第8話 従業員を増員しておこう
「おお~。けっこういいところに住んでるんですね」
「ああ、商人ギルドが世話してくれてな。……一連の事件について下手に話すな、って口止めの意味もあるんだろうが」
なるほど。公募が原因でスケールスネークが王都に放たれたなんて話、商人ギルドとしてもしてほしくないもんな。
僕はピーターさんに呼び出されて、その住居を訪れていた。
家自体の大きさも目を引くが、特に目立っているのは隣に据え付けられている小さめの厩舎だ。中から聞こえてきた『くぉ~ん』という鳴き声を聞くに、あそこには
「まあ立ち話もなんだ。上がってくれ」
「あ、はい。お邪魔します」
言われるまま、僕はピーターさんのお宅に上がる。
部屋の中はかなり質素だ。必要最低限のものだけが揃えられている。これもきっと商人ギルドの支給品なんだろう。
「……それで、話というのは」
「ああ。おおよそのところはもう聞いているだろうから、単刀直入に話すぞ。今うちにいる魔法生物……ルビー、デローン、それにノムをそちらに売却したい」
やはりか。
「彼らを飼育したまま商会を立て直すのは難しい。そういう話ですね」
「ああ。……こいつらを王都に放ったことについては反省している。助けてくれたあんたにも本当に感謝している。だが結局のところ、ピーター商会の置かれた状況は変わっていない。こいつらの維持管理費用を抱えたまま商売をやり直すなんて不可能だ」
まあ、うん。そうだろうなぁ。
スケールスネークはもっとひどい。なんでも食べるのは良いけれど、不定期に大量の食物を摂取してそのあと一ヶ月ほど何も食べない、というサイクルを繰り返すので飼料の管理が難しい。さらに、あらゆる世話を自動発動の縮小魔法に注意しながら行う必要があるのも厄介だ。
ちなみにスライムキャットの食費は、ほか2匹と比べると誤差の範疇だ。甘くてどろっとした液体を与えておけばそれで問題ない。
「いまスケールスネークはずっと冷やして眠らせているんだが、それはそれで厄介でな。定期的に冷却魔法をかけてくれるよう懇意の業者に頼んでるんだが、これもなかなか金がかかりやがる」
「まあ、世話のしやすい魔法生物ならとっくに愛玩動物として普及してるわけですからね。管理局にまだ収容されてなかった生物って時点で、基本的に世話は難しいと思いますよ」
「身に染みて理解したよ……」
さて。どうしたものだろうか。
正直、みんな引き取ってあげたいのはやまやまだ。だけど僕がいま魔法生物を必要としているのは、カフェに出すという目的ありきなわけで。
そうなるとどうしても、問題児が1匹いるんだよな。
「……スケールスネークのノム。この子だけは正直、安全にカフェに出す方法を思い付きません」
「ま、そうなるよなぁ」
巨大物を吐き出す攻撃については、事前に体内から武器を取り除いておけば大丈夫だ。
問題になるのはやはり縮小魔法。いつの間にかお客さんがノムのお腹の中、なんてことになったらシャレにならない。
「それについては俺からはなんとも言えない。だがあいつから話があるそうだぞ」
「え?」
「フィートさん。……これを見てほしいっす!」
現われたのはフレッドさん。ピーター商会唯一の従業員だ。
全身がちょっとじめっとしている。どうやらさっきまでルビーちゃんの世話をしていたらしい。
そしてフレッドさんは、その両手になにか異様なものを抱えていた。……なんだあれ、透明な球体……?
その球体にはひとつの大きな穴と、その反対側にいくつかの小さな穴があった。よく見ると内部は空洞になっている。ええと、本当になんだ……?
悩んでいる僕に、フレッドさんはあっさり答えを告げた。
「これはスケールスネークの拘束具っすよ、フィートさん」
「え? ……ああ! なるほど、その大きい穴にスケールスネークの首を通すのか!」
「そういういことっす。小さい穴は空気穴ですね」
……そういうことか。
巨大な球体は、スケールスネークの自動発動の縮小魔法の範囲をすっぽり覆っている。これを付けていれば、うっかり魔法の範囲に入ってしまった人が呑みこまれることはないはずだ。
「この球体自体は、縮小魔法の範囲にギリギリ入らない大きさに調整してあります。ノムが自分に縮小魔法を使ってこの拘束を外そうとすれば、球体が縮小魔法の範囲に入って小さくなり、体を締め付けるわけっすね」
「前に言ってた拘束具と同じ仕組みか。なるほど、よく出来てる……」
よく見ると、球体はガラスで出来ているようだった。
……しかしすごいな。この球体、かなり薄く加工されていて相当軽い。これならノムにとってもそれほどストレスにはならないだろう。
しかもどうやら、強度もかなりあるらしい。ものすごく強力な硬化魔法がかけられている。
「……フレッドさん。これを作ったのって」
「あ、はい。設計図を持って色んな工房を巡ったんすけど、作れる人がどこにもいなくて。絶望していたらガラの悪い2人組に絡まれてですね……」
「あ、もう大丈夫です。だいたいわかりました」
たぶん傷だらけの大柄な男と、やたらうさんくさい笑い方の女性だろう。
まあうん、正直知ってた。このレベルの硬化魔法を永続化させられるような人、メルフィさん以外に思い付かないし。
「これを取り付けていただければ、きっとカフェでも安全に接客できると思うっす!」
「それは確かに。……でもいいんですか、フレッドさん。フレッドさんは魔法生物たちととても仲が良かったはず。別れるのに反対しているんじゃないかと思っていたんですが」
僕の言葉に、フレッドさんは首を横に振った。
「いえ。……たしかにルビーは、それにデロォンもノムも、俺の大事な友達っす。でもだからこそ、こんな不自由な環境に押し込めておきたいとは思わないっす」
「…………」
「だからあいつらのこと、可愛がってやってほしいっす! そして俺たちも商人としてめちゃくちゃ儲けて、毎日ルビーに会いにカフェに行くっすよ!!」
「……ええ、待ってますよ」
笑顔で意気込むフレッドさんに僕はうなずいた。
きっと遠からぬ未来に、フレッドさんとは毎日顔を合わせることになるのだろう。
そんな予感を、胸に抱きながら。
「さて、それじゃひとまずは商談成立だな。無粋で悪いが、ここからは細かい金の話をしよう」
「わかりました」
「……あ! もう親方、何やってんすか! フィートさんにお茶も出さずに! すみませんフィートさん、今入れるんで!」
「ああいや、いいですよそんな」
「そう言わずに! 最近商人ギルドの人から、めちゃくちゃ高級な茶葉をもらったんすよ! 飲み心地が独特で、砂糖なしでもしっかり甘みがあるんす! ちょっと冷めちゃってるかもしれないけど、まだ全然おいしいと思います!」
言いながらフレッドさんが、ティーポットをカップの上に傾ける。
どろりとした液体が、ティーポットから注がれた。
「……あれ。このお茶、こんな色だっけ」
茶色と白のマーブル模様の液体は、カップの中で徐々になにかの形を形成していく。
猫だ。
いつも造形はわりと雑だが、今回は両頬のあたりがとくに適当だ。完全に溶けてテーブルにこぼれおちている。
そしてその表情は、幸せそうにとろけていた。きっと大好きな『甘くてどろっとした液体』をお腹いっぱい堪能したのだろう。
『にゃ~~~~』
ティーカップからはみ出したスライムキャットは、そんなふうに満足げな鳴き声を上げた。
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