第12話 意外とチート寄りな主人公

「……なるほど。魔法生物管理局が商人ギルドに、未収容の魔法生物を高額で買い取るという公募を出した。それに応じて魔法生物を輸送してきたにもかかわらず、土壇場で取引をキャンセルされたと」

「そういうことだ! ひどい話だと思うだろ!!」


 実際、かなりひどい話だ。というかそれ、商人ギルドのルールには抵触していないんだろうか。


「いちおう当初から『取引の締め切りは管理局が決定する』ってことは明記されてたんだ。とはいえ、1度の取引も行わずに締め切るなんて考えられるか? 公募にははっきりと、『いずれかの国で魔法生物に指定されている生物のうち、管理局に未収容のものを高額で買い取る』って書いてあったんだぜ!」

「……。それはまた、タチが悪いですね。元管理局職員として申し訳なくなります」

「……あん? あんた、管理局にいたのか?」

「あ、ええ。少し前にクビになりましたが」


 ピーターさんは少し眉をしかめながら、「そうか」とうなずいた。どうやら、せっかく上げた好感度がまた若干下がってしまったようだ。


 僕とピーターさんはいま、馬車のお尻の部分に座っている。

 かなり大きい馬車であるとはいえ、横向きになった状態で4人+水棲馬ケルビーが過ごせるスペースは馬車内になかったからだ。


「それに正直、僕はそんな公募があったことすら知りませんでしたよ」

「ん? そうなのか」

「ただの一般職員だったもので。収容施設が増設されていたので、新しい魔法生物が来る予定になっていることは知ってましたけどね」

「あんたが一般職員だと? ふん、優秀さ以外で地位が決まる職業ってのも難儀なもんだな」


 ノーコメントで。


「ま、そういうわけだ。俺たちは上げられるはずだった利益を上げられなかった。魔法生物たちの捕獲にかかった費用、運送中の飼料代、ルビーを運ぶために貴族から買い上げたクソでけえ馬車の料金。莫大な損害と潰しのきかない魔法生物だけが手元に残ったわけ」

「表だって管理局を糾弾しようとは思わなかったんですか? 管理局のやり口は、ルールに反していなくてもモラルには反しているでしょう。公然と批判すれば支持は集められそうですが」

