第13話 ルイスちゃんの職場案内
まだ早朝なのに、大通りにはそれなりに人の姿が見える。さすがに市場が近いだけのことはありますな。
そしてそんな行き交う人の目も気にせず、私……ルイスは鼻歌交じりでスキップしながら新しい職場へと向かっていた。
「ふんふふ~ん。今日から~。ムーちゃんが職場に来るぜ~」
新『desert & feed』のオープンまではまだ数日あるんだけれども、環境に慣れるために、今日からムーちゃんことデザートムーンたちは新店舗で暮らすらしい。
つまり今日から私はムーちゃんと一緒に働けるということだ。そりゃあスキップくらい出てしまうのはしかたないってもんよ。
そもそも『desert & feed』で働けるって時点で幸せの極みだけどね。そこそこ距離のある職場までの道のりもまったく苦痛に感じない。
あ、ちなみに新しい家が見付かるまでの間、私は冒険者ギルドで生活させてもらっている(もう厳密にはギルド職員ではない私を住まわせてくれるギルドには本当に感謝しかない)。
さてさて、そうこうしているうちに到着だ。新『desert & feed』店舗。あらためて見てもでっけえなあ。
以前までのこぢんまりした店舗を思い出してちょっとした感慨深さを感じながら、私はお店の扉を開く。
「おはようございま~~……うわっ」
『くぁ~~っ♪ くぁ~~~~っ♪』
「おはようルイス。今日も開店準備の続きをお願いするよ」
「あ、はい。それはいいんですけど……。重くないんですか?」
「重い」
「でしょうね……」
『くあぁ~~~~っ♪』
フィートさんの上にのしかかったまま、グリフォンは嬉しそうにいなないた。
……そうだった。昨日からここで暮らす魔法生物はムーちゃんたちだけじゃないんだ。
フレッドのとこの3匹(
「いつからそうしてるんです?」
「1時間くらい前かな。昨晩運ばれてきたときは眠らされてたんだけど、今朝起きてからはずっとこの調子だよ」
「それはまた……お疲れさまです」
グリフォン……たしか名前はサニーだったかな。この子はもともと魔法生物管理局にいて、管理局職員時代のフィートさんと特に仲がよかったらしい。
フィートさん以外の職員に懐かなすぎて持て余していたところ、キリンをフィートさんに譲渡するという話が持ち上がったので、それならこの子もということで一緒に付いてきたとか。うん、実際見てみるとたしかにものすごく懐いている。
「僕はしばらく動けそうにないから、とりあえずルイスも1度カフェを一周してきなよ。ほぼ初対面の魔法生物もいるだろうし、顔を合わせておいた方がいい」
「わかりました!」
このカフェにいるのは、これから一緒に働く魔法生物たち……いわば同僚だ。
よし、そんじゃまあ、挨拶回りと行きましょうか!
●
『くぉ~~~ん』
『SHHHH...』
「あ、ルイス。おはようございますっす」
店舗のすみっこ、やたらじめじめとした一角に彼らはいた。
「おはよ、フレッド。……あらためて見るとやっぱ威圧感すごいね、この子」
『SHHHHHH.....』
「そうっすか? 目とかくりくりしてた、よく見るとすげーかわいいっすよ」
そうかなぁ……? たしかによく見るとつぶらな目はしてるけど、そもそも巨大なヘビって時点でかわいくは見えない。慣れてくればそう見えるんだろうか。
「にしても、この区域は良いっすね。湿地帯の環境が再現されてて、ルビーもノムもめちゃくちゃリラックスできてるっす」
「ああ。もともとこういうとこに生息してるんだっけ、この子たち」
「そっすね。北方の湿地帯から運んできたっす。……俺と親方が、金のために」
ふっ、とフレッドの表情に影が差した。
どうやら、この子たちを故郷から連れ出してきたことへの後悔があるらしい。……基本なんも考えてなさそうなくせに、案外そういうことは気にするなぁ、こいつ。
「最初は俺もほんと、こいつらのこと金儲けの道具としか思ってなかったんすけど。一緒に暮らしていくうちに愛着が湧いてきて」
『くぉ~~~ん……』
うなだれるフレッドの頬を、ルビーが心配そうに舐める。
「ルビーたちと仲良くなれたのは嬉しいんすけど。でも仲良くなればなるほど、こいつらの平和な暮らしを俺たちがぶち壊したんだなぁって……」
「まあ、そうだね。ぶち壊しはしたと思うよ」
「っすよね……」
さらに肩を落とすフレッドに、私はため息をつく。
「でもさ。どんだけ後悔したって、過去は変えられないでしょ。いまさらこいつらを故郷に帰すわけにもいかないし」
「そう、っすね……」
「だからさ、フレッドは今のこいつらを思いっきり幸せにしてあげればいいよ。故郷にいたときより幸せに生きたって断言できるくらいにさ。それがたぶん、一番の罪滅ぼしなんじゃない?」
「……!!」
フレッドが顔を上げる。
