第12話 これが国家勲章の権威と力だ

 店舗の備品配置が思ったより早く終わったのでテントに戻ってきてみたら、なぜか人だかりができていた。


「レイククレセントはまだ大勢が大声で喋ってるのに慣れてないので、あんまりうるさくしないでいただけるとありがたいんですが……」


 そうお願いする僕の前に、ひとりの男性がずいと進み出てきた。

 ……なんかこう、すごく怒っているように見えるのは気のせいだろうか。


「ひとつ、お聞きしたいのですが!」

「はい」

「あなたが……あなたが、ねこまるとねこじろうの飼い主で間違いないでしょうか!」

「違いますけど……」


 え、なんの話?


「……あ、違うんですか」

「違いますね」

「そ……そうですか。ではええと、この近くのテントにお住まいの方で?」

「はい」

「な、なるほど。うるさくして申し訳ないです。もう少し声のボリュームを落としますね」

「いえいえ。分かっていただければ大丈夫です」


 なんだ。案外物分かりの良い人で助かった。

 ぺこりと通り過ぎようとした通り過ぎようとした僕だったけれども、その男の人が首を傾げてこちらをじっと見つめていることに気付いて足を止める。


「あの、どうかしましたか?」

「ああいえ。妙な話なんですがね。あなたの顔、最近どこかでお見かけしたような……」

「え?」

「あ、ああいやすみません。しかしごく最近、間違いなく……」

「あれ、チメンさんもですか? 実は僕も見覚えのある顔だなぁと……」

「そう言われてみれば確かに。あれは、ええと……」


 そして10人ほどの集団はいっせいに顔を見合わせ、


「「「「「「フィート・ベガパーク氏!!」」」」」」


 ……ああ、自警団の広報誌かな。

 映写魔法で顔を掲載したいというので、撮ってもらった記憶がある。きっとこの人たちはそれを見たんだんだろう。

 それにしても、うーむ。僕もなかなか有名人になったものだなぁ。


「し、信じられない! ベガパーク氏がこの近くに住んでいたなんて!」

「なんて幸運だ! さ、チメンさん!」

「ああ。……ベガパーク氏! あなたの魔法生物についての知識とその高潔な人柄を見込んで、ぜひお願いしたいことがあるのです!!」

「え?」

「おそらくあなたはまだご存知ないのでしょう。この避難所で飼育されている2匹のエルフキャット、ねこまるとねこじろうを!!」

「……え」


 …………な。


「なんですって!!!!」

「驚かれるのも無理はありません。きわめて異常な事態ですから」


 本当に異常事態だ。まさか、僕以外にも避難所でエルフキャットを飼っている人がいたなんて!!

 ねこまるとねこじろうか。ネーミングセンスはちょっとどうかと思うけど、それでも貴重な同志には違いない。

 どうしよう……すごく会いたい。会ってエルフキャットの魅力を語り合いたい!!


「そ……その人は今、どこにいるんですか!!」

「おお、さすがに食いつき方が違いますね。さすがです。……しかし残念ながら、今その人物は家を空けているようでして」

「ああ……そうなんですか。それは残念です」

「そしてそのねこまるとねこじろうですが、かなり管理がずさんなようでしてな。うちの息子も怪我をさせられかけたくらいなのですよ」

「そうなんですか? それはよくないですね……」


 いや、本当にそれはよくない。ふつうエルフキャットは無闇に人を攻撃したりしないはずだけど……。もしかしたら、キリンのようになにかの理由で凶暴化しているのかもしれない。


 うん。これはますます、その飼い主という人に1度会ってみなきゃいけないな。

 いろいろと教えてくれる目の前の親切な紳士(たしかチメンさんだったか)に、僕はさらに勢い込んで尋ねる。


「もしよければ、その人のテントがどこにあるか教えてくれませんか? 1度会ってその人とエルフキャットの状況を確認してみたいんです。もし問題ないようでしたらデザートムーンやナイトライトも連れて行って、ねこまるとねこじろうに会わせてあげたいですし」


 僕の言葉に、チメンさんはうなずく。


「ええ、もちろん。その人のテントはすぐそこの……。ええと、すみません。デザートムーンとナイトライトというのは?」

「そこにいる僕のエルフキャットですけど」

「え?」

「え?」


 ……ん? なんだ? なんでこんな困惑されるんだ?

 エルフキャットの話を教えてくれるくらいだから、てっきり僕がエルフキャットを飼っていることも知ってるのかと思ったんだけど……。


「あ……ん? ええと、そこにいる2匹のエルフキャットの名前、が……」

「デザートムーンとナイトライトです」

「ね、ねこまるとねこじろう、では……」

「ないですね」

「あ~~~……」


 チメンさんは、まるでなにかとても衝撃的な事実を突然知らされたかのような表情で、ゆっくりと何度かうなずいた。


「どうかしましたか?」

「ああ……。いや、その。素敵な名前だと思いまして」

「わかっていただけますか!!」


 な……なんて良い人なんだ! エルフキャットについて貴重な情報を提供してくれるだけではなく、僕のネーミングセンスを認めてくれるなんて!

