第19話 とてもかっこいいクレール隊長
愛馬であるスノウホワイトはいないが、代わりに愛槍を携えての登場だった。どちらにしても広いとは言えない通路では取り回しが悪そうではあったが。
銀髪の隊長は、まるで散歩でもするかのように魔法生物たちの方に歩み寄る。カーバンクルが熱線を放つが、クレールは槍をくるりと回して受け止めた。
「ちなみにハスター、実は『天馬部隊』の到着まではあと30秒ほどかかる。今ここにいるのは私だけだ」
「おいおい。大丈夫なのか?」
「うむ……。実は私もちょっと不安なんだ」
『ぐるうううぅぅぁあああああ!!!』
ゴワベアーがその豪腕を振り上げ、クレールに向かってなぎ払う。
「30秒はさすがに短い。いちおう隊長の面目としては、部下の到着までにこの場を制圧しておきたいところなのだが……」
またクレールが槍をくるりと回すと、ゴワベアーの体もそれに合わせて空中を一回転した。
自身が振り下ろした力そのままにゴワベアーが地面に叩きつけられる。その巨体と勢いに通路が揺れた。
「す……すげぇ。あの巨体を投げ飛ばしたぞ!」
「相手の力を利用してるんだ。さすがはクラウゼル三英雄の一角、『
『ぐるううううぅあああああ!!』
「ほう。なかなかタフなくまさんだな」
ゴワベアーが体を起こし、クレールを威嚇する。
ほかの魔法生物たちも、突如として現われた強敵にいっせいに敵意を向けた。
「だが動きは緩慢だ。試してみようか。30秒以内に片付けられるかどうか……!」
クレール・ブライトは、そう言って不敵に笑った。
●
「……思ったより苦戦した」
5分後。
ようやく気絶したゴワベアーの前で、ちょっと不機嫌そうにクレールはつぶやいた。
「ゴワベアーを含む大量の魔法生物たちを1人で制圧。十分人間離れした強さではあるんだが、あそこまでイキった上で5分はちょっとダサいな」
「うるさい。なんだこのクマ、いくらなんでも頑丈すぎるぞ」
クレールはくるりと槍を回して振り返る。
管理局職員たちは微妙な表情でぺこりと頭を下げた。助けられた感謝の気持ちはありつつも、なかなか手放しでお礼を言いづらい。そんな微妙な空気感だった。
ちなみに天馬部隊の隊員たち10名ほどは、すでにこの場に到着している。クレールとゴワベアーの一騎打ちに介入することも難しく、4分半ほど手持ち無沙汰で過ごしていた。
「こほん。……ハスター局長代理、情報を共有してほしい。脱走したのは低危険度の生物だけだと聞いていたんだが、他にもこんなのがいるのか?」
「これと同じ生物、ゴワベアーがあと1頭。それからゴワベアーと同等かそれ以上に危険なデジェネウルフというのが8匹いる」
「は……はちひき。あれ以上のが。おいおい、だいぶ話が違うぞ。どこが低危険度なんだ」
ハスターが苦笑して首を横に振る。
「ある種のカテゴリーエラーなんだ。ベル・ワーケンの分類においては、進化の過程で魔法的性質を失った魔法生物は自動的にクラス1……最も危険度が低い区分に振り分けられる」
かつて魔法生物学者のベル・ワーケンは、危険度に応じて魔法生物を五段階に分類した。
クラス1~クラス5のこの分類は現在でも使用されているものなのだが、いくつかの欠陥も抱えていた。その代表例が、『魔法的性質を失った魔法生物』の区分だ。
ベル・ワーケンはそうした生物を『最初から魔法的性質を持たない生物と同じで、魔法生物としては危険度は低い』と考え、進化の過程で魔法的性質を失った魔法生物は自動的にクラス1に分類されるものとした。
当初、その区分は妥当なものとして受け入れられた。実際に、ベル・ワーケンが活躍した当初に発見されていた『魔法的性質を失った魔法生物』は、ほとんどが特別な危険性を有さないものだったからだ。
しかしのちに、デジェネウルフやゴワベアーといった生物に退化した魔法的器官が確認される。
