第13話 回想と劇的ビフォーアフター

「あ。おかえり、ルーク」

「お、フィート。なんだ、待っててくれたのか? お前もなかなかかわいいところが……」

「ううん。クロボタルの観察で起きてただけ。ホタルが逃げるから、あんま大きい声出さないでね」

「かわいくね~~」


 ルークは苦笑する。


「ったく、この俺にそんな塩対応できんのはお前くらいだぜ? 今や俺は若き英雄としてどこへ行っても持て囃される。なんせこの間……」

「知ってるよ。史上最年少の12歳で魔王を倒したんでしょ」

「お、詳しいねぇ。キミ、俺のファンかい?」

「あんだけ何十回も聞かされたらさすがに覚えるって」


 この会話の数ヶ月前、ルークは孤児院近辺を縄張りにしていた魔王を討伐していた。

 普通は国家規模の軍隊でも手を焼く相手を、年端もいかない少年が単騎で撃破したのだ。

 新たな英雄の誕生に、王国は沸き立った(らしい。この当時の僕は今以上に社会情勢というやつに興味がなかったから、ルークが言っていたことをそのまま信じるしかない)。


「いやー、つっても俺はそもそも、あの程度のヤツが『魔王』なんて呼ばれてることに納得してないけどな。だってあれ、ただの一帯の魔物の王様だろ? 元現代日本人としては、魔王ってのにはもっと別格の存在であってほしいわけよ」

「その愚痴も聞き飽きたよ」

「いや、分かってんだよ。こっちの世界の言語と元いた世界の言語は英語以外共通していないわけで、日本語における『魔王』はこの世界の『魔王』とは別の単語だ。とはいえ、とはいえだ。『魔』の『王』だぜ? やっぱ勇者と対を成す最強の存在であっててくれなきゃロマンがねえよ」

「聞いたって。ていうか元の世界の概念を持ちだして愚痴られても、意味分かんないから反応に困るんだって」


 もともと自分語りの多いルークだったけど、この時期は特に語りたがりだったなぁ。

 うんざりしてきた僕はクロボタルの群れから目をそらし、ルークの方に視線を向ける。そしてこのタイミングで初めて、僕はルークが手に何か持っていることに気付いた。


「……ん。ルーク、何それ。そんなペンダント持ってたっけ」

「ああ。これな、お土産。やるよフィート」

「え……。いらない」

「そう言うなよ。ただのペンダントじゃなくて、わりと強力な古代遺物アーティファクトだぞ」

「あーてぃ……?」

「おう。まあなんだ、魔力量にちょっとした影響を与える代物でな」


 ルークから受け取ったそれは飾り気の少ないシンプルな銀のペンダントで、特別な力があるようには見えなかった。


「つーかな、お前が俺と一緒に村の外に出たいってうるせえからそれ手に入れてきたんだぞ。ちゃんと肌身離さず身に付けてろよ」

「え……。じゃあルーク、これを付けてれば一緒に行ってもいいの!?」

「すぐにはダメだ。それを付けて何ヶ月か経てば、魔力量の変化に体が慣れるはずだ。そうなったら付いてきていいぜ」

「やったぁ! ……あ」


 思わず大きな声を出してしまった。クロボタル達がちりぢりに逃げていく。

 まあ仕方ない。それだけ嬉しかったのだ。


 この頃のルークは魔物討伐であちこちに呼ばれていて、僕はずっとそれに付いていきたいと言い続けていた。魔物の勢力圏で暮らす魔法生物たちを観察したかったからだ。

 しかしルークは決まって、『危なすぎる』という理由で僕の要望をはねのける。


 ……まあ今になって思うと、とても妥当な判断だ。

 実は僕は自分の正確な年齢を知らないんだけど(外見年齢から適当に決めて、今は23歳で通している)、ルークより何歳か年下であることは間違いない。魔獣や魔物が跋扈する人類の勢力圏外を冒険するには、いくらなんでも当時の僕は幼すぎた。


 ともかく、そういう経緯があってのルークの発言で。僕の喜びもひとしおだったわけだ。


「さすがルークだ! いつも僕のことを考えてくれてる! こんな夜遅くまで、顔が見たくて帰りを待ってた甲斐があったよ!!」

「お~、建前を使うことを覚えたか。成長著しいな、フィート」


 ルークが苦笑する。


 ……今からもう15年ほどは前のことだろうか。

 相変わらず薄汚れた孤児院の庭、風が冷たくなりはじめた夜の一幕だった。





「……どしたん、フィート? なんかぼーっとしてるけど」

「あ、いや。ごめん、なんでもないよ」


 魔力量の話が出たおかげで、なんとなく昔のことを思い出していた。懐かしいなぁ。

 あの日もらったペンダントは今も首にぶら下げている。服の内側のかけているから、たぶん外からは見えないだろうけど。


「とりあえず、リフォームは終わったよ。思ったより快適に過ごせそう」

「うん、良い感じだね。……ちょっと冷えそうではあるけど」


 この場にいる4人の中で、胃液を防ぐ魔法が使えるのは僕だけだ。

 でも水晶玉に魔力を込めている間、他の魔法は使えない。胃液から身を守るためには、僕ら4人全員が馬車の中に身を隠すしかないわけだ。

 だけど馬車は90度傾いた状態で、そのままだと4人全員が馬車の中で過ごすのは難しい。


 というわけで僕たちは、馬車を2階建てにした。

 90度傾いて足場の面積が少ない……いるということはつまり、上の方に広いスペースがあるということになる。

 馬車内部に魔法で氷の階段と氷のロフトを作り、ロナが風魔法で削りとったスケールスネークの胃壁を上に敷く。これで即席の2階、胃液からの避難所の完成だ。


 胃の中荒らしてごめんな、スケールスネークのノム君。でもたぶん、この程度なら痛くもないだろうから許してくれ。


「まーずっとあそこで過ごすのはさすがに厳しそうだなぁ。基本あたしとフレッドさんは開けたドアの上で過ごして、胃液が来た時だけあそこに避難することにしようかな」

「いつのまにか氷が溶けて落下、なんてことがないように、削った胃壁を四隅に結びつけて最悪ハンモック的に使えるようにしといたっすよ」

「ありがとうございます! まあでも、水晶玉に魔力を込めるのにはたぶん1時間もかからない。そのくらいなら氷も持ってくれると思います」

「……氷の避難所に、胃壁のハンモックか。若者の発想力ってのはすげえなぁ」


 そんなわけで、とりあえず集中して魔力量チャレンジに取り組めそうな環境は整った。

 水棲馬ケルビーのルビーちゃんの隣に腰を下ろし、僕は水晶玉に手をかざす。


「じゃ……すみませんが、しばらくは集中させてください」

「おっけー。頑張ってねー」

「よろしく頼むっす……!」


 掌に魔力を集中させ、水晶玉に注ぎ込む。

 この動作自体は手慣れたものだ。なんせ毎日煮干しやらカットフルーツやらにひたすら魔力を注入してるからね。


 直径にしておよそ0.5ミリほどであろう水晶玉に、莫大な魔力が流れ込んでいく。

 さあ。魔力量チャレンジ、本格スタートだ。

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