第14話 にゃ~~~~~~~~~~~

「え、すげえ! ロナさんってあの天馬部隊のメンバーなんすか!」

「そだよ。すげえっしょ」

「じゃ、じゃあここに来たのも任務の一環で?」

「や、今日は非番。ほら、今日は国祖様の感謝祭だからさ。天馬部隊も必要最低限の人員を残してお休み中」

「ああ……もうそんな時期っすか。なんせ胃袋暮らしが長いもんで、時間の感覚が……」


 ロナとフレッドさんの会話を聞き流しながら、僕は水晶玉に魔力を流し込む。

 ……今のところ悪くないペースだ。この分なら、予定通り1時間ほどで通信が繋がるだろう。


「なあフィート。今って話しかけても大丈夫なのか?」

「え? ああ、はい。会話くらいなら問題ないですよ」

「なら教えてくれ。あんたに聞きたいことがふたつある」


 ピーターさんが声をかけてきた。

 ……聞きたいことがふたつ、か。少なくとも、そのうちひとつがなんなのかは明らかだな。


「スライムキャットがそうやって人の頭の上に乗りたがるのは、髪の毛が自分の体に絡まるのが楽しいからです。まあつまり、遊んでるんですよ」

「なるほどな。……正直、視界が塞がれるから勘弁してほしいんだが」

『にゃ~~?』


 ピーターさんが愚痴をこぼすのも無理はない。

 ピーターさんの頭に乗ったデロォンの前足は、中年太りのお腹のあたりまででろぉんと垂れ下がっている。あれは相当邪魔だろう。


 まあピーターさんの表情を見るに、本気で嫌がってはいないようだけど。


「いちおう、何かの拍子に鼻と口が塞がれないようにだけ気を付けてくださいね。……それで、もうひとつの聞きたいことというのは?」

「ああ。あんた、なんで急に『急いで脱出しよう』なんて言い出したんだ?」

「ああ……。そこですか」

「あんたどうせ、水晶玉に魔力を注いで外部と通信するって方法は最初から思い付いてたんだろ。でもすぐにそれを実行しようとは『にゃあ』しなかった。てことは、その方法にはなんらかのリスクがあるってことだ」


 ピーターさんの言葉は冷静で、その推論は論理的だ。言動に粗野なところはあるけれど、いかにも有能な商人といった趣きだ。

 ただまあ、頭の上でぐでっとしているデロォンがその雰囲気を緩和してはいる。

 恐らく鋭く研ぎ澄まされているのであろう切れ長の目も、残念ながらデロォンの前足で隠れて見えなかった。


「……にもかかわらずあんたは俺の話を聞いてすぐ、恐らくリスクがあるんだろう脱出策に着手した。外来の魔『にゃん』物が王都をうろついてるのを知ったから、ってだけじゃ理由として不十分だ。さっきの話によると、あ『にゃ~~~』ともとスケールスネークが王都にいるってことは予想してたんだからな」

「……言いたいことはわかりました。たぶん」


 ところどころデロォンの声で聞き取れなかったけど。


「まあ、おっしゃる通りですよ。ピーターさんの話を聞いて、僕はリスクを取ってでも急いで脱出する必要があると思いました。取り越し苦労の可能性も高いので、説明はしませんでしたが」

「聞かせてくれないか『にゃ?』。俺も状況を詳しく把握しておきたいんだ『にゃ』」

「語尾が猫になってるみたいでかわいいですね」

「真面目な話をしているんだが『にゃ』」


 怒られてしまった。


「すみません。ええと、ピーターさん。商人ギルドに出た公募の文言、正確に覚えてますか?」

「当然だ。商人は契約の内容を忘れない。いずれかの『にゃあっ!』で『にゃん?』に『にゃ~~~』る生物のうち、『にゃっ』に『にゃん!』のものを『にゃ~~~~ん』、だ」

「そう。『いずれかの国で魔法生物に指定されている生物のうち、管理局に未収容のものを高額で買い取る』でしたね。でもこの言い回し、不自然だと思いませんか?」

「うん? ……別におかし『にゃ』ところはなさそうだが」

「いずれかの国で魔法生物に指定されている生物、という部分です。こんな言い回し、本来はする必要ないんですよ。単に『魔法生物』と書けばいい。魔法生物か否かは原則として魔法生物学会で決定されていて、どの国でも共通ですからね」


 例外はある。たとえばエルフキャットが『魔獣』認定を受けそうになった件なんかもそうだ。あれはこの王国が単独で決定しようとしていた。

 だがあれはあくまで、エルフキャットの脅威を重く見た例外的事例。基本的には他国と足並みをそろえることになる。


「たしかに、そう言われると妙な文言ではあるな。でもそんなもん、なにか意味があるのか?」

「ほとんどの国で『魔獣』に指定されているけれども、ある国でだけ『魔法生物』とされている。数は少ないですがそういう生物は一定数存在し、そういう生物にはある法則があります」

「……まさか! 『にゃ~~~~ん』か!?」

「そう。使、ということです」


 『魔獣』に認定された生物は発見してすぐに攻撃することが許されるし、その飼育にも大きな制限が課せられる。

 自国で生物兵器として研究対象にしている生物は、『魔獣』ではなく『魔法生物』であった方が都合がいいのだ。たとえそれがどれほど危険な生き物であったとしても。


「政治的な理由で、特定の国でだけ魔法生物扱いされる生物……生物兵器の存在。もうお分かりですよね。『いずれかの国で魔法生物に指定されている生物のうち、管理局に未収容のものを高額で買い取る』。この言い回しを聞けば、魔法生物に詳しい商人ならこう思うはずです。『なるほど。これは暗に、他国の生物兵器を高値で買い取ると言っているんだな』と」

「…………!!」


 管理局側がどこまで意図していたのかは分からない。だが、この公募の文言を見ればそう考えるのがむしろ自然だ。

 そしてそういう商人は、他国の生物兵器を手に入れて王都に持ち込むわけだ。


 それを管理局がきちんと買い取ってくれていれば問題ない。……いや問題あるけど、とりあえず王都の安全がすぐに脅かされることはない。

 まずいのが、そうやって持ち込まれた生物兵器が買い取ってもらえず、スケールスネークやファイアフォックスと同じように王都に解き放たれてしまっているパターンだ。


「……スケールスネークは魔法生物としては最上位の脅威です。でも生物兵器として使用される生き物の中には、それ以上に危険なものも数多く存在する。できるだけ早くこの情報を冒険者ギルドや天馬部隊と共有し、対策を練らなくてはならない。以上が、僕がこの胃袋からすぐに脱出すべきだと判断した理由です」

「『にゃ』るほど『にゃ』」


 ピーターさんがうなずく。

 そしてそれに合わせて、いまや床まで垂れ下がってきたデロォンの前足がぷらぷらと揺れる。

 ……まあまあ深刻な話をしていたはずなんだけど、なぜか終始ちょっと緊張感に欠けていた気がする。なぜだろうか。


「理解した。邪魔して悪かったな、フィート。続けてくれ」

『にゃ~~~~ん』

「ええ、わかりました」


 話しながらも水晶玉に魔力は流し込みつづけている。

 順調に水晶玉内部の魔力は濃くなっていっているが、それでも先は長い。


 願わくば。僕が脱出するまでに、生物兵器による致命的な事件が起こりませんように。

 ……ま、さすがに大丈夫か。僕が胃袋に入って1時間そこらの間にちょうど大事件が重なるなんて、さすがにそんなことあるはずないもんな。

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