第31話 踊る猫、転がる水晶玉
カフェ『desert & feed』で、デザートムーンは踊り狂っていた。
『みゃ! みゃぅ! みゃ! みゃあ! みゃ! みゃ! みゃ!』
ステップ。ステップ。ジャンプしてターン。
その見事な踊りっぷりに、周囲で見ていた数百人の観客が歓声を上げる。
『みゅ~~~!』
『きゃんっ! きゃんっ!』
「ごはんだよ! ごはんだよ!」
「課金します! 課金します!」
「お~い……」
観客にまじってナイトライト、レイククレセント、フィート、ルイスも嬉しそうに叫んでいる。彼らもデザートムーンの踊りっぷりを褒め称えているのだ。
『みゃ! みゃん! みゃ~! みゃお! みゃ! みゃ! みゃ!』
ステップ。ステップ。ジャンプして空中でまたジャンプ。
そしてデザートムーンはフィートの頭にすたっと飛び乗り、見事なポーズを決めてみせた。
「1グループにつき1回、無料でおやつをあげられます!!!!」
フィートが誇らしげにそう叫ぶと周囲の観客は歓声をあげ、いっせいに煮干しを差し出してくる。
「お~い……。お~~い……!」
「課金します! 課金します!」
『みゃぅ!!』
「お~いってば……。聞こえてないのかなぁ……」
ふとデザートムーンは、歓声の中に聞き慣れない声が混じっていることに気付いた。
「……はぁ。ウチ、なんでこんなことしてんだろ。別にウチに関係ない話なのにさぁ……」
それは決して聞いていて心地のいい声ではなかった。
たしか以前に聞いたことのある声だ。
あれはそう、さびれた工場が建ち並ぶ場所……
●
『みゃう!』
デザートムーンはがばっと飛び起き、フィートのベッドから床に素早く着地した。
そう。夢の中で聞こえていたのは間違いなく、廃工場帯で戦った人間の女の声だった。
「あ~~……。なんかめんどくさくなってきたな……。もーいいか……」
『みゃ!』
デザートムーンは声の聞こえてきた方に跳びかかる。
が、そこに女はいなかった。代わりにフィートが置いていった水晶玉が、デザートムーンに押されて少し転がった。
「……あ、水晶玉の座標が動いた。じゃあやっぱそこにいんじゃん……」
『みゃ?』
その水晶玉には、やはり以前にデザートムーンと戦った女の顔が映っていた。
ちなみにデザートムーン側の水晶玉は通信魔法を起動しておらず、デザートムーンの映像や音が水晶玉の向こうに通じることはない。いかにエルフキャットが多彩な魔法を操るとはいえ、水晶玉用の通信魔法はさすがのデザートムーンも会得していなかった。
「ま~出たくなかったら出なくていいけどさ……。こっちの声は通じてんだよね? ……ゴードンのやつがあんたとあんたの猫を狙ってるかもしんないから、戸締まりはちゃんとしといた方がいいよ」
『みゃあ?』
「別にウチには関係ないことなんだけどさ……。寝て起きたらやたら王都が騒がしいし、ちょっと心配になったから警告だけしとこうと思って。そんだけ」
『みゃぅ』
それはわりと重要な連絡ではあった。
が、当然ながらその言葉はデザートムーンにはさっぱり理解されなかった。デザートムーンは水晶玉をころころと転がして遊んでいる。
「……なんかさっきから、やたら水晶玉の座標が動くね。そっちから通信は繋げてくれないくせに……」
『みゃ』
「……いや、違うか。もしかして、通信魔法を繋げない状況にいるとか……?」
そしてすれ違いは、なぜか徐々に大きくなりつつあった。
『みゃ~~?』
「……まさか、警告が遅かった? 既にゴードンに拘束されてほとんど身動きが取れないとか」
『みゃん』
「……通信魔法を使える状況じゃないから、体を揺らすとかして水晶玉を転がして、自分がそこにいることをアピールしている……?」
『みゃう! みゃ!』
「……フィート君。もしウチの言ってることが正しいなら水晶玉を1回、間違っているなら2回転がして」
このあたりで水晶玉転がしに飽きたデザートムーンはぺしっと水晶玉を払いのけて1回だけ転がし、そして再びベッドの上に戻った。
「……1回。やっぱりそうなんだ。う~わ、めんどくさい場面で通信しちゃったな……」
『みゃ?』