「で、世論を味方に付けて管理局に取引の完遂を迫ると。何年かかるんだよそれ。その間ずっと魔法生物たちの世話は俺たちがやるのか?」

「……なるほど。それもそうですね」

「仕方なく俺は、魔法生物どもを王都に逃がすことにした。……おい、そんな目をするな。無責任だってことは分かってる。だが俺だって生きるために必死だったんだよ」


 ……無責任とかそういう次元じゃないんだけどな。スライムキャットや水棲馬ケルビーはともかく、スケールスネークは危険すぎる。

 まあたぶん、そこまで危険な生物であるという認識もなかったのだろう。専門家でない商人が魔法生物を扱うことの危険さが如実に表れている。


 うん。まあ結局、そうやって商人に魔法生物を輸送させたのも管理局だし、逃がさなきゃいけない状況まで追い込んだのも管理局だ。

 今回の件については、どう考えても管理局がすべての元凶だな。


「……ところで、ピーターさんが輸送したのって3種類だけですか? ファイアフォックスなんかは運んでないですか?」

「ファイ……? いや、知らねぇな。スケールスネークのノム、水棲馬ケルビーのルビー、スライムキャットのデロォン。俺が運んだのはこれで全部だ」


 なるほど。

 となると、ピーターさんと同じ判断をした商人が他にもいると考えるべきだろう。レイククレセントも、おそらく管理局に売りつけるために王都に運び込まれたのだ。


 つまりいま現在王都には『管理局未収容の魔法生物』がうようよしている可能性が高い。メルフィさんの勘は当たっていたわけだ。

 それに加えて、ピーターさんの話には1つがあった。その点も踏まえて考えると……


「うん。やっぱり、リスクを取ってでも早めに脱出した方が良さそうですね」

「あん? 脱出って……それができねえから困ってんだろ。なんか方法でもあんのか?」

「あります。さっきこの馬車の中で見付けました」

「え」

「ちょっと下、降りてきますね」


 僕は馬車の後部から飛び降り、開きっぱなしになっている扉に着地した。馬車の中で話していたロナとフレッドさんがこちらを振り向く。


「よ、フィート」

「ども、フィートさん」

『にゃ、にゃ~ん』


 さっきまで泣きじゃくっていたフレッドさんもだいぶ落ち着いたようだ。

 僕はそのフレッドさんの足下を指さす。


「どうも。すみませんフレッドさん、その水晶玉貸してもらえませんか?」

「これすか? いいですけど、これ壊れてて繋がらないすよ。俺も外と連絡を取ろうと思って散々試したんすけど」

「ええ、そのままじゃ繋がらないと思います。でも別に壊れてるわけでもないですよ」


 水晶玉。通信魔法の媒介となる装置だ。

 他の水晶玉の座標を探知する機能と、その水晶玉に画像や音声を送信する機能を持つすぐれもの、なのだが。


「単純にいま、この水晶玉は小さすぎるんですよ。他の水晶玉に十分な情報を送ったり、十分広い範囲に探知をかけるだけの出力がない。質量に比例して、水晶玉にこめられた魔力も縮小してますから」

「ああ、なるほどっす。……いやなるほどっすけど、じゃあどうしようもないじゃないっすか。まだ修理できる可能性がある分、壊れてた方がマシっすよ。」

「いや、そんなことはないですよ。魔力が足りないなら補ってあげればいいんです。僕がこの水晶玉に魔力を注ぎ込んで、足りない分を補填します」

「お……おおおおおっ! て、天才っすかフィートさん!!」


 大興奮のフレッドさん。このくらい喜んでくれると提案のしがいがあるなぁ。

 対照的にロナの表情は……なんだろうな、あれ。どういう感情なんだろう。


「……たぶんあんたは出来ないことは言わないんだろうけどさぁ。でもフィート、あたしらって結局元のサイズの何分の1くらいになってるわけ?」

「1000分の1くらいかな」


 さっき音魔法で反響を確かめて胃袋の横幅を測定した。そこからの推定だから正確ではないけど、まあだいたいそんなところだろう。


「え。待ってくださいっす。じゃあフィートさん、今から水晶玉に元々込められていた分の1000倍の魔力を注ぎ込むんすか? 水晶玉の元の魔力量がどのくらいかは知らないっすけど、かなり無茶な気が……」

「あ、いや。それは違いますよ」


 僕は首を横に振る。フレッドさんは安心したようなため息を漏らした。


「あ、そっすよね。さすがにそれは……」

「注ぎ込まなきゃいけない魔力は、水晶玉の元々の魔力の10億倍です。魔力は縮尺じゃなくて質量に比例しますから」

「はい?」

「……ドン引きだわ」


 ロナが首を振る。

 なるほど、彼女の表情の正体がわかった。どうやらあれは、ドン引いていたらしい。


「魔力量お化けなことは知ってたけど、まさかここまでとはねー……」

「たぶんギリギリなんとかなると思う。そもそも元々水晶玉に込められてる魔力自体、そこまで大した量じゃないからね」


 たぶん水晶玉の魔力の100万倍くらいなら、そこらの魔力が強めの一般人でもなんとかなる範囲だと思う。


「あ、あの。冗談っすよね? いくらなんでもそんなこと出来るわけ……」

「や。出来るって言ってるならたぶん出来ますよ、こいつ」

「えぇ……? フィートさんって本当に人間っすか?」

「あたしもそこが長年の疑問でして」


 なかなかひどいことを言われていた。

 ……あまり日常生活において披露する機会もないんだけど、僕は魔力の量にはちょっと自信がある。たぶんなんとかなるんじゃないだろうか。なるといいなぁ。

 

 水晶玉さえあれば外部と通信ができる、ということには最初から気付いていた。今日の探索には水晶玉を持ってきていなかったので諦めていたんだけど(エルフキャット捕獲作戦の時に買った分は店に置いてきた)、馬車の中にも水晶玉はあった。


 それでもすぐに通信を試みなかったのは、この方法のリスクにも気付いていたからだ。

 実際のところ、通信を可能にできるところまで僕の魔力が持つかどうか確信がない。もし失敗すれば通信は当然出来ないし、僕の魔力が切れれば食料を集めたり胃液から身を守ったりするのにも支障を来すことになる。


 しかしそのリスクを考慮してなお、外部との早急な連絡を試みるべきだ。最終的に僕はそう判断した。


「ほんじゃぁ……ま、ドン引きしつつも協力しますか。魔力を注ぐのにも多少は時間かかるよね。馬車の中にスペース作ろっか」

「あ、うん。ありがとう」


 というわけで。

 元同期にドン引かれつつも、それなりに今後の命運を分ける僕の魔力量チャレンジがスタートしたのだった。

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