第28話 一件落着
正攻法でスケールスネークを攻略することは難しい。
まず厄介なのは、顔の周辺で常に発動している縮小魔法だ。急所を狙った攻撃は自動的にスケールダウンし、まともにダメージを与えられない。
また、縮小魔法で貯め込んでおいた岩などの物体を吐き出してくる攻撃も厄介だ。スケールスネークの喉には食道のほかにもう1つ管があり、その奥でこういった攻撃用の構造物を常に蓄えている。
そして真に脅威なのは、縮小魔法を自身に使って小さくなれることだ。
小指ほどの大きさになったスケールスネーク。見た目だけなら可愛らしいものだが、実は大きい状態よりもはるかに厄介だ。
なんせその小さな体は、常時発動している縮小魔法の範囲にすっぽり収まってしまっている。
大きい状態では自動防御は急所への攻撃しか防げないが、小さい状態なら全方位どこから攻撃されても無効化できてしまうのだ。
ゆえにあらゆる正攻法はスケールスネークに通じない。防御性能という面に関しては、スケールスネークは魔法生物の中でもトップクラスに君臨する。
「……のわりに、あっさり決着したねぇ」
「まあ、正攻法に限らなければ対処のしようはいくらでもあるからね」
たとえば。こうしてスケールスネーク周辺の気温を下げてやれば、あっさりと冬眠状態に入る。
どれだけ特殊な性質を持っていてもヘビはヘビ、変温動物であることに変わりはないのだ。
現在、僕らは倉庫にいた。スケールスネークと最初に交戦した場所で、いくつかの巨岩が転がっている。
キリンを無力化し、
スケールスネークの攻撃を避けながら、氷魔法で周囲の気温を下げる。簡単なことではなかったが、シルフィードの機動力のおかげでなんとかなった。もっとも、この戦いで僕の魔力は本当に完全に底を付いたわけだけど。
その後、シルフィードとスノウウイングが体の内外を往復し、中にいた全員を脱出させた。
さすがに馬車は運べなかったものの、キリンとルビーちゃんはしっかりと運び出している。もっとも、彼らを背負わされたシルフィードはだいぶ不機嫌そうにしているが。クレール隊長が奮発すると言っている高級にんじんが彼を満足させてくれることを祈ろう。
「なるほど、興味深いっすね。温度を下げるって手があったんすね!」
スケールスネークの様子を見ながらフレッドさんが言う。僕は首を傾げた。
「そういえば、フレッドさんたちはスケールスネークを輸送したんですよね。どうやって捕まえてたんですか?」
自分を小さくもできるし、首を動かせれば周囲のどこを縮小させられるか分かったもんじゃない。冬眠させる以外の方法では、スケールスネークを拘束し続けることは難しいはずだ。
「あー……えっと、オリジナルの拘束器具を作ったんすよ。こう、首の周りをぐるっと囲むような構造で、自動発動の縮小魔法のギリギリ範囲外のところに取り付けるんす。そうすると、スケールスネークが背丈を縮めようとすると拘束具が縮小魔法の範囲に入って首を締め付けるんで、小さくなれないんすよね」
「あぁ……。なるほど」
たしかに理論上、スケールスネークの拘束具として成立はしているか。
ただ、各部の大きさをかなり絶妙に調整しないと機能しないはずだ。……見てみたいなぁ、その器具。たぶんとっくにスケールスネーク自身に飲み込まれて胃袋の奥なんだろうけど。
「あの。フィートさん、クレールさん。管理局と連絡が繋がりました。あちらの方もおおよそ片付いたそうです」
「ほう。さすがはガウス・グライア。見事な手際だな」
水晶玉と格闘していたルイスから報告が入る。どうやら、管理局の方もなんとかなったらしい。
……スケールスネーク、キリン、
「……事後処理のことを考ええると絶望的な気分になるが、ひとまず一件落着だ。フィート、改めて礼を言わせてくれ。もはや部下でもない君に、また助けられたな」
クレール隊長がこちらに頭を下げる。
「あ、いえ。少しでも隊長に恩返しができたならよかったです」
「俺からも感謝する。あんたが来てくれなきゃ、俺とフレッドは今も胃袋の中だった」
「それにルビーのこともフィートさんのおかげでもっと知れたっす!」
『くぉ~~ん』
『にゃぁ!!』
「おぉ……いえいえ。それに関しては単なる成り行きですし、お礼を言われることでは」
ピーターさんとフレッドさんも頭を下げてくる。ルビーちゃんもそれに呼応するようにいなないた。
デロォンは今の話に特に関係がないので、なんとなく鳴いてみただけだと思われる。というかこの子に関してはこちらからお礼を言わなきゃいけないくらいだ。彼がいなければ、
……ともかく。どうやら、長い1日もようやく終わりらしい。
さすがに疲れた。デザートムーンたちも待っていることだろうし、はやく『desert & feed』に戻って体を休めることにしよう。
●
「は……ハスター局長代理!!」
魔法生物たちの鎮圧が完了し、少し弛緩した空気が漂う中。
なにやら慌てた様子で、ひとりの管理局職員が管理統制室に駆け込んできた。
「どうした。急ぎの報告か?」
「は……はい! あの、トマスの意識が戻りまして!」
「!」
トマス・キュカバ。低危険度魔法生物管理班所属で、管理統制室で気絶しているところを見付かった職員だ。傷跡を見るに、何者かに殴られて昏倒したようだった。
魔法生物たちの収容室のロックは、この管理棟性質から解除されている。つまり。おそらくトマスを殴った人間こそがこの収用違反を引き起こした人物であるということになる。
「それで、証言はできる状態なのか? 殴った人間の顔は見ていたか?」
「は……はい! 殴った人間の顔ははっきりと見たそうです。でも、その……それが……」
「さっさと言え」
「は、はい! ご、ゴードン・バグズ。低危険度魔法生物管理班のゴードン班長が、その、犯人であると!」
管理統制室にいた職員にざわめきが広がる。
それは意外な名前ではあったが、どこか納得感もあった。収容室のセキュリティの解除方法を知っている人間はかなり限られてくる。ゴードン・バグズはそのうちの1人だった。
「……バカだバカだとは思っていたが、ここまでとはな。即刻憲兵団に連絡しろ」
「は……はい!」
慌てて駆け出していく職員を見送りながら、ハスターは不吉な予感に駆られて水晶玉に手を伸ばした。
「はい! こちら冒険者ギルド、ルイスですが!」
「管理局のハスターだ。フィート・ベガパークは近くにいるか?」
「あ……いえ。フィートさんとは少し前に分かれました。『desert & feed』に戻られるそうですが。どうかしましたか?」
「……いや、いいんだ。なんでもない」
通信魔法をオフにする。
今度は『desert & feed』付近に魔力探知をかけ、見付かった水晶玉に通信魔法を使う。
「おい、フィート。聞こえるか? 聞こえたら応答してくれ」
……しかし、返事は返ってこなかった。
おそらく、単にまだ帰っていないだけなのだろう。ハスターはそう自分に言い聞かせるが、不吉な予感はなかなか拭えない。
その後もしばらく、ハスターは水晶玉の向こうに呼びかけを繰り返した。しかし結局、フィートから返事が返ってくることはなかった。
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