後始末

第1話 論功行賞①

「お、フィートか。ずいぶんひどい目に遭ったらしいな」

「ハスターさん。お久しぶりです」


 あの激動の感謝祭の日から1週間ほどが経過したある日、僕は呼び出されて王宮にいた。

 なんでもエルフキャット捕獲大作戦、キリン騒動、管理局の収容違反あたりについての論功行賞をまとめて行うらしい。


 いま僕は、王宮公会堂横の控え室にいる。

 わりと早めに着いたんだけれども、先客がいた。ハスターさんだ。


「そちらの方こそ、大変だったみたいですね。収容違反があったとかで」

「おー、よく知ってるな。……まあそりゃ知ってるか。こんだけ話題になってりゃな」

「ええ、まあ。王都中が管理局の話題で持ちきりですからね」

「はは、俺は新聞の定期購読をやめたよ。毎朝ひたすら自分たちへの悪口を読まされるのはさすがに堪えた」


 いま王都は、管理局バッシング一色だ。

 まあ無理もない。植物園の火災から始まり、魔法生物の収容違反、職員による放火と暴行。あまりにも不祥事が続きすぎた。

 特にもともと王政への敵意が強い自警団の広報誌あたりは、ここぞとばかりに連日管理局叩きを続けている。


「……そういえばフィート。憲兵団からの聞き取りで、なかなか余計な報告をしてくれたらしいな」

「え? ……ああ、『いずれかの国で魔法生物に指定されている生物のうち、管理局に未収容のものを高額で買い取る』という管理局の不用意な公募が蠅の女王ベルゼマムの流入を招いたと思われる……ってやつですか」

「そうだ。報告を受けたときは肝を冷やしたぞ。ただでさえ管理局が苦境に置かれているのに、この上キリンの暴走まで俺たちのせいだなんてことになったらもうおしまいだ」


 と言われてもなあ。


「いやまあ、事実は事実ですから」

「……変わらんな、お前は。ただ今回の件に関して言えば、事実は事実じゃなかった」

「え?」

「お前の報告を受けて憲兵団が調査に当たったんだがな。お前が言うような、生物兵器の持ち込みを誘発するような公募内容は確認されなかった。公募の文言は単に『管理局に未収容の魔法生物を高額で買い取る』だけだったそうだ」

「……本当ですか? もしかしてアルゴ局長がもみ消してたり……」

「商人ギルドの内部資料まで確認したんだぞ。そこを改ざんできるような権力、管理局の局長なんかにあると思うか?」


 まあ、それは確かに。ならピーターさんの記憶違いだったんだろうか。

 ……それはそれで、王都に蠅の女王ベルゼマムがいた理由がわからなくて不気味だな。誰がなんの目的で持ち込んだだろうか。


「ま、今回は誤解で済んでよかったがな。できれば今後、管理局叩きを誘発するような発言は控えてもらえるとありがたい。なんせ今後、俺が管理することになる組織だ」

「はあ……。え? は、ハスターさん、局長になるんですか?」


 さらっと言うので一瞬聞き逃しそうになった。


「当然なるだろう。植物園の一件で、まず間違いなくアルゴは局長を下ろされる。その代わりができる人間が俺以外にいるか?」

「……ん~。まあ確かにそう言われると、他に候補になりそうな人はいませんね」


 ルルさんはちょっと局長向きの人材じゃないし、そもそもつい先日まで入院していた身だ。ゴードンはどういうわけだがいま入院中で、なぜかほとんど廃人のような状態になっているとか。一般職員で優秀な人間がいたとしても、一足飛びに局長というのはちょっと無理のある話だ。


「混乱の只中にあった管理局において局長代理を務め、非常事態においても最低限の被害で収めた。在任中に収容違反があったことはマイナスに働くだろうが、それでも差し引きでは十分な仕事をしたと言えるはずだ」

