第8話 スケール・スネーク・スライダー

 空中から降り注ぐ3つの巨岩。

 破壊するだけならいくらでも方法はある。でも破壊した岩の破片が倉庫内に降り注ぐことまで防ぐとなると……


「うぎゃあああっ!! フィート! フィート助けて!!」

「迷ってる時間はないか。『風の槍』!」


 6本の空気圧の槍が巨岩を同時に刺し貫く。

 その強烈な威力に巨岩は粉砕され、

 そして案の定そこそこの大きさの小岩が倉庫に降り注ぐことになった。


「うわっ!? 助けてくれたのはありがとうだけど、なんかこれはこれで死ぬくない!?」

「『肉体強化』。……これで僕たちの体は、このくらいの岩なら当たってもちょっと痛いくらいで済むよ」

「あ……ありがと。あ、でも、倉庫に残ってるもの……」


 倉庫内には、まだいくらかの荷物が残されていた。なにが残ってたのかは知らないけど、数秒後に岩の破片でぐちゃぐちゃに押し潰されることは間違いないだろう。

 弁償するしかないか。……必要経費ってことで、冒険者ギルドの方で出してくれないかなぁ。


 ……などと世知辛いことを考えていたせいで、反応が遅れた。


「……あれ? さっきのヘビ、どこに……」

「! ロナ、下がれ!」

「え」


 突如としてロナの眼前に現われたスケールスネークが、その巨大な口を開く。

 いや。厳密に言えば、突如として現われたという表現は正確ではない。

 スケールスネークは単にロナの目の前まで這いずってきたのだ。ただ這い寄っている間その体長は僕の片手ほどにまで小さくなっていて、そのせいで僕もロナも接近に気付けなかっただけで。


 スケールスネーク。縮尺スケールを操る大蛇。

 縮小魔法が顔の周辺から食道にかけて常時発動しており、自分の体の数十倍の大きさのものも小さくしてあっさりと呑み込んでしまう。加えて自身の体を縮小させることもできる。


『SHHHHHHHHHH!!!!!!!!』

「っ、『風の槍』!」


 状況が理解しきれないままに、なかば反射的にロナがスケールスネークに攻撃を放つ。

 ……が。


「な――」


 空気を切り裂く豪槍は、スケールスネークの頭に命中する頃にはごく小さな空気の揺らめきにまで矮小化される。

 これがスケールスネークの脅威性のひとつ、圧倒的な防御性能。

 鉄、鋼、炎、水、氷、風、雷、光、闇、毒。あらゆる属性において、その攻撃の威力は『大きさ』に強く依存する。スケールスネークの急所付近は、常時発動の縮小魔法によって完璧に守られているのだ。


「……!」


 攻撃が通じなかったことを悟ったロナが、足を後ろに動かす。

 が、逃走は間に合わない。射程範囲内の獲物に対する蛇の攻撃速度は自然界最速クラスであり……


「ロナ!」

「フィート、ギ」


 言葉を言い切らないうちにロナの体は一瞬で小さくなり、するりとスケールスネークの口内に呑み込まれた。


 ……ロナとの付き合いは長い。言いたいことはあれだけで伝わる。

 ギルドに連絡を取れって言うんだろ、ロナ。確かにこの状況ではそれが最善手だ。


 しかし気付けば僕の足は倉庫の硬い床を蹴っていて、僕の体をまっすぐスケールスネークの方へと運んでいた。


「悪いけどもうちょっと口開けててくれ、スケールスネーク」

『SHHHHHH....!!』


 僕の接近に、スケールスネークは口を開けてこちらを威嚇する。よし、良い子だぞ。


「『軽量化』と、『風の槍』!」


 スケールスネークとは逆方向に風を噴射し、軽くした自分の体を一気にスケールスネークに突っ込ませる。

 やがて落ちてくる岩の破片が、むき出しになったスケールスネークの牙が、なにもかもがとてつもなく巨大になって、そして僕の視界は暗く染まった。





「てかさフィート、これ!! これ、いったいいつまで続くわけ!?」

「うーん……。俗説では永遠に続くとか言われてるけど」

「永遠!? えいえいえい、永遠!?」


 ……そして、今に至ると。

 僕とロナはいま、スケールスネークの食道をすべり降りている。なかなか貴重な体験で、一研究者としてはちょっと嬉しい。蠕動運動ってこんな感じなんだ。


「食道を降りるほどに僕らは縮み続けるから、永遠に胃袋にはたどり着けないって話。わりと有名な俗説だけど、まあ実際はそんなことないと思うよ。その説が事実なら、スケールスネークがどうやって栄養を得ているのか分からないし」