「……ま~~、さすがに状況を知ってて何もしないのは寝覚めが悪いし。憲兵団に連絡くらいはしといたげるよ……」
デザートムーンが転がした水晶玉は、偶然床で眠っていたレイククレセントにごちんとぶつかった。
『きゃんっ!?』
レイククレセントが飛び起き、その拍子に水晶玉はさらに転がる。
『みゅ~~!?』
そしてその水晶玉はベッドの脇で眠っていたナイトライトに命中し、飛び起きたナイトライトによって再び転がった。
「……2回転がった。否定のサイン。憲兵団は呼ぶなってこと……?」
『みゃ!』
「……なるほど。ウチの言葉に反応できている状況を考えると、ゴードンは今その場にいない。つまりどこか別の場所で、誰かがお店に近付いてくるのを見張っている。そんな状況で憲兵団が大人数で押し寄せると、捕まっているフィート君に危険が及ぶってコトね……」
『きゃんっきゃんっ!!』
『みゅ~~!!』
ルル・マイヤーは怠惰ではあるが、決して頭の悪い人間ではない。
頭が悪くないゆえに、不可解な状況に対しても合理的な説明を想像できる。そしてその能力ゆえに、勘違いは加速していた。
「……状況は理解したけど。でもじゃあどうすんのさ~~。……少人数での人質救出作戦なんて特殊な任務、まともにやれるのは天馬部隊くらいだろうけど。でもいま天馬部隊は異常に忙しそうだし、そっちに割ける人員はないと思うよ……」
『みゃ!!』
「……言っとくけど、ウチがやるってのはナシだからね。めんどいからって話じゃなくて。キミの命に責任持てないから~~……。フィート君だって、ウチに命預けるのなんてイヤっしょ?」
一眠りして小腹が空いたデザートムーンがエサ皿の方に歩く。道中に転がった水晶玉が前足にぶつかって転がった。
転がってきた愉快なオモチャにレイククレセントが飛びついた。水晶玉はさらに転がる。
「……はぁ~~? 本気? ウチに命預ける気? ……言っとくけど、ウチはそんな大した人間じゃないよ。戦闘魔法は多少使えるけど、それは人よりちょっと要領が良いだけ。本当に優秀な人間にはかなわない。知ってるっしょ? ウチはキミに信頼されるような人間じゃ……」
ルル・マイヤーが語るのをよそに、ナイトライトとレイククレセントの間で水晶玉転がしバトルが勃発していた。
『きゃんっ!』
『みゅ~~~!!!』
2匹の好奇心旺盛な魔法生物たちの間で、水晶玉が何度も往復して転がる。
「な、なに。そ……そんなに激しく否定しなくてもいいって」
『きゃんっ! きゃんっ!!』
『みゅ! みゅう!!』
「わ……わかった、わかったから。……キミがウチのことをそんなに信頼してくれてたなんて、意外だけど。もう気持ちは伝わったから。……ま、いちおう、ありがとね」
高速で往復を続ける水晶玉から、ルル・マイヤーの感謝の言葉が聞こえる。それはなかなか貴重な光景だったが、その貴重さを理解できる生物は残念ながらこの場にはいなかった。
「……はぁ。わかったよ。めんどいけど、元部下にここまで言われて動かんわけにもいかんしね~~……」
『みゃぅ……』
「キミのこと、ウチが助けに行くよ。……ま、多少はかっこいいとこ見せてあげる……」
その言葉を最後に、ルルからの通信は途切れた。
喜劇の時間は終わった。音が出なくなった水晶玉にナイトライトとレイククレセントは興味をなくし、デザートムーンは補充されていないエサ皿にがっかりしてベッドの上に戻った。
『みゃぅ?』
ところで。
ルル・マイヤーがゴードンの監視をかいくぐり、フィートを華麗に救出する……という場面が訪れないことはご存知の通りではあるのだが、しかしそれでも彼女が果たした功績は大きかった。
内容はほとんど意味をなさない通信ではあったが、少なくとも彼女の連絡は、デザートムーンたち3匹を遅めのお昼寝から目覚めさせることには成功していた。
ゆえに。
『みゅ~~!』
『きゃんっ! きゃんっ!!』
致命的なほどに火の手が広がる前に、デザートムーンたちは火事に気付くことができたのだ。
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