「そう……っすね。そうっすね! 今の俺にできるのは、それだけっすもんね!」
『くぉ~~ん!』
『SHHHH.....』
「バカは立ち直りも早いなぁ。でもまあ、そういうことだよ」
やれやれだ。とりあえず気は持ち直してくれたらしい。
いろいろと思うところはあるんだろうけど、とりあえず隣のいじらしい
「……てかさ。気になってたんだけど、この箱はなに?」
「あ、今朝届いてた食器が入った箱です。運ぼうと思ってたんすけど、途中でこいつらの世話に気を取られちゃって……」
「ああ……。いいよ、私が運んでおくから。フレッドはもうちょっとルビーとノムのお世話をしてなよ」
「了解っす! ありがとうございますっす!!」
食器の入った箱を持ち上げる。軽量化の魔法がかかっているので、重さはまったくない……はずなんだけど、なんかちょっとだけ重いな。なんでだ? 運べないほどの重さじゃないから、別にいいんだけどさ。
さて。残りの魔法生物たちにあいさつする前に、まずはこのちょっとした仕事を片付けてしまおう。
●
ちょっとした仕事を片付けてしまう、はずだったんだけど。
食器の入った箱を運んでいる最中で、思いがけない再会が私に訪れた。
『――――――』
「あ、どうもキリンさん。へへ、お久しぶりですね」
『――――――』
「前にあったときとだいぶ雰囲気変わりましたね。ちょっとかっこよくなったというか……。今の方が好きですよ、私。へへっ」
『――――――』
こ…………
こわいっ!!!!
いや、理性でわかってるんだ。前にこの子が私を執拗に追跡してぶち殺そうとしてきたのは、
でも怖いもんは怖いんだって。この子を目の前にすると、巨大な氷塊で押し潰されそうになった記憶が蘇るんだって!!
『――――――』
「あわわわわっ!! ち、近付いてきてる! か、かっこよくなったは失礼でしたかね! たしか女性でしたもんね!? いやその美人になったというか! きりっとしたっていうか! キリンだけに! へへっ!!」
『――――――』
「いやっ違う。違うんです。本当に違うんです。なにが違うかわからないけど違うんです。すみません殺さないでください」
『――――――』
こわい!! こわいよ!!
鳴き声を発することもなく、キリンはただ淡々と距離を詰めてくる。
意図がわからないのが一番こわい!! 私、もしかしたら食べられるのかな。そんなにおいしくないと思うんだけどな。
私がおびえて動けないうちに、キリンは私の目の前にまでたどり着いていた。
そしてキリンは首をもたげ、
『――――――』
「……え?」
私が持っていた箱の中に首を突っ込み、その中にあったティーポットのふたを外した。
『にゃぁ?』
「え。ええとたしか、きみはデロォン君?」
『にゃ~~~~!!』
『――――――』
ティーポットの中にはスライムキャット……デロォンが入っていた。
……あ、ちょっと重かったのはこの子のせいか。この子には軽量化魔法、かかってないもんな。
あっけに取られる私をよそに、キリンはデロォンをくわえてつまみあげ、自分の頭の上にぽいと放る。
『にゃぁ!?』
「うわっ!? あぶな……くはないのか。ネコだし。あと液体だし」
『――――――』
デロォンはキリンの背中の上にしゅたっと着地し(ちゃんとネコっぽく足から着地していた)、それを確認したキリンは私から離れていった。
その表情はどこか満足げだった。気がする。
「……え? なに? ほんとになに?」
『にゃ~~~』
キリンの背中の上のデロォンはもぞもぞ移動し、たてがみの中に潜り込んだ。
なんだかわからないけど。とりあえず、食べられずにはすんだらしい。
うむ。まあ、だったらいいか。
気を取り直した私は、完全に重さのなくなった箱を持ち直し、食器棚の方に向かうことにする。
……しかしなんだ、ちょっと不安になってきたな。
同僚はなんか情緒不安定だし、キリンはちょっと怖いし。夢にまで見た『desert & feed』。私はこれから、ここで上手くやっていけるんだろうか……。
●
『みゃ~~~~~』
「神職場!!!! 神職場!!!!」
ムーちゃんのお腹の感触と匂いが私を包み込む。
現実世界は消え、やわらかくてふわふわした世界に私はいる。これが宇宙であり、真理であり。唯一だ。
『みゅ……』
『きゃんっ! きゃんっ!』
「神職場!!!! 神職場!!!!」
「……うわぁ」
「ルイスさんって普段は常識人風っすけど、実は一番ヤバい人っすよね」
「そうだね」
「神職場!!!! 神職場!!!!」
ムーちゃん世界に神にいない。そこにいるのはネコだけだ。
ネコに祈れ。ネコと和解せよ。
すべての答えはネコにしかないのだ。ああにゃんこにゃんこ。
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