第6話 スーパー不穏回

「戦争……ですか?」

「ま、もちろん可能性の話だがな。だが少なくとも、我が王国の首脳部が戦争を避けようとしていないことは明らかだ」


 ……意外な展開だった。まさか僕の勲章授与の話がそんなところに繋がるとは。


「フィート。蠅の女王ベルゼマムが王都に持ち込まれた理由は、結局のところなんだと思う?」

「え。それはだから、管理局の公募に応じて蠅の女王ベルゼマムを王都に持ち込んだ商人が、買い取りを拒否されて手に負えなくなって逃がしたんじゃ?」

「言っただろう。商人ギルドの公募を確認したが、生物兵器の持ち込みを推奨していると読み取れる一文はなかった」

「……だったらどうして、帝国の生物兵器が王都にいるんです?」

「市井ではこう噂されているよ。『帝国が王都に破壊工作を仕掛けてきた』ってな」


 ……そんな馬鹿な。


「クラウゼルと帝国は、現在戦争状態にはないはずです」

「帝国がまた戦争を仕掛けようとしてるんだろう、って話だ。『王都に打撃を与えてから急襲するつもりだったが、思ったより被害が小さかったので攻撃を取りやめた』とか、『市街地に蠅の女王ベルゼマムを放ったときの効果を確認する威力偵察だ』とか、派閥はいろいろあるようだな」


 飛躍している。

 ……と、言いたいところだが。だがしかし、そのくらいの理由でもないと蠅の女王ベルゼマムが王都にいたことの説明が付かないのも確かだ。


 なんせあれは帝国が独占する生物兵器なのだ。

 特殊なルートを持った商人でもなければ、一般人にはそもそも入手不可能だ。ペットとして輸入され繁殖したエルフキャットとはわけが違う。


「これについて王国上層部は沈黙を守っていた。……ま、当然だな。事が事だけに、下手な発言をすれば即座に外交問題だ」

「ええ」

「だがその王国上層部が、今日意思表示をしてみせた。それがフィート、お前への勲章授与だよ」


 おっと、ここで繋がるのか。


「①王国の文化的発展に多大な寄与をした者 ②王国の学術的発展に多大な寄与をした者 ③王国の農業的発展に多大な寄与をした者 ④公職に40年以上従事し、特筆すべき成果を上げた者 ⑤他国の侵略に対する防衛に多大な寄与をした者 ⑥人命救助の代償に命を落とした者……王国第三百四十七条で定められた、王国勲章授与の対象者だ。フィート、お前はどれに該当すると思う?」

「……僕がやったことは文化的でも学術的でも農業的でもない。公職は3年でクビになったし、今のところ命も落としていない」

「そう。該当する可能性があるのは『他国の侵略に対する防衛に多大な寄与をした者』のみだ。クラウゼル王国は蠅の女王ベルゼマムの出現を帝国の侵略行為だと見なしている」


 それが、あの式典での奇妙な会話の意図だったわけだ。

 僕への王国勲章授与は、帝国への疑惑を肯定する意味を持つ。それを理解しているのかとハスターさんは問い、ランバーン王子は条文をそらんじてみせることで答えたのだ。すべて承知の上でやっている、と。


「式典の内容は公文書として保存され、市民にも自由に閲覧できる。お前への勲章授与が意味するところは、自警団の広報誌やらツイスタやらのメディアがすぐに拡散してくれるだろうさ」

「そうなれば、クラウゼルの人間が帝国に強い反感を持つことは間違いないでしょうね」

「帝国の方だって黙っちゃいないさ。公的な声明じゃないとはいえ、ここまであからさまに犯人扱いされちゃあな。実際に帝国が今回の仕掛け人であるかは別として、何かしらのアクションは起こしてくるだろう」


 なるほど。

 ハスターさんの焦りようの理由はわかった。僕への勲章授与は、王国と帝国の間の緊張感を大きく高めることになる一手だったわけだ。

 なによりも重要なのは、ランバーン王子がそれを理解した上で勲章授与に踏み切ったことだ。つまり王国上層部は帝国との戦争を恐れていない。どころか、積極的に戦争の火種を作りに行っているようにすら思える。


