第22話 ちょっと久しぶりの主人公
「……はい。はい。というわけなので、ガウスさんを連れて魔法生物管理局に向かってください。うちで待機してた腕利きも、何人か既に向かわせてます」
「ふふ……。分かったわ。すぐに向かう」
王都中心部に位置する冒険者ギルド。雷雨の只中にあり、少し離れたところで氷塊で建物が押し潰される音が聞こえてくる。
冒険者ギルドの受付嬢であるルイスは、そんなギルドの中で水晶玉越しにメルフィリアと通信していた。
「ふふ……。悪いわね、ルイスちゃん。通信の中継役なんてさせちゃって。本当ならすぐにでも避難してほしいところなのだけれど」
「いえ、そういう仕事ですから。というか正直、今このギルドを出て逃げ出そうとする方が危ないですよ」
冒険者ギルドの建物は比較的頑丈に作られている。氷塊で倒壊する可能性はほかの建物よりも低いだろう。
ルイスの言う通り、雷雨とキリンの魔法に晒される屋外よりもギルド内の方が安全ではあった。実際、逃げ遅れた市民十数人程度がギルド内に避難してきている。
「それより、メルフィさんこそ大丈夫なんですか? たしか王宮付近にはできるだけ近寄りたくないって前に言ってましたよね」
「ふふ……。問題ないわ、そのあたりは個人的な事情だもの。話を聞く限り、冒険者ギルドと残留した天馬部隊の連合軍vs魔法生物軍団の集団戦になるんでしょう? 補助魔法使いの私が行かないわけにはいかないわ」
「そうですか……。いえ、メルフィさんが大丈夫なら問題ないんですが」
「それよりも、頼んでいた方はどうなっているかしら?」
「あ、はい。捜査予定地の倉庫付近を魔力探知で探ってみたんですが、反応はありませんでした。やっぱりフィートさん、水晶玉は持って行ってないみたいですね」
実は少し前、ルイスはフィートへの連絡を試みていた。
この時間フィートが盗難事件の捜査のために倉庫に向かっていることはギルドに届けが出ていたので、その近辺に水晶玉の反応がないか確認したのだ。しかし残念ながら結果は空振り。
ルイスは知る由もないが、実際は魔力探知の範囲内に水晶玉はあった。ただその水晶玉はスケールスネークの体内で通常の1/1000にまで縮小されて、魔力探知に引っかからない程度の微少な魔力しか持っていなかったというだけで。
「ふふ……。そう。彼の力が借りられれば心強かったのだけれど、仕方ないわね」
「いちおうまた、少し範囲を広げて魔力探知をかけてみます。どうせやることもないですし」
「ええ、お願いするわ。……これだけの騒ぎがあって姿を見せる様子がないのも少し妙だものね。彼は彼で、なにか厄介ごとに巻き込まれているのかもしれないわ」
それから二、三の事務的なやり取りを交わしたのち、ルイスはメルフィリアとの通信を終えた。
ふう、と大きく息をつく。
孤児だったルイスは、ガウスを親代わりにずっと冒険者ギルドで育てられてきた。だが冒険者ギルドで正式に受付嬢として働くようになったのは最近のことで、今からおおよそ3年ほど前のことだ。
冒険者ギルドの受付嬢、などと言っても業務は事務仕事が中心。自分の身すら危うくなるような、こんな事態はまだ経験したことがなかった。
「ん~~……」
大きく伸びをして、いつのまにかこわばっていた体をほぐす。
そしてふたたび水晶玉に手をかざし、魔力探知用に魔力を注ぎ込む。
フィートの水晶玉と今さら連絡が繋がる可能性は低いだろう。だが戦闘ができないルイスがこの状況でできることは多くない。だからこそ、できることはすべてやりたかった。
自分を育ててくれた冒険者ギルドに恩を返すために。不安な思いをしている王都の人々を守るために。そしてなにより、
「また平和になった王都で、ムーちゃんのお腹の臭いを嗅ぐために……!」
「……真剣な顔をして何を言ってるのかな、君は」
「えっ」
最初ルイスは、緊張のせいでついに幻覚でも見え始めたのではないかと疑った。
公平に言ってその疑念は妥当なものだった。なんせ、突然フィート・ベガパークの顔が水晶玉に大写しになったのだから。
