第32話 今度こそ一件落着
「あははははっ!! あはっ! 燃えろよ燃えろぉ!!」
ゴードンは周到だった。まずは油を家の周りにばらまいて、しかるのちに炎を放っていた。
デザートムーンたちは比較的早い段階で炎に気付けたが、それでも察知の段階で炎は家の周りを囲うように燃えさかっていた。
とはいえ、だ。デザートムーンとナイトライトの魔法のレパートリーには、水の魔法球も入っている。燃えさかるカフェから脱出するというだけならなんとでもなるだろう。
問題なのは、
「あはっ。あっ、あはははははっ! 出てこいよクソ猫……俺がぶっ殺してやるよ! あはっ! あははははははっ!!」
カフェの周囲から聞こえる、狂気じみた笑い声だ。
カフェ周辺を歩き回るゴードンの抑えきれない狂気が、デザートムーンたちの行動を抑制していた。
そうしている間にもどんどんと炎は広がっていく。
やがてゴードンの笑い声が聞こえなくなった頃には、カフェは完全に炎に包まれていた。
「く……くくっ……」
そして笑い声が聞こえなくなったのは、ゴードンが去ったからではない。
ゴードンはカフェの出入り口の扉近くで息をひそめて待ち構えていた。窓などの扉以外の脱出経路がすべて炎で塞がったことを確認し、唯一火勢が弱い地点で直接デザートムーンに手を下そうとしていたのだ。
加えてゴードンは、家の側面の窓の近くの炎にも注意を向けていた。仮に窓の近くの炎が水魔法でかき消されるようなことがあればすぐに気付いて駆けつけることのできる、盤石の布陣だった。
「い……いひっ、ひっ! いひひ……」
ゴードンの表情は歪んだ憎悪と復讐の喜びに満ちていた。
もしもゴードンとデザートムーンが正面切って戦えば、間違いなくデザートムーンが勝つことだろう。だが、火事の中から脱出するという余裕のないシチュエーションに、想定外の不意打ちを受けたとすれば。
攻撃力はエルフキャットとしてもずば抜けているデザートムーンだが、耐久力は一般的なネコとなんら変わらない。ゴードンの一撃で、頭蓋を砕かれないという保証はなかった。
しかし。
「……ちっ。出てこねえな」
結局のところ、ゴードンがデザートムーンたちを発見することはなかったのだった。
●
『きゃんっ! きゃんっ!!』
『みゅ~~~……』
『みゃう!』
デザートムーンたち3匹は、カフェから少し離れた通りを3匹でうろついていた。
結論から言うと、デザートムーンたちは窓から脱出していた。
「窓は炎に包まれていて、水魔法で炎を消さないと脱出は不可能」とゴードンは結論づけた。が、それは少しばかり早計だったのだ。
『きゃんっきゃんっ!!』
『幻燈』。ファイアフォックスが脅威を感じたときに発する、幻の炎。
カフェが炎に包まれていることに気付いたとき、レイククレセントの体からこの幻燈が放たれていた。……炎という脅威に幻の炎で対抗するというのも間抜けな話だが、ファイアフォックスはこれ以外に自衛の手段を持たないのである。
だがともかく、今回に限ってはそれが功を奏した。幻の炎が窓を覆い、ゴードンはそれを見て窓からの脱出は不可能だと結論した。実際には、炎に焼かれずに脱出する細い経路が残されていたにもかかわらず。
そしてレイククレセントにとって幸運なことに、その場にはデザートムーンとナイトライトがいた。
エルフキャットは、魔力の匂いにきわめて敏感な種族である。
それはつまり、魔法によって生み出された幻の炎と、ゴードンのマッチによって生み出された本物の炎を見分けることができるということだ。
レイククレセントが作り出したか細い脱出経路を、デザートムーンとナイトライトが発見する。
こうして彼らは、ゴードンという悪鬼に見付かることなく燃えさかるカフェを脱出したのだった。
「ひっ!? え、エルフキャット! エルフキャットがあんなところにいるわ!」
