第7話 カフェ再建計画

「でゅふっ。ど、どうでしょうフィートさん。気に入っていただけましたか?」

「……うん、いい。すごくいいですね、ここ」


 相変わらず独特な笑い方をする小太りの男性……マルル・プーデアさんに、僕はうなずいた。

 いま僕は新しいカフェ候補地の下見中だ。なじみ客のマルルさんが良い場所を紹介してくれると言うので言われるがまま付いてきたわけだけれど、これはなかなか予想以上だ。


 カフェと言うにはかなり広々としたスペースに、適度な間隔で木々が立ち並んでいる。足下にもうっとうしくない程度に芝が茂っていて、足に伝わるさくさくとした感触が楽しい。


「そ、そうでしょうっ! ここはもともと、食事処を兼ねた小規模な植物園にするはずだったところでして。多少の改修でそのままカフェとして使っていただけると思います!」

「ああ……。マルルさんの家、そんな事業もやってたんですね」

「でゅふ。我が父のことながら恥ずかしいのですが、なかば道楽のような商売ですからな。面白そうなものにほいほい手を出すのです」


 マルルさんの父、カバルク・プーデア氏は変人として有名だ(らしい。僕は昨日ルイスさんに聞いた)。王都に名を轟かす名家の当主でありながら複数の事業を展開し、日がな一日商売にばかり精を出しているそうだ。

 手を出す事業は失敗が4割、成功が4割、そして大成功が2割ほど。とくにおもちゃ関連事業における商才はすさまじく、大ヒット商品を連発している。今では王都でも随一のお金持ちでもあるとのこと。


「上手くやることも多いのですが、この店は完全に失敗でしてな。ジヴェル植物園の火事のおかげで、植物園というもの自体のイメージがかなり悪くなってしまったみたいで」

「ああ……」


 それはお気の毒に。タイミングが悪すぎた。


「しかしまあ、魔法生物カフェという立て付けでオープンするならさほど問題にならないでしょう。新しい『desert & feed』の候補地として、かなり適しているのではないでしょうか」

「ええ。正直、場所はこれ以上ないくらいに気に入りました。デザートムーンたちの故郷に似た景色でしょうし、彼らも喜ぶはずです」

「でゅふふ! それは紹介した甲斐がありますな!」


 しかし。問題はやはり、


「でも、お高いんでしょう……?」

「でゅふふ。やはりそこがネックですか」


 僕の資金は1000万G。結局王政に預けっぱなしにしているけれども、僕の自由に動かせるお金だ。

 1000万Gは大金だ。だけど、どんなことでもできるほどの金額ではない。


「かなり広いスペースですし、植林にかかった費用のこともあります。近くに市場が開かれる場所もあり、立地も良い。……そうですな、1月200万Gくらいが妥当なところでしょうか」

「……やっぱりまあ、そのくらいはしますよね」


 僕もここまで大きな物件を見るのは初めてなので相場はわからないけれども、マルルさんの見積もりに違和感はない。

 ……1月200万Gか。さすがにそこまでのお金は出せないなぁ。


 と、マルルさんがぐふふとくぐもった笑いをもらした。


「ご安心ください、フィート殿。僕に提案があります」

「え?」

「フィート殿だけに特別価格です。……800万G。800万Gでいかかでしょう」

「……ん? それって相場より高くなってるんじゃ……」

「ああいやいや、違いますぞ。賃貸料の話ではありません。800万Gでこの場所、お売りしようと言っているのです」


 一瞬、思考がフリーズした。


「……え? 普通、4か月分の賃貸料で土地って買えましたっけ」

「ぐふふ、まさか。ケースバイケースですが、だいたい賃貸料にして10年分くらいの買値になることが普通です」

「で、ですよね。いったいどうして……」

「この施設が現状我が家にとって利用価値を持たないこと。それに僕自身がここで開かれる『desert & feed』が見たいこと。でゅふふ、それにフィート殿には日頃お世話になっていますからな!」


 お、おお……。

 ものすごくありがたい話だけど、いいんだろうか? この施設、厳密にはマルルさんの家の持ち物だよな。そんな勝手に格安に売っちゃって……


「ちなみに父上には許可を取っていますぞ」

「え」

「でゅふ。実はですな、ここを買い取っていただくのに、ひとつ条件があるのです」

「条件?」

「ええ。今後『desert & feed』関連のグッズ制作権を、我がプーデア家に独占させてほしいのですよ」


 グ……グッズ?


「実はですな、カチア殿と一緒に作ったぬいぐるみを『ツイスタ』にアップロードしていたのですが、これがかなり好評なのですよ。お金を出してもいいから買いたいという声もたくさんいただいているのです」


 カチアさん……というと、よくカフェに来てくれていた茶髪の人だな。マルルさん、いつのまにかあの子とずいぶん仲良くなっていたみたいだ。


「……グッズ、グッズですか。いやまあもちろん、そのくらいなら全然構わないですよ。正直、それが大した儲けになるとは思いませんが」

「でゅふ! ありがとうございます! もちろん利益の一部はお支払いしますからな。……公平のために申し上げますが。将来的にこの独占権が生む利益と、施設を安値で売り払う損害。それぞれをを計算した上で、我が父は儲けの方が大きくなると計算したのですよ」


 いくらなんでも買いかぶりすぎな気がするけどなぁ……。


「では、商談成立ですな。細かい条件を詰めるといたしましょう!」


 なにはともあれ。そんなわけで僕は、新しい店舗を超格安で手に入れたのだった。





「……どうしたんです、フィートさん。ずいぶん苦悩してるみたいですけど。今日見に行ったとこ、いまいちでした?」

「あ、ルイス。いや、マルルさんが紹介してくれた土地はすごく良かったよ。あそこに新しいお店を作ろうと思う」

「それは良かった! ……でもあそこ、ギルドからちょっと遠いんだよなぁ。ぐぬ……。交通費……」


 たしかに、新店舗は冒険者ギルドからちょっと遠い。……交通費分、ルイスが破滅に近付いてしまった。


「……それはともかく。で、じゃあ何を悩んでるんです?」

「いや、新店舗がけっこう広くなりそうだからね。新しい魔法生物を入れようと思うんだけど、どんな子を呼ぶか迷ってるんだ」


 あれだけ広いなら、別種族が同じ場所にいてもそれほどストレスにはならないだろう。

 つまり、エルフキャットやファイアフォックス以外の種族をお店に入れられるってことだけど……どんな子をお迎えするか、これはなかなか悩ましい問題だ。


 そんな僕に、ルイスが片眉を上げてみせた。


「なるほど。それじゃこれ、なかなか良いタイミングかもしれないですね」

「え?」

「またギルドを通じて、フィートさんに打診が来てましたよ。2件ほど」

「2件……。その口ぶりからすると、土地の紹介とは違うんだよね」

「ええ。1件はピーター商会とかいうところ。もう1件は魔法生物管理局からです」


 ……どっちも意外な名前だな。

 そしてこの話の流れ、もしかして。


「お察しの通りです。どちらも、魔法生物を引き取ってほしいという内容の打診ですよ」

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