに負ける気がしませんけど」

「同感っす」

『にゃ~』


 うーむ。新参店員たちにさっそく舐められているぞ。これはよくない。

 ここはひとつ、店長としての威厳とネーミングセンスをしっかり示してやる必要がありそうだ。


「よし、じゃあさっそくキリンに聞いてみよう。さっきは何かの間違いで拒否されたけど、やっぱり僕の考えた『ダークネスルナリング』がいいんじゃないかな?」

『―――――――(ぶんぶん)』


 僕らの中心に鎮座するキリンが、とても大きく首を横に振った。

 なんでだ。かっこいいじゃん、ダークネスルナリング。


 ……こうして。

 僕の名付けをなぜか拒否したキリンへの命名会議が幕を開けたのだった。





「こういうのは単純なのでいいんすよ。キリンから取って『リン』でどうっすか?」

『―――――(ぶんぶん)』

「んー。食べ物から取ったりするのは無難ですよね。首の周りのたてがみから『ドーナツ』とか」

『―――――(ぶんぶん)』

「金のたてがみを太陽、黒い体毛を影に見立てて、太陽のそばにあってもなお暗い影という意味で『オールウェイズシャドウ』というのはどうかな」

『――――――(ぶんぶんぶんぶん)』


 唐突に始まった命名会議は、なかなかの難航っぷりを見せていた。 

 まあ僕以外の2人もちゃんと拒否されているのは救いだ。これでどっちかの案があっさり採用でもされたら、ちょっと立ち直れないところだった。


「ダメかー。……にしても本当に賢いですね、この子。ちゃんと意思疎通ができてる。どんだけ知能高いんですか、キリンって」

「さすがに人間の言語が理解できてるわけじゃないだろうけどね。ジェスチャーや言葉の強弱から、こっちが伝えたいことをある程度読み取ってるって感じじゃないかな」

『にゃ~~~』

『―――――(こくこく)』

「わ、うなずいた。フィートさんの言ってることを肯定してるんすかね」


 ふむ。本当に会話を理解しているとしか思えないタイミングだなぁ。

 ……実際、僕だってキリンの脳内を直接見たわけじゃないんだ。この子が今の状況をどのくらい理解しているのか、はっきり断言はできないんだよな。


「しかしまぁ、デロォンはずいぶんキリンに懐いたっすね。さっきからずっとたてがみのとこにぶらさがってますよ」

「うん。キリンの方もまんざらではなさそうな感じだよね。さっきも自分からデロォンを連れて行ってたし」


 ふたりの言う通り、キリンとデロォンはずっと一緒にいる。

 たぶんデロォンの方は、もしゃもしゃしたたてがみの感触が気に入ってるんだろうけど。キリンの側もそれをまったく嫌がらないどころか、むしろ積極的にデロォンと一緒にいたがっている節がある。


「……もしかしたら、デロォンに愛着みたいなものを感じてたりするのかもね。ほら、いちおう蠅の女王ベルゼマムからキリンを救ったのはデロォンなわけだし」

『にゃ! にゃ! にゃ!』

『―――――(こくこく)』


 うなずいている。

 いちおう僕もキリンを救った人間ではあるけど、ちょっと乱暴な魔法を使ったことも確かだからなぁ。たぶん僕に対しては、愛情よりも『畏敬』とか『恐怖』とかに近い感情を持っているんだろう。

 うーむ。案外、蠅の女王ベルゼマムの後遺症らしき無気力状態からキリンを救うのは、デロォンだったりするんだろうか。

 アニマルセラピーってやつだ。アニマルがアニマルセラピーっていうのも妙な話だけど。


「……って、ちょっと脱線しちゃったね。いまはキリンの名前を決めないと」

「あ、そうでした」

『にゃあ~~~』

『―――――(こくこく)』

「でも正直、ネタ切れっすよ。キリンさん、なかなか首を縦に振ってくれないんすもん」

「いや、うなずいてはいるでしょ。名付けに対してはうなずいてくれてないだけで」

「それじゃ意味ないじゃないっすか……」

『にゃあん!』

『―――――(こくこく)』


 ……ん?

 あれ? なんかいまちょっとおかしくなかった?


「ねえフィートさん、いっそ名前募集とかしてみます? ツイスタとか使えば、けっこう広くから案を募れると……」

「しっ。ルイス、フレッド。ちょっとしばらく黙ってみてほしい」

「え? は、はい……」


 ……たしかに僕は言った。『みんなで名前を挙げていって、キリンがうなずいた名前が採用だ』と。僕の推測が正しければ、きっとキリンはずっと挙げられた名前にうなずいていたんだ。


 僕の制止によって、人間たち3人は黙り込む。

 無音の時間が数秒間流れたあと……


『にゃ~~~~』

『―――――(こくこく)』


 やっぱり……。


「え? え? どういうことっすか? 俺たちは会話してないのに、キリンがうなずいたっすよ」

「いやだから、そういうことだよ。キリンは僕たちの会話に対してうなずいてたわけじゃない。に、ずっとうなずいていただけだったんだ」

「え……あ、たしかに! 言われてみればずっと、デロォンが鳴いた直後にうなずいてた気がする!!」

『にゃあ! にゃあ!』

『―――――(こくこく)』


 いやもちろん、デロォンの側に名前を決めようなんて意思はなかったんだろうけど。でもどうやら、キリンはデロォンの鳴き声を名前として気に入ってしまったらしい。


 こうして。

 厳正なる会議の結果、キリンの名前は『ニャア』に決定したのだった。


 ……うん。結局まあ、名前なんてのは『誰が付けるか』ってことが一番大事なのかもしれないな。きっとキリンは、自分を救ってくれたデロォンに名前を付けてほしかったんだろう。

 いや、大丈夫。別に自分のネーミングがネコに負けたからって、落ち込んだりしてないよ。本当だよ。

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