第4話 論功行賞④
「そんっなはずななない! わたっ私は人事局には顔が利くんだ!! 私を局長から下ろさないようちゃんと指示したはずっ!!」
アルゴさんが、ランバーン王子に掴みかからんばかりの勢いで吠え立てている。
「ほう。書記係、今の発言も記録しておきなさい」
「はっ」
「あ、いや、その……!」
「まあしかし、だ。君の認識がどうあれ、少なくともいま現在、人事辞令は公正なプロセスによって発令されているらしい。そうだろう、ハルトール」
声をかけられたハルトール王太子は、口の端に笑みを浮かべてみせる。
「うん。人事局の決裁システムをちょっといじって、一個人の恣意的な判断を反映しづらくしておいたんだ」
「な……! な……!」
「以前管理局に視察に行ったとき、『人事局に手を回しておく』って部下を脅していた人を見かけたからね。あはは、ずいぶん前のことだからもう覚えてないかな?」
「き……貴様あああああっ!!! 若造が舐めたことをおおお!!!!!」
おお、すごい。アルゴさんがハルトール王太子に向かって吠えた。
王族相手にもブチ切れたらあの態度なんだ。ある種一貫してるなぁ。
「くだらん偽善で私の邪魔をしおって!! 私がこれまでこの国の魔法生物学界にどれだけ貢献してきたかわからないのか、この青二才が!!」
「警告しておくけどね」
ハルトール王太子の笑みがさらに深くなる。
「ランバーン兄様は『言葉遣いなど気にしない』って言ってたけど、僕は気にする。いちおうほら、この国には不敬罪ってやつがあるからさ。投獄されたくはないだろ?」
「が……! きさ……いや……」
「……まあそういうわけだ、アルゴ・ポニークライ。君は本日をもって一般職員となる。もしも一般職員として働き続けるのが難しいようなら、職場のためだ。できるだけ早く辞表を出したまえ」
「ぐ……! ぷぉ……!」
アルゴさんはそんな奇妙なうめき声を漏らした後、
「ぷごおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!」
走り去ってしまった。あーあ、式典の途中なのに……。
そのまま公会堂の出口までたどり着いたアルゴさんは、衛兵を押しのけて外に出て行った。
まあたぶん、あの人はすぐに辞表を出すんだろう。プライドの高いアルゴさんが一般職員として働き続けるとは思えない。事実上の懲戒免職だ、これ。
「……フィート・ベガパーク。安心してほしい」
「えっ?」
突然声をかけられて、僕は驚いて顔を上げた。
「アルゴ・ポニークライには、当分の間憲兵の監視を付ける。ゴードン・バグズの二の舞にはしない」
一瞬なんのことだかわからなかった。
……ああなるほど、アルゴさんが逆恨みして僕を襲撃する可能性を考えているのか。
「ありがとうございます、ランバーン様」
「礼には及ばない」
ランバーン王子はそう言って首を横に振る。
……というか。本来は僕自身がその可能性に思い至っているべきなんだよな。
ゴードンの一件で僕は学んだ。悪意を持った人間がどれだけ身勝手で、どれだけ危険か。
そういう人間たちから、僕はデザートムーンたちを守らなきゃいけないんだ。……うん、ちょっと反省。
「では、式典を続けよう。ロバート・レイダス。前へ」
「あ……は、はい」
そしてアルゴさん不在のまま、式典は何事もなかったかのように進み始めた。
●
式典は順調に進んだ。管理局内部の辞令では、僕やガウスさんのように功績が読み上げられるようなことはない。アルゴさんのような例外を除いて、基本的にさくさく進行する。
まず僕の知らない管理局の職員……ロバート・レイダスという人が、ゴードンに代わって低危険度生物管理班班長に就任した。
ハスターさんやロバートさん本人の反応を見るに、どうやらかなりの大抜擢のようだ。きっと相当優秀な人なんだろう。
つづいてルルさんが、中危険度生物管理班班長への復帰を命じられた。
特に昇進も降格もなし。なのだが、本人は降格を告げられたとしか思えない絶望的な表情をしていた。よほど職場に戻るのが嫌らしい。
そして。
「ハスター・ラウラル。前へ」
「はい」
ハスターさんが前に進み出る。
その表情は青ざめたままだが、それでもどこか決意に満ちているように見える。
それもそのはずだ。アルゴさんが一般職員に降格になり、人事局への根回しも無効化されていることがわかった。本人の言の通り、まず間違いなく次の局長になるのはハスターさんだ。
出世にこだわっていたハスターさんだ。局長という椅子に座ることは、きっとあの人の悲願だったのだろう。
「ハスター・ラウラルの給与を、二号俸昇級とする」
僕はハスターさんのことが好きではないけれど、長年の目標が達成されたことについては素直に祝福したい。
まあ少なくともハスターさんなら、アルゴさんよりはマシな管理体制を敷いてくれるは、ず……。
「……え?」
「どうした、ハスター・ラウラル。辞令は以上だ。下がりなさい」
「は……失礼しました」
明らかに混乱した表情だったが、それでもハスターさんは頭を下げて元の位置に戻った。
……いや、あれ? どういうことだ? ハスターさんが局長じゃないのか。
じゃあいったい誰が局長になるんだろう。まさか僕……なわけないよな、さすがに。
そこまで考えたところで、はたと僕は気付いた。
そういえば。なぜこの場にいるのか不明だった人間がひとりいたんだった。
「ハルトール・クラウゼル。前へ」
「はい」
……え? いや、僕はたしかに王国法には詳しくないけど。
でも、なんというかその、それってアリなのか? もし法的にアリだとして、なんのためにそんなことをするんだ?
僕の疑問をよそに式典は進む。
そしてランバーン王子が、目の前に立つ弟に告げた。
「ハルトール・クラウゼルを、魔法生物管理局局長に任ずる」
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