第30話 生暖かくてざらざらとした感触

「あ。おかえり、ルーク」

「お、フィート。なんだ、待っててくれたのか? お前もなかなかかわいいところが……」

「ううん。クロボタルの観察で起きてただけ。ホタルが逃げるから、あんま大きい声出さないでね」

「かわいくね~~。……ったく、この俺にそんな塩対応できんのはお前くらいだぜ? 今や俺は若き英雄としてどこへ行っても持て囃される。なんせこの間……」

「知ってるよ。史上最年少の12歳で魔王を倒したんでしょ」

「お、詳しいねぇ。キミ、俺のファンかい?」

「あんだけ何十回も聞かされたらさすがに覚えるって」


 頭が痛い。


「いやー、つっても俺はそもそも、あの程度のヤツが『魔王』なんて呼ばれてることに納得してないけどな。だってあれ、ただの一帯の魔物の王様だろ? 元現代日本人としては、魔王ってのにはもっと別格の存在であってほしいわけよ」

「その愚痴も聞き飽きたよ」

「いや、分かってんだよ。こっちの世界の言語と元いた世界の言語は英語以外共通していないわけで、日本語における『魔王』はこの世界の『魔王』とは別の単語だ。とはいえ、とはいえだ。『魔』の『王』だぜ? やっぱ勇者と対を成す最強の存在であっててくれなきゃロマンがねえよ」

「聞いたって。ていうか元の世界の概念を持ちだして愚痴られても、意味分かんないから反応に困るんだって」


 頭が割れるように痛い。


「……ん。ルーク、何それ。そんなペンダント持ってたっけ」

「ああ。これな、お土産。やるよフィート」

「え……。いらない」

「そう言うなよ。ただのペンダントじゃなくて、わりと強力な古代遺物アーティファクトだぞ」

「あーてぃ……?」

「おう。まあなんだ、魔力量にちょっとした影響を与える代物でな。……つーかな、お前が俺と一緒に村の外に出たいってうるせえからそれ手に入れてきたんだぞ。ちゃんと肌身離さず身に付けてろよ」

「え……。じゃあルーク、これを付けてれば一緒に行ってもいいの!?」

「すぐにはダメだ。それを付けて何ヶ月か経てば、魔力量の変化に体が慣れるはずだ。そうなったら付いてきていいぜ」

「やったぁ! ……あ」


 ここはどこだろう。僕は何をしているんだろう。

 分からない。


「さすがルークだ! いつも僕のことを考えてくれてる! こんな夜遅くまで、顔が見たくて帰りを待ってた甲斐があったよ!!」

「お~、建前を使うことを覚えたか。成長著しいな、フィート」


 ……いや、そうだ。

 これはかつての僕と、ルークとの間でのやり取り。夜の孤児院での一幕だ。


「ま、ぶっちゃけそこまで感謝されることでもねえよ。その古代遺物アーティファクト、貴重ではあるけど大して価値があるもんでもないからな」

「え。そうなの? なんで?」

「単純に使い道がないんだよ。魔力量をペンダントなんてもん、誰が好んで使いたがるんだ」

「僕とか」

「だからお前が例外なんだよ。制御しきれずに暴走しちまうほどの魔力量を持ってる人間なんて、他に聞いたことないぞ」


 覚えている。

 そうだ。僕はずっと、制御できないほど大量の魔力に苦しんでいた。

 だからルークが、多すぎる魔力量を制限するための古代遺物アーティファクトを僕にプレゼントしてくれたんだ。


「……というかお前、改めてほんとなんなんだろうな。異様に高い魔力に、あらゆる現代魔法体系から逸脱した魔法。俺と出会った時以前の記憶もない。マジで人間じゃないんじゃねえの?」

「いやいや、どう見ても人間でしょ。僕もだいぶ色んな魔法生物について勉強したけど、僕みたいな魔法生物なんてどこにも載ってなかったよ。逆に人間じゃなかったらなんだって言うのさ」

「……あー、そうだなぁ」


 ルークが首をひねって言う。


「それこそ、そうだ。俺が元いた世界でいう『魔王』ってのは、お前みたいなヤツのことを指してたもんだぜ」





 ゴードン・バグズは尻餅をついたまま、が近付いてくるのをただ眺めていた。


 フィート・ベガパークの形をしたそれが、一歩、また一歩と距離を縮めてくる。

 ゴードンの持つすべての感覚器官が言っていた。自分はもう、助からないと。


「あはははははっ!! あははははははははっ!!!」


 ゴードンは笑った。

 先ほどまであった高揚感などはみじんもなく、それでもゴードンは笑った。

 逃げようとは思わなかった。自分が今後行うあらゆる動作が自分の結末にかけらほどの影響も与えないことに、ゴードンは気付いていた。


「あはははっはははっ!!! あはははははははははっ!!!」


 ゴードンは笑う。

 そしてはゴードンの額に手を当てると、


『○罰{る+%P3*』


 と言った。





「俺が元いた世界でいう『魔王』ってのは、お前みたいなヤツのことを指してたもんだぜ」


 そうだ、覚えている。

 ルークの言葉に、僕は顔をしかめた。


「えぇ~……。やだなぁ、それ」

「あん?」

「だってその魔王ってヤツ、勇者の敵なんでしょ。ルークの敵になんてなりたくないよ、僕」

「ははっ! そりゃまあ、俺だってお前の討伐なんてごめんだよ」


 覚えている。

 覚えている。この後にルークが言ったことも。


「だからまぁ、フィート」

『みゃぅ!』

「少なくとも俺が死ぬまでの間くらいは、人類の味方でいてくれると嬉しいぜ」


 ああ、そうだ。


「いやまあ、そりゃそのつもりだよ。てか僕は人間だけどね」


 ルークとの約束を果たさなくては。


『みゃぅ!』


 乾いた世界の中にただひとつ、やたらと生暖かくてざらざらした感触があった。

 僕は必死でその感触をたぐり寄せる。


『みゃぅ! みゃぅ!』


 たぐり寄せる――――





『みゃぅ! みゃぅ! みゃぅ! みゃぅ!』


 目を開く。その動作ではじめて、自分が目を閉じていたことに気付いた。


『みゃう!!』

『みゅ~~!』

『きゃんっ! きゃんっ!』


 僕はどうやら地面に寝転がっているようだ。

 開いた目のすぐ前に、見慣れた赤い瞳があった。


「……デザート、ムーン?」

『みゃあ!』


 僕の胸の上に乗ったデザートムーンが、ぺろぺろと僕の顔を舐める。

 ……ああ、なるほど。さっきから感じていた生暖かい感触はこれか。


 まだぼんやりした意識の中で、僕はデザートムーン以外にも自分を覗き込む顔が3つあることに気付いた。


 黒い毛に金色の瞳。よかった、ナイトライトも無事だったんだ。

 黄色に近い茶色の毛に黒い瞳。よかった、レイククレセントも無事だったんだ。

 赤みがかった黒い毛に青い瞳。よかった、ルルさんも……え?


「……なんでルルさんがここにいるんですか?」

「さあ……?」


 ルル・マイヤー中危険度生物管理班班長は、むすっとした表情でそう答えた。


 さあ……と言われましても。

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