第3話 論功行賞③

「こんなふざけた話があるか!!」

「お待ちください、ランバーン様!!」


 僕の背後から、抗議の声がふたつ上がった。


「アルゴ・ポニークライ、およびハスター・ラウラル。式典中ではあるが、特別に発言を許可する。どうかしたかね?」

「どうしたもこうしたも……そ、その男は管理局に勤めていた頃から素行不良で、上司の命令を無視するような奴でした! 栄誉あるクラウゼル国家勲章にふさわしくありません!」


 決して狭くない公会堂全体に響き渡る大音声で、アルゴさんがわめき散らす。

 しかし、ランバーン王子はあっさりと首を横に振った。


「それは君が判断することではない」

「し……しかしですな! 私には元上司としての知見が……」

「フィート・ベガパークの功績は先に挙げたとおりだ。仮に彼が君の言う通りの職員だったとしても、成し遂げたことは事実だ。信賞必罰の原則を無視して国家は立ち行かない」

「ぐ……が……」

「そもそもの話。我が弟の報告を踏まえると、フィート・ベガパークが本当に君の言うような職員であったのか甚だ疑問だがな」


 おぉ……。僕も出世したなぁ。第一王子が僕を擁護してくれてるぞ。


「あ、う……そ、そもそもいくらなんでも若すぎる! 国家勲章はふつう、もっとその分野で長年活躍した人物に与えられるべき……」

「私の記憶が正しければ、君もかつて24歳という若さで国家勲章を授与されていたはずだが。……おや、フィート・ベガパークはまだ23歳か。最年少記録が更新されたようだな」

「ぬあおああああ……!」


 ああ……なるほど。いつも以上に突っかかると思ったら、自分の最年少記録が更新されるのが気に入らなかったのか。


 いやまあ、と言ってもアルゴさんののこういう反応はわりと予想の範疇だ。ランバーン王子が僕のやったことを列挙している間も、ずっとうしろで何か言いたげにもぞもぞしてたし。

 意外だったのは、声を上げたもうひとりの男だった。


「もういいかね? ではハスター・ラウラル。君も言いたいことがあるようだな」

「は……はい」


 うしろを振り返って様子をうかがう。ハスターさんの顔は、今までに見たことがないほど青ざめていた。


「恐れながら申し上げます。このたびの勲章授与は、王国法第三百四十七条二項の内容を踏まえたものでしょうか」

「ふむ」


 ランバーン王子の厳かな声色が、わずかに楽しげな色を帯びた気がした。


「①王国の文化的発展に多大な寄与をした者 ②王国の学術的発展に多大な寄与をした者 ③王国の農業的発展に多大な寄与をした者 ④公職に40年以上従事し、特筆すべき成果を上げた者 ⑤他国の侵略に対する防衛に多大な寄与をした者 ⑥人命救助の代償に命を落とした者……王国勲章の授与対象者を列挙した項目だ。これでよいかね?」

「……大変失礼いたしました」

「よい。おい、書記係。今のハスター・ラウラルとの質疑応答は式典の進行録に記載しておけ。少々あからさますぎるが、まあ構わんだろう」

「はっ!」


 ……なんだ?

 ハスターさんとランバーン王子を除く、その場の全員が首を傾げていた。

 ……ああいや。例外が2人いた。ハルトール王太子は意味深な笑みを浮かべている。今のやり取りの意味を理解しているみたいだ。ルルさんは立ったまま寝ている。


 ともあれ。ハスターさんは今のやり取りで納得したらしく、おとなしく引き下がった。……さっき以上に顔が青ざめてるのは気になるけど。


「さて、物言いは以上のようだな。ではフィート・ベガパーク。さっきの言葉を覚えているか?」

「え?」

「適当に感謝の言葉を述べて下がりなさい。それで君の番は終わりだ」


 ああ。そういえばそういう話だった。


 ……いや、だけ。僕は、ここで引き下がるわけにはいかなかった。


「……恐れながら、ランバーン様。僕からも一点だけ、確認させていただきたいことが」

「ふむ。まあ当然だな。突然国家勲章を授けられて、疑問に思うことも数多くあるだろう。なんでも聞きなさい。答えられる範囲に限りはあるが、誠実に回答することを約束しよう」


 そう言って、ランバーン王子は鷹揚にうなずいた。

 では遠慮なく。


「1000万ゴルドはいつ受け取れるのでしょうか!!」

「……そっちか」


 国家勲章がどうとか、わりとどうでもよかった。

 1000万ゴルド!! 家が!! 借りられる!! なんなら買える!!


 やったぞデザートムーン!! やったぞナイトライト!! やったぞレイククレセント!! また!! カフェが!! やれる!!!!





 叱られた。

 「そんな話は式典のあとで事務員にでも確認すればいいだろう」とのことだった。たしかに。


 とはいえランバーン王子は、叱ったあとで報奨金を受け取れるタイミングについて教えてくれた。普通は後日あらためて受け取りに来るが、希望があれば即日の支給にも対応しているとのことだった。やったぜ。


「アルゴ・ポニークライ。前へ」

「は……はい」


 僕に続けてアルゴさんが呼ばれて前に進み出たが、正直そんなことに注意を向けている場合ではなかった。


 1000万か……! それだけの金額があればだいぶ夢が広がる。

 前の『desert & feed』は良いお店だったけれど、エルフキャットの魅了を伝えるのにはちょっと狭すぎたのが気になってたんだ。

 もっと自由に彼らが跳び回れるだけのスペースを確保して、テーブルとテーブルの間もゆったりと空間を作って……


「ふざけるなああああああっ!!!!!」


 僕の幸せな空想は、公会堂に響き渡る野太い絶叫によって中断された。


「……式典中だぞ、アルゴ・ポニークライ。私は言葉遣いなど特に気にしないが、円滑な進行を妨げる行いは看過できんな」

「ふざっ、そんなっ、そんなはずがっ! ちゃんと人事局から出たはつっ発令なのですか、それは!!」

「無論だとも。アルゴ・ポニークライを懲戒により降格処分とし、魔法生物管理局低危険度生物管理班とする。ほら、見えるかね?」


 ランバーン王子が、一通の辞令をアルゴさんの前に突きつける。

 ……おお、懐かしいな。見覚えがあるぞ。

 僕が懲戒免職になったときと同じ書式だ、あれ。

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