デジェネウルフは大型の狼で、かつては強力な風魔法を使用したとされる。現存している種には魔法を使うための器官の名残があるが、実際に風魔法を使うことはできない。
同様にゴワベアーには強力な回復魔法に使われていたと思しき器官の名残があるが、現在では魔法を使うことはできない。
これらの生物が次第に魔法を使わなくなっていったのは、使う必要がなかったからだ、という説が濃厚だ。デジェネウルフは強靱な脚と鋭い爪で、風魔法より速く強力な一撃を繰り出す。ほとんどのダメージを防ぐゴワベアーの体毛があれば、回復が必要になることはめったにない。
「ふつうに評価すればクラス4~5相当の危険度を有する生物が、魔法的性質を失っているから、という理由で自動的にクラス1に分類されているわけだ。そこのゴワベアーが良い例だな」
「ふむ。……なあ、ひとつ疑問なんだが」
「事実上クラス4~5の危険度なんだから、学問上の分類は別として第4、第5セクターで管理すべきだって話か? その手のまともな話は、フィート・ベガパークがひととおり提案してひととおり却下されてるぞ」
「……そうか」
クレールがため息をつく。
「加えて、今日はどういうわけか魔法生物たちが普段より強く凶暴になっている。こっちの原因は不明だがな」
「ふむ。……今日は感謝祭で、天馬部隊の人員は普段の3分の1程度だ。今のクマと同程度の魔法生物が大量にいるなら、我々にとっても鎮圧は困難だな」
「な……おいおい。天馬部隊様に鎮圧できないなら、王都にある戦力じゃどうやっても太刀打ちできないってことじゃないか」
「困難だと言っただけだ。できないとは言っていない。だが……ふむ、ハスター局長代理。ひとつ提案があるのだが、人払いを頼めないだろうか」
クレールの言葉に、ハスターとロバートはぴくりと肩を震わせる。
この緊急事態にも関わらず、わざわざ人払いを行ってまで行う提案。よほどリスキー、かつ有用性の高い案であることが想像された。
「……いいだろう。おい。中危険度、高危険度班は各セクターに戻って設備点検。低危険度班は管理統制室で待機だ」
「あ……」「はい!」「わかりました!」
「天馬部隊も近くで待機。……ヘレネ、スプラウト、アーテは1度施設外に出てペガサスたちの様子を見てくるように」
「「「はい!」」」
指示を受け、それぞれの職員たちが持ち場に散っていく。
「あぁ……。ロバート、お前はちょっと待て」
持ち場である第4セクターに戻ろうとしたロバートを、ハスターが呼び止めた。
「はい。なんでしょうか」
「人事局の方に使い走りを頼まれてくれないか。……実は今日、職場復帰に関する書類作成でアルゴ局長が来ているはずなんだ。騒ぎを聞きつけて余計なことをやらかさないか見張っておいてくれ」
「お……は、はい。わかりました」
なかなか重めの任務を言いつけられて若干動揺しつつ、ロバートはうなずいた。
●
少しして、通路にはクレールとハスターだけになった。
「……それで、提案とは?」
「こちらに来る直前、別件で通報があった。市街地に空を跳ねる一角獣が現われ、雷雨を起こして暴れているらしい」
「そうか。凶事は重なるものだな。で、それがどうしたんだ?」
「そちらの事件の対応には、おそらくいま冒険者ギルドがあたっていると思われる。だがあちらの主戦力であるガウス・グライアは対空戦闘手段を持たない。苦戦していることは間違いないだろうな」
「そうか。……いや、本当になんの話だ? 脱走した魔法生物の鎮圧と今の話、いったいどういう関係が……」
「私の提案は単純だ、ハスター局長代理。われわれ天馬部隊と冒険者ギルドの持ち場を入れ替える」
「……なに」
表情をこわばらせるハスターに、クレールが淡々と告げる。
「剣が届かない空の敵に天馬部隊が対処し、ペガサスが飛べない狭所の敵に冒険者ギルドが対処する。これがこの状況における最適解だ」
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