第23話 雨と天馬と緊急ミッション

「……どうどう。どうどうどう」

『ぎゅるぉぉ~~ん……』

「お、落ち着いてね。にんじんはちゃんとあげるから、ゆっくり私に付いてきてね。お願いだから暴れないでね……」


 なんで私はこんなことしてるんだろう、とルイスは自問した。

 にんじんを体の前に突き出し、自分でも情けなくなるくらいのへっぴり腰で、うしろ向きに一歩一歩歩いて行く。

 降りしきる雨のせいで、受付嬢の制服はとっくにぐしょ濡れだ。メルフィさんに怒られる。この服、無駄に凝った作りで洗濯も手洗いにしなきゃいけないやつなのに。


『ぎゅるおぉ~~ん……』

「その、その鳴き声なんとかならない? なんかちょっと威圧的で怖いんだけど。『みゃぅ!』にしろとまでは言わないけどさぁ、せめてクレールさんのスノウウイングみたいに、『きゅるぉ~ん』くらいにしといてもらえると……」

『ぎゅるおおぉぉ~~~ん……』

「無理ですよね、スミマセン……」


 ルイスはいま、大柄なペガサス(シルフィードと言うらしい)をにんじんで釣って誘導しているところだった。

 このシルフィードを、フィートの魔力を探知した場所まで誘導すること。それがルイスが受注したミッションの内容だ。


 ……いや、そう。厳密には誘導して終わりではない。

 ルイスは十分ほど前のフィートとの会話を思い出す。


『そのペガサスを誘導すればいいんですね。誘導して、それからどうするんですか?』

『うん。そうしたらそこに巨大なヘビがいると思うから』

『はい』

『ペガサスと一緒に、そのヘビに丸呑みにされてほしいんだ』


 ……『依頼を受ける前に、内容をよく確認してください』というのは、血の巡りの悪い冒険者たちにルイスが幾度となく告げてきた言葉だ。

 その言葉の正しさを、今日ルイスは身に染みて理解した。特に依頼の内容を確認する前に『私がやります』などと安請け負いするのは、本物の馬鹿だ。


『下手に逃げたり、抵抗したりしないように気を付けてね』

『……逃げたり抵抗したりしたらどうなるんです?』

『巨大な岩に押し潰されて死ぬ』


 ヘビに丸呑みにされるか、巨岩に押し潰されるか。

 どちらの方がマシか判断に迷うところではあった。


『ぎゅるぉぉ~~ん……』

「うひぃ……。そ、そもそもこんなこと、やる意味あるのかなぁ。いくら相手が蠅の女王ベルゼマムに強化されてるとはいえ、ガウスさんやクレールさんが遅れを取るとは思えないんだけど……」


 ガウス・グライアの剣術の冴えは、ルイスもよく知るところだ。なんせ物心ついた頃から、ずっと一緒の、ほとんど親代わりと言っていいほどに近しい存在なのだ。

 クレール・ブライトの強さについても疑う余地はない。特にスノウウイングにまたがった時の優美なしなやかさはルイスを魅了してやまない。ルイスは彼女の大ファンだった。


「そ、そう……。そうだよ、あの2人が負けるはずない。だって2人とも、帝国との戦争の時には最前線で蠅の女王ベルゼマムに強化された兵士たちと戦ってたんだもん……!」

『ぎゅるるぉぉ~~ん……』

「き、きみもそう思うよね! やっぱりフィートさんの取り越し苦労だよ。そうだよね!」

『ぎゅるおぉぉ~~~~ん!!!』


 興奮したルイスがにんじんを持った手をぶんぶんと振り、シルフィードはそれに反応してひときわ大きくいななく。


「やっぱり! シルフィードもそう思うんだ!」

『ぎゅるるぉぉ~~~ん!!!!』

「ありがとう! そうだよね! ……最初は怖そうだと思ったけど、きみ、良い子だね。仲良くなれそうかも!」

『ぎゅるぉ~~ん……?』


 ルイスはちょっと思い込みの激しいタイプだった。


「私、きみのことこれからルフィー君って呼ぶね!」

『……ぎゅるぉぉん?』

「あだ名だよ、あだ名。シルフィードから取ってルフィー。ちょっと変かな? でもシルフィ君って呼ぶとメルフィさんと被るし、フィード君って呼ぶとフィートさんと被るから、その間から取ろうと思ってさ」

『……?』


 ルイスはけっこう自分だけの呼び方とかにこだわるタイプだった。


「とにかくさ、ルフィー君。やっぱりもう一回フィートさんと連絡を取って、作戦を見直してみるべきだと私は思うんだよね。ほら、予備の水晶玉はいちおう持ってきてるしさ」

『ぎゅるぉぉ~~ん』

「だよね! そう言ってくれると思った。やっぱりガウスさんもクレールさんも、魔法生物に負けるはずないもん!」


『きゅるおぉ~~~ん』


「えっ?」


 はるか頭上から、シルフィードのものとは違うペガサスの鳴き声が聞こえた。


 直後。どさり、と。

 シルフィードのすぐそば。ルイスの眼前になにかが落ちてきた。


 それは人のように見えた。

 銀色と赤色が舗装された地面に広がる。


 ルイスの見間違いでなければ。それは銀色の髪が地面に広がり、どくどくと赤い血が流れ出している光景だった。


「……えっ?」


 ルイスは視線を上に移す。


『――――――――――』


 黒い一角獣が、空中を跳ねながらこちらに向かってくるのが見えた。


「…………えっ?」

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