「あれ……? おいあれ、例のカフェの猫じゃないか?」
「あ、ほんとだ。デザムーちゃんじゃん。かわい~!!」
「おやおや……管理がなってないですね。こんな町中にエルフキャットを野放しにするなんて……」
通行人たちの注目が3匹に集まる。
ナイトライトとレイククレセントは若干居心地悪そうに体を縮こまらせている。
対照的に、デザートムーンは堂々たる歩き姿で往来を闊歩していた。人間の注目を浴びるのは嫌いではなかった。
……そのまま、少し歩いたあと。
不意に、デザートムーンとナイトライトの足が止まった。
2匹は素早く身を翻し、同じ方向を見やる。
「あれ? ……なに見てるんだろ、あの子たち」
「さあ。幽霊でも見てるんじゃないか?」
2匹が見ていたのは幽霊ではなく、突如として出現した圧倒的な魔力だった。
強大で、猛り狂っていて、それでいてどこか懐かしさを感じる魔力。その魔力に引きつけられるかのように、2匹はいっせいに駆け出した。
『きゃんっ!?』
レイククレセントが慌てて追いすがる。
もちろんデザートムーンたちは気付いていなかったわけだが。突然現われたその魔力は、魔力を封じるペンダントが外れたフィートの体からあふれ出したものだった。
●
「……よくわからないけど、デザートムーン。お前のおかげでこの世界に帰ってこられた気がするよ。ありがとう」
『みゃ~~~』
僕は胸の上に乗ったデザートムーンの背を撫でる。デザートムーンは目を細めて体を丸くした。
かわいい
その光景を見て、ルルさんがため息をつく。
「……仲、良さそうだね」
「え? あ、はい。デザートムーンとはもうだいぶ長い付き合いになりますし。自分で言うのもなんですが、かなり仲は良い方だと思います」
「ふ~~~~~ん。そうなんだ。ウチを病院送りにしてくれたエルフキャットとそんなにナカヨシなんだ、フィート君は……」
「あっ」
忘れてた。
「や、その。たぶん猫違いですよ。いやあ偶然ですねぇ、たまたま毛と瞳の色が同じエルフキャットがルルさんを襲っただなんて……」
「いやまあ別に気にしてないけど。ウチは復讐に燃えるほど勤勉なタイプでもないし……」
「あ、そうですか。それはよかった。なんだ、ならもっと早く本当のことを話していればよかったです」
「やっぱ猫違いじゃないじゃん」
ハメられた。誘導尋問だ。
「てか他にもっと気になることが多すぎて、実際わりとどうでもいいな……。なんかキミはウチが助けるまでもなく助かってるし、むしろゴードンの方が気を失ってるし、あとキミの家らしき場所がめちゃくちゃ燃えてたし。あの通信からまだ10分そこらだよ。なにをどうやったらこうなんの……」
「いや、正直僕もさっぱりなんですが」
「じゃあもう誰にもわからないじゃん」
ルルさんがため息をつく。
……というか冷静に考えて、本当にこの人はなんでここにいるんだろう。
さっき僕を助けに来た、みたいなことを言ってたけど。……あの怠惰の擬人化みたいな存在であるルル班長がわざわざ病院を抜け出して僕を助けに来るなんて、ちょっと想像しづらい状況だ。
そのあたりのことを聞いてみようとしたところで、僕はあることに気付いた。
「……あっ、ルルさん」
「なに?」
「たぶん僕、また気失うと思います」
「は?」
どうも思考が回らないと思ったら、やっぱり体力に限界が来ていたらしい。
徐々に意識が薄れていく。胸に感じるデザートムーンの体温が心地良い。
「……え? マジなの? っちょ、勘弁して……。せめてこの状況の収拾付けてから気絶してほしいんだけど……!」
申し訳ないが、それは無理そうだ。
『みゃ~~』
「おい! 憲兵団になんて説明すればいいんだよ! 正直ウチもこの状況、まったく整理できてないんですけど!!」
おやすみなさい。
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