 初対面ながら、僕はこのチメンさんという紳士のことをかなり好きになっていた。きっと生き物を愛する心を持った、純朴で心優しい人物に違いない。


「え……ええとですね。ベガパーク氏にひとつお聞きしたいのですが」

「はい」

「そのですね。エルフキャットというのは、一般的に凶暴な魔法生物だと言われていると思うんです。そういった生物を避難所で飼育するということを問題視する人もいると思いますが、そのあたりについてはどうお考えで……?」

「ああ……。少し前まで王都ではエルフキャットはとても恐れられていましたから、そういうふうに思われる方も多いですよね。でも大丈夫なんです。エルフキャットは自分から相手を攻撃するような生き物じゃありませんし、特にデザートムーンとナイトライトはとてもよく人に慣れていますから」

「お、おお……。なるほど。国家勲章を授与されたあなたほどの人物がそう言うなら、そうなんでしょうな。うむ」


 チメンさんがこくこくとうなずく。

 エルフキャットに向けられる偏見の目についてまで心配してくれるなんて、本当に良い人だ。大変なことも多い避難所生活だけど、こういう人と知り合えるのは嬉しいなぁ。

 ……あ、そうだ。良いことを思い付いた。


「あの、チメンさん。実は僕、もうすぐ魔法生物カフェを新しくオープンするんですよ」

「ま……魔法生物カフェ、ですか? それはいったい……」

「多種多様な魔法生物たちに囲まれて、時には触れ合いながらティータイムを楽しむ。そういうコンセプトのカフェです」


 ひっ……とチメンさんが息を呑んだ。どうやらかなり強く関心を持ってくれたらしい。

 僕は懐から紙を何枚か取り出して縮小魔法を解除する。新店舗の住所と開店日が記載されたものだ。

 チメンさんとそのうしろにいる10人ほどの人たちに、そのチラシを配っていく。みなどこかこわばった笑顔で受け取ってくれた。


「開店から10日間は半額セールです。きっと楽しんでいただけるはずですので、ぜひご来店ください!」

「……あ~~、いやその。私も実はその、最近仕事が忙しくて……」

「パパ! ぼくこれ行きたい!! ほら、この日ならおしごと休みじゃん!!」

「こ……こら、チック! いまは大人の話をしてるんだ。入ってくるんじゃない!」

「え~~……。でも行きたいよ。だってほら、ここに行けばねこまるとねこじろうにも会えるんでしょ?」


 ん?


「いや、ごめんねチック君。ねこまるとねこじろうはここにはいないよ。その2匹は僕の飼い猫じゃないからね」

「え~? ちがうよ。だってねこまるとねこじろうっていうのはそこの……」

「チック!! お店には連れて行ってあげるから!! 本当にちょっと黙っていなさい!!」

「ほんと? わ~~い」


 ……?

 なんだかよくわからないけど、とにかく来てくれるらしい。

 嬉しいなぁ。きっとチメンさんもチック君も、うちの魔法生物たちを好きになってくれるはずだ。


「……さ、さてと。それじゃあ我々はこれで失礼するとしましょうか」

「そ、そうですねチメンさん。行きましょう行きましょう」

「あ……ギルド職員のあなたも一緒に来てください。あなたにはいろいろと言っておかなきゃいけないことがある」

「あ、はい。……いやその、すみません。たしかに僕は最初から状況を理解していた唯一の人間なんですが、ちょっと成り行きを見守ってるうちにだいぶ話が込み入ってきて、割り込むタイミングを逃したというか……」

「……あのう」


 僕が声をかけると、なにやら引き上げようとしているチメンさんたち一行の動きがぴたりと止まった。


「な、なんでしょうか」

「結局ねこまるとねこじろうの飼い主のテントはどこにあるんでしょうか? またぜひ会いに行きたいんですが……」

「……フィートさん。それについてはですね」

「はい」

「個人情報なので教えられません。では!」

「え……」


 結局チメンさんたちは風のように去って行った。ねこまるとねこじろうの住所を知ることは残念ながらできなかったわけだ。

 うーん。色んな意味で1度会っておきたかったんだけどなぁ。まあ個人情報なら仕方ないか……。


『みゃ~~……』

『みゅ~~……』


 デザートムーンとナイトライトが顔を見合わせ、まるで愚かな人間たちに呆れているかのような鳴き声を交わした。

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