第2話 論功行賞②
「……え~、というわけでですね」
ルイスさんが手元の資料をめくりながら、深い深いため息をついた。
「今日だけで7件、新しく苦情が来ています。いずれも仮設避難所にエルフキャットがいることについての抗議ですね。……うわ、これなんて酷いですよ。『家を失った王都民たちにが唯一休める空間に危険生物を住まわせ、多くの命を危険に晒す冒険者ギルドには心底失望した。速やかに状況が改善されないようであれば、ギルドに対する訴訟も検討している』」
「……迷惑を掛けて申し訳ない」
ううむ。だいぶ改善されたと思っていたけれども、やっぱりエルフキャットに悪感情を抱いている人は少なくないみたいだ。
僕とデザートムーンたちはいま、冒険者ギルドと憲兵団が合同で設置した仮設避難所で暮らしている。『desert & feed』が焼け落ちて住むところがなくなった僕たちに、ガウスさんが声をかけてくれたのだ。
野外にテントがずらっと並んだだけの避難所なのだが、これがかなり快適だ。内部は常に適温で保たれているし、雨風に晒されてもテントは一切汚れない。ルイスに聞いてみると、「メルフィさんが全部ひとりでやってくれました」とのことだった。だと思ったよ。
そんな感じでわりと居心地のいい避難所なのだけれども、重大な問題があった。エルフキャットに対する偏見だ。
「すぅ~~。なんでみんな分かってくれないんですかね。こんなにかわいいのに……」
『みゃ~~』
「ほんとにね……」
おおよそ半日に1回のペースで、ルイスは適当な理由を付けてデザートムーンを吸いに来る。
職務中にそんなことしてていいの? という指摘はしないでおいてあげている。なんせここしばらく冒険者ギルドの面々は殺人的な忙しさに追われているのだ。このくらいの癒やしはあってもいいだろう。
「ふぅ~~。……でも本当に、そろそろうちのギルドマスターが苦情の声に負けそうです。心苦しいですが、ここを出たあと行く場所を探しておいた方がいいと思います」
「いや、一時的に住まわせてもらっただけでも本当にありがたいと思ってるよ。……というか冒険者ギルドのギルドマスターって、ガウスさんじゃなかったんだ」
「ギルド職員も半分くらいは勘違いしてそうですけど、実は違うんですよ」
地味に衝撃の事実だった。
「でも本当にどうしようかなぁ。ここを出るって言っても、次の家を買うだけのお金がないんだよね。貯金は全部焼け落ちちゃったし。……この世界に火災保険があればなぁ」
「カサイホケン?」
「ああいや。ルーク……友達が言ってたやつなんだけど、気にしないで。……ルルさんが消火してくれたおかげで『魔封棺』はなんとか焼け残ってたから、これを売ればある程度のお金にはなりそうだけど」
「うーん。今はキリンが暴れた影響で家が足りてないですからね。家賃はどこも高騰してますよ。おまけにフィートさんの場合はムーちゃんたちと一緒に住める家である必要があるわけで、普通より割高になってしまうのは避けられないでしょうし……」
さらに言うと、僕はできればまたカフェをやりたいと思っている。
いまの王都の状況でカフェが経営できるくらい大きな家、となると……かなりとんでもない金額になるはずだ。
「あぁ……。お金、欲しいなぁ……」
ナイトライトを撫でながら、僕は思い切り俗物的な願望を吐き出した。
●
「……おい、フィート。いちおうは式典中だぞ」
「あ……すみません」
いけないいけない。現実の厳しさに、論功行賞の途中だというのについ意識を飛ばしてしまった。
隣のハスターさんに小声で注意されて、僕はあわてて姿勢を正す。
「……冒険者ギルド所属、ガウス・グライア。前へ」
「はい」
式典……とはいってもそれはかなりこぢんまりしたものだった。
僕とハスターさん、ルルさん、知らない管理局職員、アルゴさん、ガウスさん、ハルトール王子が一列に並び、その前にはランバーン第一王子が立っている。あとは式典の内容を記録する書記がひとりと、扉のそばに待機している警備兵が2人。広々とした公会堂が、逆に寂しく感じられる程度の人数だ。
「ガウス・グライア。ならびにパッチ・トーリン、クロノ・ケト、シノン・グルグランチュア、フィルル・グルグランチュア。貴殿らは軍属ならぬ身ながら魔法生物管理局における魔法生物収容違反事案において奮戦し、事態の収拾に大きく貢献した。その功績を称え、それぞれに50万
「……恐縮です」
ガウスさんが頭を下げる。どうやら、管理局で戦った冒険者ギルドメンバーの代表としてガウスさんはここにいるらしい。……やっぱり、やってることがほぼギルドマスターなんだよな。
……いや、というかちょっと待て。それよりも、50万
それだけの金額があれば、カフェができるくらいの建物を数ヶ月は借りられるはずだ。
そうか。あんまり実感なかったけど、今回僕を呼び出したのはクラウゼルという国家そのものなんだ。
自分の過去数ヶ月を振り返ってみよう。……うん。実際けっこうお国には貢献していたはずだ。ガウスさんと同額、いや、もしかしたらそれ以上の金額が貰えてもおかしくないんじゃないだろうか。
「続いて。フィート・ベガパーク、前へ」
「はい!!」
元気よく返事して、僕は前に進み出る。
ランバーン第一王子の貫禄ある髭面が、こちらをじろりと睨めつける。今年で御年40……いくつだっけか。さすがの威圧感だけれども、これから僕にお金をくれる人だと思うとまったく気にならない。
「フィート・ベガパーク」
「はい!!」
「……ここは返事をしなくてよろしい。私が最後まで言い終わってから適当に感謝の言葉を述べたまえ」
「あ、はい。すみません」
ちょっと張り切りすぎた。
「……こほん。フィート・ベガパーク。貴殿はハルトール・クラウゼルの要請により、魔法生物管理局のエルフキャット捕獲任務に従事し、きわめて秀でた成果を上げた」
うんうん。いいぞいいぞ。ちゃんと褒められてる。
「また、ジヴェル植物園の火災事件において、原因となった魔法生物『ファイアフォックス』を沈静化させ、事態の収拾に大きく貢献した」
原因となったのは人間『アルゴ・ポニークライ』と『ゴードン・バグズ』だけどね。まあ褒められてるからいいや。
「また、王都に甚大な被害をもたらした魔法生物『キリン』を制圧し、王都の安全に大きく貢献した」
よしよし。あれは正直僕だけの功績とは言いがたいけど、そのあたりはこの際置いておこう。
「加えて、精神錯乱状態にあったゴードン・バグズを制圧し、王都の治安維持に大きく貢献した」
あ、それも功績に加えてくれるんだ。……あの時自分が何をしたか、正直あんまり覚えてないんだけど。
ともあれ、褒めてもらえるポイントはこの4つだろう。良い感じじゃないか。どういう計算になっているかは分からないけど、これなら本当に50万
「さらに、最も特筆すべき活躍として」
え?
「生物兵器
ん……んん? いやあれはキリン制圧のついでというか……。というかなんだ、この項目だけやたら褒め言葉が壮麗じゃないか?
「よってその功績を称え」
困惑する僕をよそにランバーン第一王子は淡々と言葉を紡ぎ、
「フィート・ベガパークにクラウゼル国家勲章を授与し、1000万
「えっ」
「なっ……!」
えっ。
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