第9話 さらに従業員を増員しておこう

『くぁ~~っ♪ くぁ~~~~っ♪』

「……驚いたな。あの誰にも心を開かないグリフォンが、君にはずいぶん懐いているみたいだ」


 背後から聞こえた王太子殿下の声に、僕はグリフォンを撫でる手を止めて振り返った。


「誰も寄せ付けない、ですか? サニーはグリフォンの中でも一番人なつっこい子ですよ」

「いやいや。その子はいくら隣で日向ぼっこしても仲良くなれない、気難しい子として管理局じゃ有名だよ。僕もここに着任して日は浅いけど、そんなリラックスしたところは初めて見たな」


 ピーター商会から3匹の魔法生物を買い取ると決まったその日、僕はハルトール王子に呼び出されて古巣……魔法生物管理局に来ていた。

 良くない思い出も多い場所だけれど、訪れてみると懐かしい再会も多いものだ。そんなわけで王子の到着が遅れている間、僕は許可をもらって魔法生物たちとの旧交を温めていたのだった。


「ま、そんな話はともかくだ。さっそく本題に入らせてもらうよ。場所を移そう。……悪いね、サニー。フィート君は借りていくよ」

『くう゛ぁあぁ…………』

「うわ、ほんとだ。王太子殿下にはすっごい威嚇してますね……。とりあえずお別れだ。またな、サニー」

『くぁ~~~っ♪』


 グリフォンのサニーに別れを告げ、僕と王太子殿下は別の収容室に向かった。

 そこに収容されている魔法生物は……うん、やっぱりこの子か。


『―――――――――』

「キリン、ですか」

「うん。この子の対応には、管理局としてもどうも手を焼いていてね」


 黒毛の一角獣はこちらに背を向けて、何もない空間をぼんやりと見つめていた。

 僕たちが収容室に近付いても、それに反応する様子は見られない。


「どう思う?」

「無気力状態、でしょうか。蠅の女王ベルゼマムの狂気の霧を長期間継続して吸い込み続けていたみたいなので、脳に影響が出ている可能性がありますね」

「うん。僕たちも同じ見解だよ。しかもたちの悪いことに、人間への不信感もさらに高まっているみたいでね。餌をあげても食べようとしないんだ」

「……なるほど、それは心配ですね。キリンは飲食なしでも空気中の魔力を吸い込んである程度生きられますが、限度がありますから」


 ハルトール王子がうなずく。


「世論的にも扱いが難しくてね。キリンは王都を荒らし回った魔法生物ではあるんだけれど、蠅の女王ベルゼマムが悪者になっていることで、キリンに対して厳しい意見はさほど多くない。むしろ同情論が多いくらいなんだ」

「そうなんですか」

「この上、管理局でうまく飼育ができずに衰弱死なんてさせちゃったら……またバッシングの大きな材料になっちゃうだろうね」


 なるほど。

 理解はできる。ハルトール王子を新局長とする新たな体制でこれから国民の信頼を取り戻そうというときだ。それだけは避けたい事態だろう。


「と、いうわけで。我が魔法生物管理局としては、優秀な外部の専門家に協力を依頼することにしたわけだ」

「なるほど。……まあ、やってみますか」


 僕も蠅の女王ベルゼマムに脳を冒された魔法生物の世話なんてやったことないけど、まあキリンのためだ。やってみよう。


 ハルトール王子から果物を受け取った僕は、収容室に入る。

 キリンと同じ部屋に入ったわけだが、少なくとも僕に危険はないはずだ。キリンは通常人間を襲わないし、管理局収容後も職員を攻撃するようなことはなかったそうだ。


 心配すべきは、攻撃よりも無反応だ。僕が近付いてもキリンはまったく反応を見せなかった。

 ……ううむ、どうしたものか。外部の専門家、なんて言われても、こんな状況でどうすればいいかなんてまったく知識がないぞ。

 とりあえず一定の距離を保ったまま、キリンに呼びかけてみる。


「……お~い。ごはん、持ってきたよ~」


 あまり意味のない呼びかけ。存在感をアピールすることで、同じ部屋に人間がいるという状況になれてもらう。そのくらいの意図だった。


 が。


「え」


 思いがけず、キリンの反応は劇的だった。


 素早くこちらに向き直ったキリンは、四肢を畳んで体を低くした状態になってこちらに視線を向ける。


『―――――――』


 見たことのない行動パターンだ。威嚇……? いや違うな、敵意は感じない。

 どちらかというと、服従。僕に対してかしづいているように見える。


 試しに数歩歩み寄り、手に持った果物を差し出してみる。

 僕の手に口を近付け、キリンは果物にかじりつく。……食べた。


 そのまま数分かけて、キリンは小さな果物を平らげた。


「すごいな! 予想以上だ。いったいどんな魔法を使ったんだい?」


 収容室を出た僕に、ハルトール王子が興奮した様子で問いかける。

 だけどそれに対して僕は首を横に振った。


「ダメですね。今の方法じゃ、管理局での収容には使えません」

「え?」

「キリンはおそらく、僕の声と姿に反応したんです。……キリンを拘束するときにちょっと変わった魔法を使ったんですよ。相手を失神させる魔法なんですけど、意識を取り戻したあとも僕に服従心を抱かせる効果がありまして。たぶんそれが作用してるんでしょう」


 本当にずっと使っていなかった魔法だったから、そんな副次効果があることも忘れてたわけだけど。


「たぶん僕から餌をあげれば今後も食べてくれるでしょうけど、ずっとそうしているわけにもいきませんしね。何か他の方法を考えた方がいいと思います」

「……いや。それなら問題ないよ。実はちょっと考えていたことがあってね」

「え?」

「君のカフェで、キリンを引き取ってもらうというのはどうだろう?」


 ……そういえば、ルイスは言ってたな。管理局から来たのも、魔法生物を引き取ってほしいという内容の打診だと。


「キリンは見た目に惹きがあるし、人間を襲うような種族でもない。君のカフェにぴったりなんじゃないかな?」

「……ふたつ、懸念があります。人間に不信感を持っているキリンを、カフェという人間が多い環境に置くこと。仮にも王都を破壊したキリンをカフェに置くことに対して国民の反発がありうること」

「前者については、リハビリのようなものだと考えればいいさ。今後人間が管理する以上、キリンの人間不信は解消しておく必要がある。カフェという環境はそれに最適だ」

「……ちょっと強引な手ですが、一理ありますね」

「後者については……まあ、なくはないだろうね。でもそのキリンに対するマイナスイメージを、君のカフェで逆転させてやればいいさ。エルフキャットについて同じことをやった君なら問題ないだろう?」


 ……簡単に言ってくれるなぁ。

 でもこれも一理ある。キリンに対するイメージは、かつてのエルフキャットに対するそれよりはだいぶマシだ。


「……わかりました。キリンは『desert & feed』で面倒を見ることにします」

「ありがとう。君ならそう言ってくれると思っていたよ」


 結局、僕はそう言ってうなずいた。


 まあ、なんのかんのと言ってはみたものの。

 そもそも霊獣キリンとの共同生活などという魅力溢れる提案を、僕が断れるはずないのだった。

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