「そういうわけだ。フィート、お前も戦争が始まる前にどこか適当な国に逃げといた方がいいぞ」

「王国と帝国が戦うなら、どうせその戦争は世界中に波及するでしょう。安全な国なんてどこにもなくなるに決まってますよ」

「はは、それもそうだ」


 ハスターさんが毛煙草の煙を吸い込む。


「ま、お前にとっちゃラッキーかもな。お前に勲章を授与することにしたおかげで、それと釣り合いを取るために報奨金も膨大にせざるを得なかったんだろうから」

「別に戦争の火種を作ってまでお金が欲しいとは思いませんが……」


 あれだけ嬉しかった1000万ゴルドがとたんに禍々しいものに思えてきた……というようなことは別にない。お金はお金だし。あれはあれでありがたく使わせてもらおう。


 とはいえ、戦争かぁ。

 前の戦争の終結は、今からまだ4年ほど前のことだ。


「……短い平和でしたね」

「まあな。……いちおう言っておくが、今後の展開についてはすべて俺の予想だ。あまり当てにするなよ」

「わかってますよ」


 ならいい、と言いながらハスターさんは毛煙草の火をねじり消し、席を立った。


「もう帰るんですか?」

「ああ。お前はもう少し飲んでいくか?」

「いや、僕も帰りますよ。……いいんですか? ずいぶんと短い宴席でしたが」


 ハスターさんが苦笑する。


「いや、妙な話だがな。お前と話してすっきりした。……それに考えてみれば、ハルトール王子の局長就任はこれ以上ない妙手だ」

「え……」

「不祥事続きの管理局は王都民からの信頼を失っている。俺の繰り上がり昇進じゃ、理解を得ることはできなかっただろうよ。その点ハルトール王子は国民からの人望も厚いし、収容違反の収拾にも活躍した。あの人が着任するなら、王都民も今後の管理局に期待が持てるだろう」

「収容違反の収拾に活躍……? あの人、そんなことしてたんですか?」

「知らなかったのか? 偶然騒ぎを知ったらしくてな。冒険者ギルドが到着するまでの間、天馬部隊と協力して魔法生物たちを食い止めてくれていたんだ」


 意外な話だった。そんなことがあったのか。


「魔法で生み出した光剣を振るって、なかなかの活躍ぶりだったぞ」

「……まずあの人、戦えたんですね。それすら知りませんでした」

「王家の血筋は上質な魔力を遺伝するからな。ハルトール王子自身も戦闘は本職じゃないと言っていたが、それでもかなりの強さだったよ」


 白く光る剣を振るう赤髪の王子を頭の中に思い浮かべてみる。

 ……うーん、絵になるなぁ。


「ま、そういうわけだ。理不尽な人事ではなかったし、俺もいつまでも腐ってるわけにはいかない。局長になれなくても、今の俺にできることをするだけだ」

「まあ、はい。応援はしておきますよ」

「そりゃどうも。……フィート、お前の方もな」

「え?」

「お前は管理局をやめて、カフェの店長なんていう俺にとってなんの利用価値もない職業に就いたわけだが。……だからこそ、今のお前のことは純粋に応援してるよ。カフェの再建、上手く行くといいな」

「そ……」


 それはどうも、と僕は返した。他の返し方をいまいち思い付かなかったからだ。

 ……なぜか生まれた若干の気まずい沈黙をかき消すように、ハスターさんが言葉を紡ぐ。


「しかし、それにしても今日は疲れたな。アルゴの懲罰人事はまあ予想通りとしても、お前への勲章、ロバートの大抜擢、でもって王太子の局長就任。サプライズが多すぎるぜ、ほんと」

「そうですね。……ああ、僕はもうひとつ驚いたことがありましたよ」

「うん? なんだ?」

「いや、大したことじゃないんですが。僕はアルゴさんは免職になると思っていたんです」


 本当に大した話ではなかった。

 なんとなく空いた気まずい間を埋めるための、さほど中身のない会話。


 少なくとも、僕はそのつもりだった。


「ゴードンが言ってたんですよ。『俺はあの火事の責任を取らされて、管理局をクビになる』って。だからアルゴさんも同じようにクビになるのかと思ってたんですが、実際は一般職員への降格でした。まあ正直、大した差じゃないんですが……」


 なんとなく顔を上げて、僕はぎょっとした。

 ハスターさんが目を大きく見開いて、青ざめた顔で僕の方を見つめていたから。


「……今の話。間違いないか、フィート」

「え? ……ええ。間違いないですけど。どうしたんです?」

「……い、いや。なんでもない」


 僕への勲章授与の時以上に血の気の引いた顔で、ハスターさんは首を横に振る。

 明らかに、なんでもなくはなかった。

 なんでもなくはなかったが。


「……そうですか。じゃ、出ましょうか」

「ああ」


 僕はそう言って立ち上がった。

 ハスターさんが言いたくないなら、無理に聞き出す権利は僕にはない。


 ……ま、問題はない。ハスターさんは僕より頭が良い。

 情報共有が必要だとハスターさんが判断すれば、いずれ僕にも教えてくれるはずだ。

 そう、いずれ。また次に会った時にでも。


 空中に残った毛煙草の香りが僕の鼻をくすぐる。

 相変わらず、あまり好きになれない匂いだった。

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