「あ……そ、そうなんだ。びっくりした~」

「僕らの縮小具合にもよるし、すべり降りてる時間と蠕動運動で運ばれてる時間の比率にもよるから、正確にどのくらいの時間になるかは分からないなぁ。でもたぶん、もうちょっとかかると思うよ」

「なるほど!」


 ……しかしどうしたもんかなぁ、これ。

 スケールスネークの口に飛び込んで、ロナに追いついて合流したのはいいものの。……こっからどうしよう。


「……あ、あのさフィート。助けに来てくれたのはすっごい嬉しいんだけど……。こっから脱出する方法は、その、思い付いてるんだよね?」

「いや、まったく」

「正直そんな表情してるなぁとは思ったけど! じゃあやっぱりあたしのことは放っておいて、ギルドに応援呼びに行った方がよかったじゃん!」


 まあ……うん。戦闘態勢に入ったスケールスネークを無力化するのはかなり難しい。でも実は、不意を突けばさほど怖い相手でもないのだ。人員と道具を集めて、いったん時間を置いて警戒を解いてしまえば、捕獲や拘束は可能だっただろう。

 だがそのためには、少なくとも数時間を要する。

 ロナはスケールスネークの胃液から身を守る魔法を持たない。その数時間で、ロナがどろっどろの栄養素の塊に変えられてしまう可能性は低くなかったはずだ。


「あの状況でより多くの人命を守るための最善手は、たしかに1度引いてギルドに連絡することだったよ。でもは、君の後を追ってすぐさまスケールスネークの口内に飛び込むことだった。僕の魔法なら、胃液から身を守ることができる」

「それはありがとうだけど! でもそのおかげで、いまもあのヤバ蛇は自由に王都をうろついてるんでしょ! どれだけの人命が危険に晒されると思ってんの!」

「知らない人たち数百人の命とロナの命を天秤にかけて、後者の方が僕にとって大事だったからそっちを取ったんだ。別におかしくないだろ」

「お、おお……。いやちょっときゅんと来たけど、倫理的にどうなんだそれ! フィートってわりと、元職業軍人とは思えないこと平気で言うよね!」


 あらゆる生き物は、常に他の命に値段を付けながら生きている。

 僕はベヒーモスが死んでも何とも思わないけれど、人間やエルフキャットが死ぬのは悲しい。知らない人間が死ぬよりもロナが死ぬ方が悲しいし、知らないエルフキャットが死ぬよりもデザートムーンが死ぬ方が悲しい。

 なぜか人間だけがそれに抵抗を感じるらしい。ちょっと不思議だ。


「ま、メルフィさんに調査の進捗は報告してるからね。僕が失踪したら、たぶんだいたいのことを察してスケールスネークを探し出してくれるんじゃないかな」

「……それ、どのくらいかかると思う?」

「うーん……。うまくいって10日くらい?」

「と、10日……。10日かぁ……」

「まあ食料はスケールスネークが食べたものが上から降ってくるだろうし、飢死の心配はないと思うよ」

「絶対にそういう問題じゃないなぁ……」


 スケールスネークの胃袋の中で10日間以上、か。

 ちょっと……いや、かなり楽しみだ。スケールスネークはまだまだ謎の多い魔法生物。この機会に調べてみたいことがたくさんある。


「よーし、ロナ! とりあえずは胃液の分泌の間隔を調べよう! これは僕らが胃袋の中で安全に過ごすためにも役立つはずだ!」

「すっげえ楽しそうだ……」


 そんなふうに、暗闇の中で僕とロナは、スケールスネークの胃袋というワンダーランドに向かって滑走を続けるのだった。

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