第20話 スタイルウォーズ

「雷雨の中を飛行できる天馬部隊員は限られる。私含め精鋭の数名でキリンの方に向かい、残りの隊員には冒険者ギルドが到着するまでの時間稼ぎをしてもら――」

「却下だ」


 ハスターは首を横に振った。


「管理局の収容生物が脱走しようというときに、天馬部隊隊員に別の任務を優先させること。王国の機密組織に民間人を入れること。ともに王国法に反する。却下だ」

「……既存のルールに反することはわかっている。だがこれが最善手なんだ、ハスター局長代理。分かってくれ」

「天馬部隊と冒険者ギルドが入れ替わるための移動時間。一角獣は野放しになり、魔法生物たちが脱走するリスクも高まる。この間に出た犠牲の責任を取ることになるのは俺なんだよ」

「馬鹿げている! このまま無策でいる方がよほど大きな被害を招くことになる。あなたならわかっているはずだ!」

「ああ、被害は出るだろう。だがその被害は、俺がマニュアルを無視したために生じた被害ではない」

「……なに?」


 クレールの鋭い眼光がハスターを射すくめる。

 底冷えのするような冷たい怒りを全身に浴びながら、しかしハスターは身じろぎ一つしなかった。


「くだらない価値観だと思うか?」

「ああ」

「だろうな、俺もそう思う。だが俺は、先代局長の轍は踏まない」

「先代局長だと? ……何があった」

「かつてとある生物の収容違反にあたって、あの人はマニュアルを無視して独断の指示を出した。結果として2人の職員が死んだよ」

「……!」

「まああの人の指示がなければ、死者は2人では済まなかったはずだが。だが王国上層部はすべての責任をあの人のマニュアル無視に押し付け、結果としてあの人は局長の地位を追われた」


 非常時ほど、集団は責任を押し付けられるスケープゴートを求める。

 そして定められた手順に反したというのは、その人物を子羊たらしめるに十分な事実なのだ。


 少なくともハスター・ラウラルは、そのように理解している。


「悪いが俺の意思は揺るがない。あの人の二の舞にはならない。お前はこのままここで戦うんだ、クレール」


 ハスターはそう言い終えると、話は終わりだとばかりにクレールに背を向け、管理統制室に向かって歩き始める。


「部下を呼び戻すぞ。まったく、こんなくだらない話のために人払いをさせるなんて――」

「思い出すな、ハスター」

「……うん? なんの話だ?」

「こうして2人で話していると思い出す。もう半年ほど前のことになるか。フィートが追放された直後、秘密裏に話したいとあなたは話を持ちかけてきた」


 ハスターが足を止め、振り返った。


「……俺を脅迫するつもりか。クレール・ブライト」

「まさか」


 クレールは片目をつむり、首を横に振る。


「私はただ、あの時あなたが言ったことを思い出してもらいたいだけだ」





「……これは?」

「拘束されるマナラビットの映像だ。シザークロウは常に異様な興奮状態にあり、グリフォンは誰にも近付けない。情けない話だが、フィートがいなくなってすぐにこの有様だ」


 場所はクレールの執務室。部屋の扉には鍵がかかっており、しばらくは誰も立ち入らせないよう固く言いつけた上でロナに見張らせている。


「自業自得だな。それで、これを見せて私にどうしろと?」

「協力してほしい。まもなくハルトール王太子が管理局を視察しに来るが、局長は被害の少ない場所のみを案内して乗り切ろうとしている。君は王太子殿下の行き先をコントロールし、王国上層部に管理局の現状を知らしめるんだ」

「……なぜ私に頼む」

「内部告発は自らの不利益を許容できる人間にしか行えない。ゆえに管理局内部の人間は信用できない。外部の人間、かつ管理局の実態を暴くことによって利益を得る人間が適任だ。クレール、君はその条件に当てはまる」


 クレールは眉をひそめた。


「管理局の闇が暴かれて、私になんの得があると?」

「フィートを追放したアルゴ局長に吠え面をかかせてやりたくはないか?」

「わかった。やろう」


 即座にうなずくクレールに、ハスターは苦笑した。


「ありがとう。では王太子殿下の視察ルートを伝える。適当に理由を付けて、第3セクターまで誘導してほしい。俺は職員のシフトをそれとなく調整して、途中で邪魔が入らないようにしておく」

「わかった」

「それから、練兵場の花壇の裏は俺の秘密の休憩スポットだ。もし何か俺に渡したいものがあれば、そこに置いておいてくれるとありがたい」

「現段階で特にあなたに渡したいものはないし、今後もあるとは思えないが」

「いいから覚えておいてくれ。……もしかしたら、フィートが管理局にプレゼントを用意してくれているかもしれない」

「……? まあいい、記憶しておこう」


 それから数分間かけて、ハスターは当日のスケジュールを手早く説明した。クレールはその内容を頭に叩き込む。


「……理解した。問題ないと思う」

「よし。じゃあ頼んだぞ、クレール」

「ああ」


 ハスターが立ち上がり、それに合わせてクレールも立ち上がった。まずロナを扉の前から去らせてから、ハスターに出て行ってもらう手筈だ。


「……ところでハスター班長。ひとつ聞きたいんだが」

「なんだ?」

「内部告発は自らの不利益を許容できる人間にしか行えない、と言ったな。あなたはなぜ私にこの話を持ってきたんだ? 管理局の実態が外部に漏れることが、あなたの得になるとは思えないが」

「……ふむ」


 クレールの率直な疑問。それに対してハスターは顎鬚をさすりながら、口角を上げてみせた。


「簡単なことだよ。現状を看過することの方が、俺にとってより大きい不利益を生むんだ」

「というと?」

「決まってるだろう。俺は魔法生物管理局の班長だぜ」


 ハスターは肩をすくめる。


「魔法生物たちが苦しんでいる。これが俺にとって、最大の不利益なのさ」





「……ああ、そんなことも言ったかな」


 過去にそうしたのと同じように、ハスターはまた肩をすくめてみせた。


「ただの軽口だよ。俺がそんな博愛主義者に見えるか? 魔法生物がどれだけ苦しもうが、俺の出世に比べれば大した問題じゃない」

「見えるさ。少なくとも、あの日の言葉に嘘はなかった」

「……。お前に何が分かる」

「何も。だがハスター、少なくともこれは確かだ。私の案に乗れば、事態は圧倒的に速く収拾が付く。そうなればいまこの奥の収容室で起きているであろう魔法生物同士の殺し合いについても、被害を最小限に抑えることができるはずだ」

「…………」


 ハスターは答えない。

 だがその表情には、先ほどまではなかった迷いが生まれていた。


 ……これなら説得できるかもしれない、とクレールは直感する。さらに言葉を紡ごうとその口を開き……


「おいっ! 貴様ら、いったい何をしているんだ!!」


 発されようとしたクレールの言葉は、耳障りなダミ声でかき消された。


「す、すみませんっ! どうしても引き止めきれなくて……!」

「ハスターめ、やはりお前に局長代理は務まらんな! 天馬部隊が来てるんだろう! ならぐずぐずするな、さっさと突っ込ませろ!!」

「……アルゴ局長」

「ちっ」


 クレールは舌打ちした。

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