第11話 『魔法生物カフェ』ミステリー編、閉幕!

「は……? え? な、なんすかそれ」


 数秒ほどの沈黙ののち、最初に口を開いたのは混乱しきった様子のフレッドさんだった。


「意味分かんないすよ。だったらお頭はなんで、自分がやったってことにしようとしたんすか?」

「そこは正直、僕もあんまり分かってないんですが。ピーターさん、なぜなんです?」

「……。動物の自傷行為は、強いストレスの証なんだろ。そのくらいは俺だって知ってる」


 事実を隠し通すことをあきらめたらしく、ピーターさんは肩を落として語る。


「フレッド。お前はルビーのことが本当に好きだったよな。ルビーもお前にはよく懐いてた。こんな場所でもみんなでいれば幸せだって、お前はそう言ってたよな」

「……お頭」

「お前に知られたくなかった。ルビーが本当は、ずっとストレスを抱えてたなんて。自分で自分の腹を食い破っちまうくらい、ここでの俺たちとの暮らしが苦しかったなんて。……お前に知られたくなかったんだ」

「う、く……」

「幸い、ルビーが肉を食い破ったとき、お前は眠っていた。だから俺は……」

「……自分が飢えに耐えかねてルビーさんを殺した。そういうストーリーをでっち上げることにしたんだ」


 こくり、とピーターさんがうなずいた。


 なるほど。そういう事情だったのか。

 そういうことなら、まあ、問題ない。


「お頭……! ありがとうございます! 確かに、確かにルビーの気持ちはショックだし、信じられないっすけど……! でもお頭がそうやって俺のために罪を被ろうとしてくれたことが……」

「あのぅ」

「なんすか! いま大事なとこなんすけど!!」

「ルビーさん、生きてますよ」


 しん、と。再びその場が静まりかえった。


 ……いや、本当はもっと早く教えてあげてもよかったんだけど。ピーターさんの意図が読めなかったこともあって、順序立てて説明しようとしたらこうなってしまった。


「は……。え。だってほら、お腹がそんなにがっつりえぐれて……」

水棲馬ケルビーは生命力と再生力の高さで有名な魔法生物です。このくらいの傷なら、まあ、半日あれば治りますよ」

「ま……マジっすか!?」

「そしてその再生力ゆえ、水棲馬ケルビーには独特の生態があります。群れが飢えると、んですよ」

「あ……」

「普通は同族にしかやらないんですけどね。ピーターさんもフレッドさんも、よっぽどこの子に信頼されていたらしい」


 何か糸が切れたように、フレッドさんがその場にへたり込んだ。


「そっか……! ルビー……。ルビー……! ありがとう! ありがとうなぁ……!」


 ルビーにすがりついてフレッドさんは泣きじゃくる。

 血のあたりに触れると不衛生だからやめた方がいいですよ……とはまあ、この場面では言わない方がいいんだろうな。


「……なぁ、あんた」


 ピーターさんがこちらに向き直り、深々と頭を下げる。


「ありがとう。ルビーの真意を俺たちに教えてくれて。……それと、さっきは突き落とそうとして悪かったな」

「あ、いえ。本気じゃなかったことは分かってますから」


 僕を突き落としても、また簡単に水の鞭で馬車に戻ってこられる。……ということが分からないような人には見えなかった。

 僕たちを脅して食料を集めさせようとした、というところまでは本当なんだろうけど。ただ、本当に僕たちを害するようなつもりはなかったはずだ。


「……あの~~」


 ロナが遠慮がちに、小さく手を上げた。


「この状況で申し訳ないんだけど、どうしても気になっちゃって。結局、あのコーヒー牛乳はなんだったの?」

「ああ……。あれね」

「ありゃあコーヒー牛乳じゃねえんだ。……そうだな、見てもらった方がはええだろ」


 ピーターさんがフレッドさんのすぐそばに置かれた小瓶を取り上げ、きゅぽんと蓋を外す。


『にゃ~~~~!!!』

「あ……あれ? 猫の鳴き声! さっきから聞こえてたような気がしてたんだけど、今度ははっきり聞こえた!」

「こいつは狭いところが好きでな。特にこの小瓶の中はお気に入りのスポットなんだ」


 ピーターさんが小瓶を逆さにすると、そこからとろとろとが流れ出してくる。


『にゃ!!』

「え? ……え!?」

粘性猫スライムキャットのデロォンだ。いちおうこうして外に出ると猫っぽい形は取るんだが、ああいう瓶の中だと本当に液体にしか見えないよな」


 猫っぽい形、というのはなかなか巧みな表現だった。茶色と白の縞模様。これはなんですか、と聞かれれば誰もが猫と答えるだろう。

 でもところどころ造詣が雑だ。ぐでんと伸ばされた右前足がやたら長かったり、左半分のヒゲが地面まで垂れ下がっていたり。


『にゃぁ』

「うーん。これは典型的な、でろでろに甘やかされて育ったタイプの粘性猫スライムキャットですね」

「まあ……。甘やかしてた自覚はなくはないな」

「なにこのおもしろ生物……」


 ピーターさんが小瓶をデロォンの近くに置く。デロォンは4足でのっそり立ち上がるととことこと小瓶に近寄り、ちゅるんと小瓶の中に自ら収まった。


『にゃ~~!』

「フィート、なにこれ。まったく生態が理解できないけど、かわいいという感情だけはある。なんで?」

「猫だからじゃないかな。……しかし粘性猫スライムキャットにせよ水棲馬ケルビーにせよ、北方の湿地帯にしか生息していなかったはずですが。なぜこんなところにいるんです?」

「……そりゃあ、俺たちが運んできたからさ」

「え」

「俺たちは商人なんだよ。スケールスネークもケルビーもスライムキャットも、この国の魔法生物管理局に売るために輸送してきたんだ」

「…………」


『なんらかの理由で王都にいっせいに魔法生物が持ち込まれて、その生物たちが原因で怪事件が発生している……。そう考えるとしっくり来るのよ』


 メルフィさんの言葉を思い出す。


「ピーターさん。その話、もう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」

「ん? ああ、構わねえが」


 ……何か重要な事件の核心に迫りつつあるような。そんな予感が、僕にはあった。



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本日から『魔法生物カフェ』は平日(月~金)毎日更新になります。

というわけで、明日もよろしくお願いします!!

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