「え、ええ? なんでフィートさん? どうせ幻覚ならムーちゃんと会いたかった……」
「……どうも普段にも増して様子がおかしいね。それに豪雨と雷の音。嫌な予感が当たったかな」
「え? ……え? あれ、もしかして幻覚じゃないんですか? ていうかなんですかその、今までこの雷雨に気付いてなかったみたいな発言。いくらなんでも、王都にいてこの異常気象に気付いてないなんてことあるはずが……」
「落ち着いて。実はこの通信が繋がる時間も限られているんだ。お互いの情報をできるだけ手早く共有しよう」
「は、はい……」
まだいまいち状況を飲み込めてはいなかったが、言われるままにルイスは説明した。キリンが出現して暴れていること。管理局で魔法生物たちの収容違反が発生したこと。それぞれの魔法生物たちが異常に強化され、気性も荒くなっていること。キリンの制圧を天馬部隊が、管理局の制圧を主に冒険者ギルドが受け持つと決まったこと。
「だからまあ、なんとかなりそうではあるんですよ。あのクレールさん率いる精鋭部隊が魔法生物1匹に遅れを取るとは思えませんし、ガウスさんもまあ、あれで腕はまあまあ立つ人ですから。あとはどれだけ迅速にそれぞれの現場に到達して、どれだけ被害を抑えて制圧できるかになりますね」
「うん……。そうだね」
「……? どうしたんです、フィートさん。やけに不安そうですが」
フィートの顔には、明らかな不安と焦燥があった。
ルイスの言葉には答えず、フィートは次の言葉を紡ぐ。
「ルイス。君からメルフィさんやクレール隊長に連絡は取れる?」
「え。メルフィさんには連絡できます。ただクレールさんはもうペガサスに乗って空を飛んでいるところでしょうから、水晶玉での連絡は難しいですね」
「そっか。じゃあメルフィさんにだけでも伝えてほしい。魔法生物たちの凶暴化には、
ルイスはぎょっとして表情をこわばらせた。
「……そんな馬鹿な。帝国の生物兵器が、なんで王都に?」
「そのへんの説明はまた落ち着いてから。できれば管理局の通信室にも連絡してほしい。クレール隊長にこの情報を伝えるために、天馬部隊を1人追いかけさせるように言うんだ」
「わ……わかりました」
ざ、と映像にノイズが走る。
先ほどからフィートの映像が不安定だ。音声もたまに途切れる。
「……もうあまり時間がないな」
「フィートさん?」
「ルイス。もうひとつやってもらいたいことがあるんだけど、かなり危険で君にやらせるわけにはいかない。誰か冒険者を呼んできてくれないか?」
「……いえ、ギルドに所属する冒険者はいま、みんな出払っちゃってますね」
「わかった。だったら管理局に連絡するときに、誰かひとり呼び戻してもらって……」
「いや、それじゃ時間のロスがかなり大きくなるはず。……大丈夫です、フィートさん。私がやりますよ」
フィートが首を横に振る。
「本当に危険なんだ。君の身にもし何かあったら……」
「あのですね。もし何かの間違いでクレールさんやガウスさんが負けるようなことがあったら、王都民全員の身に何かがあっちゃうんですよ。やらせてください。大丈夫、受付嬢とはいえ私も冒険者ギルドの一員ですから」
「…………」
一瞬の沈黙。
徐々に大きくなる水晶玉のノイズが、悩んでいられる時間が残り少ないことを告げていた。数瞬ののち、フィートは首を今度は縦に振る。
「わかった。じゃあルイス、悪いけど頼まれてほしい」
「はい! 任せてください!」
ルイスは力強くうなずく。
自分の身を危険に晒すことへの恐怖はもちろんあった。だがそれ以上に、自分がこの状況の解決に貢献できることへの嬉しさがあった。
ヒロイックな、ある種の興奮状態。今のルイスならばきっと、「ひとりでキリンをぶっ倒してきてほしいんだ」と言われてもうなずいたかもしれない。
「じゃあルイス、ヘビの胃袋までのガイド役をお願いできるかな」
「はい! ……はい?」
とはいえ、さすがにこのミッション内容は予想外だったわけだが。
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