「まあ、そうかもしれませんね。……ああ、もしかしてそれでこんなに早くに待機してるんですか? 今日ここで局長に任命されると思っているから」

「む……なるほど。自覚はなかったが、無意識に張り切っているのかもしれんな」


 僕が在籍していた頃から、ハスターさんの出世欲は凄かったからなぁ。

 ついに念願の局長就任となれば張り切って当然だろう。……なんでそんなに局長になりたいのかは知らないけど。


「……ずいぶんと楽しそうな話をしているな」


 不意に、控え室の出入り口から声が聞こえた。

 振り返るとそこには、恰幅のいい初老の男が立っていた。アルゴ・ポニークライ現魔法生物管理局局長だ。


「……これは、アルゴ局長。聞こえていましたか」

「聞こえていたとも、若輩者の誇大妄想がな。お前が局長だと? ……ふん、バカバカしい。今日の論功行賞を楽しみにしておくといい」

「どういう意味です?」

「くく……。あの日お前が私を殴ったこと、気付いていないとでも思ったか? 貴様の狼藉はすでに人事局に克明に報告している。今日貴様が受けるのは局長の就任辞令などではない。上司への暴行に対する懲戒処分だ」

「なんのことでしょう。あの日局長は、火傷の後遺症で倒れられたんですよ。どうやら記憶が混濁しているようですね」

「ふん。余裕の態度を取っていられるのも今のうちだ。すぐに貴様は自分の愚かさを思い知るだろう……」


 アルゴさんはそう吐き捨てると、奥の方の座席にどっかりと腰を下ろした。

 ……座る途中で僕とすれ違ったけれども、特に何も言われなかった。意外だな。嫌味のひとつでも言われるかと思ったんだけど。


「すみません、遅くなりました!」

「時間内なんだから謝ることないって……。あ~~、てか久々の職場への通勤路、マジで憂鬱だった……」


 アルゴさんに続いて、さらにふたりの管理局職員が姿を現わした。

 ひとりはルルさん。もうひとりは……知らない職員だ。声にちょっと聞き覚えがある気がするけど。


「失礼するぜぇ~~。……お? フィートフィートフィートじゃねえかお前よぉ~~! 久しぶりじゃねえか! ちょっとは冒険者ギルドにも顔出せよなぁ~~」

「ガウスさん! お久しぶりです。すみません、いろいろと忙しくてなかなか暇が……」

「ああ~~? 忙しいのかぁ。そいつは良いことだ。ならしょうがねえなぁ~~」


 ちょっとお久しぶりのガウスさんもやってきた。管理局の収容違反を収拾したのは冒険者ギルドだそうなので、その関係で呼ばれているのだろう。


 そして。


「やあやあ、みんなおそろいで! ちゃんと全員時間内、優秀だね!」

「王太子殿下!」

「うん。全国民の愛を一身に受ける、かっこよくて素敵な王太子殿下さんだよ」


 ハルトール王太子もやってきた。


「今日の通達は王太子殿下がやるんですか?」

「ん? いや、違うよ。外部への論功行賞はお父様……国王の仕事。今は国王が病気で伏せってるから、第一王子のランバーン兄様が担当することになるだろうね」

「あ……そうなんですか」

「ちなみに内部職員への辞令公示は本来人事局の仕事なんだけど、今回はまとめてランバーン兄様がやるみたいだよ」


 へえ、とうなずきながら、僕の頭にはちょっとした疑問が浮かんでいた。

 通達の担当はランバーン第一王子。……だったらどうして、ハルトール王太子はここにいるんだろうか?


「準備が整いました。公会堂にお進みください」


 僕の疑問をよそに、公会堂に続く扉から案内係の兵士が呼びかける。


 ……まあいいや。おのおの思惑は渦巻いているみたいだけど、僕はたぶん褒められるし。

 できれば褒められるだけじゃなくて、いくらか報奨金でももらえると嬉しいな。……いや真面目な話、いま僕には本当にお金が必要なのだ。カフェの再建のために。


 そんなことを考えながら、僕は公会堂へと進んだ。

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