第26話 かけっこ
「いや、てか冷静に考えて」とルイスは指摘した。「キリンを指定の地点に誘導するってめちゃくちゃ難しいと思うんですけど」
実にもっともな指摘だった。
「厳密に言うと誘導すること自体は難しくない。キリンは私を敵視しているから、私がその指定の地点に向かえば付いてくるはずだ。難しいのは、我々がそこまで生きてたどり着くことだな」
「フィートさん、さらっと難題を押し付けていきましたね……」
「ま、キリンを倒せないなら倒せないなりに、そのくらいのことはやれってことだろう。信頼の表れととらえておくさ」
キリンは相変わらず距離を取ったままクレールのことを観察している。
だが徐々に距離を詰めてきてはいるし、その詰め方も大胆になってきていた。暴走する魔力に冒された頭でも、そろそろ気付いてきているのだろう。先ほど自分を追い詰めた銀髪の戦士には、もはや戦う力が残されていないことに。
「でも現実問題、どうするんです? 走って逃げても絶対すぐ追いつかれますし……。あ、シルフィードに乗って向かいます?」
「いや、それは無理だ。シルフィードの飛び方はちょっと特殊でな。ロナ以外にこいつは乗りこなせないんだ」
『ぎゅるぉお~~ん!』
「えぇ~~……。なんか誇らしげにいなないてる……。でもそれじゃ、もうどうしようもないんじゃ?」
「いや。スノウウイングがまだ無事でいる。今は身を隠しているが、タイミングを合わせてこちらに飛んできてくれれば飛び乗って逃げられるはずだ」
スノウウイング。
ペガサス種としても珍しい、目に痛いほどの純白の翼を持つ天馬。クレール・ブライトの無二の愛馬である。
「あ……。そういえばさっき鳴き声が聞こえたような。な、なるほど。隠れているスノウウイングにこっちに来るように合図を送るんですね」
「合図? いや、そういうものは特に決めていないな」
「えぇ~~……。そ、そうなんですか? なんかこう、軍隊って戦場で連携が取れるように細かい合図とか決めてるイメージでしたけど」
「まあ、そういう隊もあるな。というかそういえば、うちの隊でも口笛で愛馬に合図を送ったりする奴は多いな」
「じゃあクレールさんも決めといてくださいよ!?」
クレールは首を横に振る。
こちらの指摘は、『実にもっともな指摘』とは言いがたかった。
「いや。私は合図を決めない。というか、決める必要がないんだ」
「え?」
「君だってほら、コップを掴むときに右腕に合図を送ったりしないだろう? それと同じだよ」
がごん! と何かが崩れる音がした。
先ほどキリンが降らせた氷塊で崩れかけていた家の屋根が、なにかのきっかけで倒壊したのだ。空でステップを踏むキリンの注意が、一瞬そちらにそれた。
その瞬間。家屋の間を縫うように現われた白い影が、地表すれすれを一閃した。
「え……」
「合図するまでもなく意思を同じくする我が半身。だから彼の名は、
『きゅるおぉぉぉ~~~ん!!!』
一瞬、ルイスには何が起きたのか理解できなかった。ただいつのまにかクレールに抱きかかえられていた彼女は、スノウウイングの背にまたがって次々に流れていく景色を見ていた。
『―――――――――』
『ぎゅるぉおぉ~~~ん!!!』
「えっ? えっ?」
「ところでルイス君、きみには道案内という大事な仕事があるんだが」
「えっあっあっえっつぎ右です!!」
「よし、優秀だな」
クレールが何か合図したようには見えなかったが、それでもスノウウイングは次の角を右に曲がった。
そのすぐうしろをシルフィードが追いかけ、さらに後方をキリンが駆ける。
キリンとペガサスなら、本来飛行速度はペガサスの方が速い。
はずだった。だが実際のところ、キリンとスノウウイングの差は少しずつ縮まってきている。
「く、クレールさん! 追いつかれ、つぎ左です! そのつぎはふたつめの角を右!」
「スノウウイングには2人分の体重が乗っているし、キリンの脚力もおそらく強化されているからな。……ま、フィートが指定した地点までに追いつかれないよう祈ろう」
雷雨の中、2匹の天馬と1匹の一角獣が駆ける。
ただ一心に、蛇の胃袋を目指して。
●
「うおっ!?」
「きゃああっ!?」
突然胃袋世界がぐらりと動き、重力の向きが変化した。
馬車の屋根が上を、車輪が下を向いている。
……まあつまり、正常な状態に戻ったと言えなくもない。もっとも屋根が相変わらず胃壁に突き刺さっていて、宙ぶらりんの状態であることに変わりはないけど。
「な……なにこれ? 世界、壊れた?」
「単純にスケールスネークが動いたんだよ。ほら、ここって胃袋の中だからさ。スケールスネークの体勢によって重力の向きは変わるんだ。これまではおそらく休眠状態でずっと向きが固定されていたんだろうね」
「あぁ、なるほど。……え? 休眠状態だったスケールスネークが急に動いたって、もしかして……」
「うん。おそらく、突然出現した外敵に対処でもしたんじゃないかな」
突然出現した外敵。
キリンが引き起こした雷雨の中、一般市民がうろちょろしているとは考えづらい。つまりこの重力変動は、クレール隊長がうまくやったことを示していると思っていいだろう。
「……それじゃ」
「うん。僕たちが滑り落ちていた時間を考慮すると……あと10分くらいかな」
僕とロナは上……上? さっきまで上だったけれど、今は左になった方に視線を向ける。
「もうまもなく、キリンがここに到着するってことだ」
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