第10話 人間の従業員も増員しておこう
新しいカフェの場所が決まったとき、たしかルイスはこう言っていた。
『……でもあそこ、ギルドからちょっと遠いんだよなぁ。ぐぬ……。交通費……』
なるほどたしかに、とあのとき僕は思った。新しいカフェは冒険者ギルドからは離れた場所になってしまう。ルイスがカフェに来る頻度は下がることになるだろう、と。
新しいカフェにルビーちゃんたちを迎えると決まったとき、たしかフレッドはこう言っていた。
『だからあいつらのこと、可愛がってやってほしいっす! 俺たちも商人としてめちゃくちゃ儲けて、毎日ルビーに会いにカフェに行くっすよ!!』
彼の心意気に僕は感動した。そして近い将来、彼とは毎日顔を合わせることになるだろうと予想した。
結局のところ、未来は予想不可能だ。それにもし結果が予想通りになったとしても、その過程が予想とまったく違うものになっていることもある。
そんなことを痛感しながら、僕は目の前の2人に笑顔を投げかけた。
「……というわけで、ここが新しい『desert & feed』予定地だ。これから2人の職場になる場所だよ」
「話は聞いてましたけど、本当に良い場所ですね。私、今日からここで働くんだ……!」
「この環境ならルビーも過ごしやすそうっすね。植物の維持管理はどういう仕組みなんすか?」
……本当に、予想外だ。まさか『desert & feed』の従業員募集面接に、この2人が応募してくるとは。
●
新しい店舗は以前よりはるかに広く、魔法生物たちの数も倍以上に増えることになった。
それ自体は喜ばしいことだ。でもそれは同時に、僕ひとりで店を回すことに限界が来たことを示してもいた。
というわけで、僕は魔法生物カフェの新しい従業員を募集することにした。
幸いにして、募集に応じて面接に申し込んでくれた人は少なくなかった。『魔法生物カフェの従業員』という単語を魅力的だと感じてくれる人が、どうやらけっこうな数いたらしい。
そんな中でも、明らかに優秀な人材が2人いた。
「私は冒険者ギルドでずっと受付嬢の仕事をしてきました。接客業には自信があります」
「ルイス? いちおう今日は平日だったはずだけど、ギルドの仕事はどうしたの?」
「さらにエルフキャットの生態についてはかなり詳しく勉強しています。ムーちゃ……デザートムーンをはじめとしたエルフキャットに不測の事態があったときにも、すぐに対応できると思います」
「というかうちの店員になったら、冒険者ギルドの方はやめちゃうの? たしかいまギルドに住んでたと思うけど、住むところも新しく借りるってこと?」
「またフォロワー数の多いツイスタアカウントも保有しており、広報担当としてもお役に立てます。自身の経験を生かして、より多くの人を魔法生物の沼に引きずり込むことを目指します」
ひとりはルイス。金髪碧眼の冒険者ギルドの受付嬢。
そもそも『desert & feed』常連だった彼女は、新店舗の従業員として最適ではあった。それはそれとしてこちらの問いかけを無視してまっすぐな目で自分を売り込み続けるルイスは、ちょっと怖かったけど。
「え~、というわけで。これだけ規模の大きな店舗を経営するとなると、収支の管理もなかなか大変だと思うんすよ。俺なら帳簿の付け方も知ってるし、業者との交渉もある程度任せてもらって大丈夫です」
「……まあ、それは助かるんですが。でもピーター商会の方はいいんですか? ふたりで再建するって言ってませんでしたっけ?」
「『こっちのことは気にすんな。商人としての成功なんてしょせん手段にすぎねえ。お前が手に入れたいものを手に入れるのに、より効率の良い方法があるならそっちを選べ。それが商人の正しいあり方だ』とのことです!」
「そ、そうですか……。商人の世界のことはよくわかりませんが、そういうものなんですね」
「あ。あともし採用になるなら、敬語はなしにしてほしいっす! いち従業員に店長が敬語なんて、しめしが付かないっすから!」
もうひとりはフレッドさん……じゃなかった。フレッド・ムスタ。茶色がかった髪とそばかすの残る顔が印象的な、若き商人だ。
経理部門をある程度任せられる能力を持った人材、というのはかなり貴重だ。人柄が明るいから接客にも向いてそうだし、もともとルビーちゃんと仲が良いというのもポイントが高い。
もともと知り合いだったということを抜きにしても、この2人の能力は他の応募者と比べて抜きん出ていた。
そういうわけで。僕を除いて『desert & feed』初の従業員は、ルイスとフレッドに決まったのだった。
●
「さあ、それで! 私たちの初仕事ですよね! 営業開始はまだ先だと思いますけど、今日は何をするんです? ムーちゃんのブラッシングとかですか?」
「いや、今日は内装を整えたい。設置する備品をまとめて注文してあるから、今日はこの配置を手伝ってもらいたいんだ」
「……あ~~~……。なるほど」
「なに露骨にテンション下がってんすか、ルイスさん」
ちなみにデザートムーンたちはまだここに連れてきていない。ギルドの仮設住宅からそれなりに離れたこの場所と往復させて、意味もなくストレスをかけたくないからだ。
「一口にカフェ従業員って言っても、華やかな仕事ばっかりじゃないっすよ。こういう地道な業務あってこそ、お客様を満足させられる環境を作れるんじゃないっすか?」
「わかってますって。ちょっと言ってみただけです。……いちおう言っときますけど、私もう3年くらい冒険者ギルドで働いてますからね。世間知らずの女の子みたいに扱わないでほしいです」
「あ、それは申し訳ないっす。……まあでも、俺はもう5年くらい商人として働いてるっすけど」
「ふ~~ん。まあでも、私は冒険者としてやってた時期もありますからね。その期間を含めると私も5年くらい……実質6年くらいは自分で働いてお金を稼いでたことになりますし……」
「俺だって、商人見習いとしてピーターさんのとこに転がり込んだのは11の頃っすからね。その期間も含めるなら、もう7年は社会人経験あるっす」
そして2人の従業員の間では、謎のマウント合戦が始まっていた。
……う~む。そういえばルイスにしろフレッドにしろ、年上に囲まれているところしか見たことなかったな。
同年代の人間と絡むとこんな感じになるんだ。なかなか新鮮だ。
「へ~~~。あ、でもよく考えると私は3歳の時からギルドのお手伝いしてましたから、そう考えると16年間は働いてたってことになりますけどね?」
「いやいやいや。子供のお手伝いを含めるのはずるくないっすか?」
「あ。てか11たす7で……えーと、フレッドさんはいま18歳ってこと?」
「……まあ、そうですけど」
「はい~~~私の方が年上~~~。こっちは19歳です。私の勝ちみたいですね、フレッドさん」
「ぐぬ……。どうやらそのようっすね……」
判定基準が謎だが、どうも勝敗が決したらしい。
よかった。このまま言い争いが終わらなかったらどうしようかと思った。
「うん。とりあえず、机を運び込むのを手伝ってもらえるかな?」
「「はーい」」
……大丈夫かなぁ、このふたり。
などという不安は、異常な手際でてきぱきと備品を設置するルイスと、備品を持ってきた運送業者といつの間にか仲良くなって連絡先を交換していたフレッドによって、幸いにしてすぐに払拭されたわけだけれども。
うん、よかった。『desert & feed』の未来は明るい。
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