第27話 フィートvsキリン
魔法生物管理局の公募に端を発し、ついに王都全体の危機にまで発展した感謝祭の騒乱。
のちに終戦後最悪と称されたこの事件における、最大の被害者は誰だろうか。
そう、キリンである。
『――――――――』
深奥幽玄なる秘境にて静かに暮らしていたキリンは、ある日突然武装した傭兵の集団によって拘束された。何もわからないまま物のように馬車に放り込まれ、ろくに食事も与えられずに何日も過ごした。
そのあと突然放り出されたのは、元いた場所とは似ても似つかない場所だった。人工物が立ち並ぶ王都の町並み。夜の王都を必死で駆けたキリンはやっとのことで体を休められそうな森林地帯を見付け、そこで夜を明かした。
それからしばらく、キリンは人目を避けて果樹園の中で暮らした。これまでのいきさつで、キリンは人間に対して恐怖心を抱くようになっていたからだ。幸い(キリン自身は知る由もないことだったが)そこは世界有数の規模を誇るマイレア家の果樹園帯であり、豊かに茂った緑とその広大な敷地面積はキリンの体を隠すのに十分なものだった。
食べる物には困らない、だが日々人間に見付かることに怯える日々。
そんな日々に、あるとき変化が訪れた。
ただし。
『――美しき一角獣よ。君に贈り物があるんだ』
その変化は、決して好ましいものではなかったが。
ある日突然目の前に現われた仮面の男。キリンが身を隠す暇すらなかった。
その男が手に持った瓶の蓋をひねり開けると、中から黒い霧があふれ出した。
……そのあとの記憶は、うっすらとしか残っていない。
ただそう。衝動のまま自身の持つ力を思う存分に発散した、爽快な記憶の残滓だけがキリンの中にあった。
その後も定期的に黒い霧はキリンを覆い包んだ。そのたびにキリンは力を発散し、天候を動かす。
霧に包まれて己の力を振るうその間だけ、キリンは人目を避けて隠れ潜む哀れなケモノではなく、秘境を駆ける霊獣に戻ることができた。黒い霧の発生源が自分のたてがみの中に隠れ潜む巨大な蠅であることには気付いていたが、それを排除しようという気にはならなかった。
霧によって与えられる力は日ごとに大きくなっていった。
小蠅たちによってあふれ出たキリンの魔力を吸収した
そして、仮面の男はふたたび姿を現わした。
『力は十分に溜まったかい? ……さあ、復讐の時だよ』
その日の黒い霧は特別に濃厚だった。
あふれる破壊衝動に突き動かされるように、キリンは空を駆け上がる。
『――――――――――』
そして、空から氷塊が降り注いだ。
●
「あばばばばばばばばっ」
「あまり口を開かない方がいい。舌を噛むぞ」
『ぎゅるおおぉ~~~ん!!』
そしてキリンは今、真っ暗な空間……蛇の胃袋を駆け下りていた。
なぜ自分はこんなことをしているのだろうか、とキリンは霧に覆われた頭でぼんやりと考える。
市街を破壊し、人を傷付け、今も手負いの兵士にとどめをささんと必死で駆けている。
こんなことがしたかったわけではないのに。人間への恐怖と怒りは確かにあった。力を振るうことに快感を覚えていたことも事実だ。
だが。無差別に破壊を振りまき、逃げる相手を執拗に襲う。こんなことはキリンの本意ではなかった。
「っ、く、クレールさん! あれ!」
「……ああ!」
眼下の2人が何かに気付いたようだ。
そしてキリンの目にも、それは写った。暗闇の中にぽつんと見える光。馬車の中に置かれたランタンが。
「クレール隊長! こっちです!」
「み……見えない。隊長、どこですか!?」
「『光の球体』。ロナ! フィート! こっちだ!」
ぼんやりとした光がキリンの眼前で灯る。銀髪の戦士が魔法を使ったらしい。
これまで誰も乗せずに飛んでいたくすんだ色のペガサスに、2人の人間が飛び乗るのが見えた。
「シルフィード! 待たせてごめんね! あとでにんじんあげるからね!」
『ぎゅるおぉお~~ん!!』
「悪いけど、にんじんの前にもうひと働きだよ」
「わかってるって!」
そして2人を乗せたペガサスは、身を翻してキリンに向かってくる。
どうやら彼らは、逃げるだけで終わるつもりはないようだ。
「気を付けろ、ふたりとも! そいつ、巨大な氷の塊を大量に降らせてくるぞ!」
銀髪の戦士が叫ぶ。
その言葉の意味が理解できたわけではないが、キリンは上方に魔力を送る。今日何度も使った、巨大な氷塊を雹として降らせる魔法だ。
だが。
「いえ、大丈夫です。ここではその魔法は使えません」
「な……」
「雷雨にせよ雹にせよ、キリンの天候操作は気温の低い上空に雲を発生させるところから始まります。でもここはヘビの胃袋の中。雲を発生させられるほど温度が低い場所はありませんよ」
理由はキリンにはわからなかったが、どうやら雹は発生しないらしい。
ならば、とキリンは前方の天馬を直接攻撃することにした。
氷魔法で直接作った氷塊。電気魔法で発生させた電撃。風魔法で巻き起こす鎌鼬。雹によるものほど密度は高くないが、それでも暴走する魔力に裏打ちされた強烈な連撃だ。
が、当たらない。
天馬の動きが速すぎる。視界が悪い中でも的確に翼をはためかせ、次々と降り注ぐ攻撃を回避していく。
「いえーーい!! きもちいーー!!」
『ぎゅるぉおおぉ~~~ん!!!!』
「楽しそうでなにより」
この段階でキリンは察知した。
どうやら自分の力では彼らを止めることはできない。先ほどの銀髪の戦士と同じように、彼らは自分のすぐそばまで肉薄することだろう。
『――――――』
ダメだ。
それは、ダメだ。
先ほどの光景を思い出す。銀髪の戦士が、仲間の人間に集団で攻撃される場面。
暴走する魔力に脳を冒された状態でもなお、キリンはその光景に本能的な嫌悪感を覚えていた。
天馬が翼をはためかせ、こちらに近付いてくる。
やめてくれ。
こっちに来ないでくれ。
こっちに来たら、また。またあの黒い霧が現われて、全部ぐちゃぐちゃにしてしまう。
ダメだ、こっちに来ないでくれ―――
「『液体操作』」
『にゃ~~~~ん!!』
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
いや、霧のせいで思考力が落ちているせいではない。そんなことを抜きにしても、まったく意味がわからない光景だった。
つまり。天馬に乗った男が瓶を開いたかと思うと、そこからにゅるんと猫がこぼれだし、さらにその猫がびよんと伸びた状態でこっちに飛んできたのだ。
『――――――!?』
『にゃぁ!!』
戸惑いのあまり一瞬動きを止めたスキに、猫はキリンのたてがみのまわりにマフラーのように巻き付いた。
「どんな特殊な性質を持っていようが、小蠅は小蠅だからね。水中に放り込まれたら溺れることしかできない。つまり、発生源である
『―――――』
天馬に乗った男が、キリンの角に触れる。
「ちょっと手荒になっちゃうけど、ごめんね。『●×#P*+ぅ』」
『――――
そして、キリンの意識は途切れた。
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