第7話 野生の動物を相手にするときは、常に最悪の事態を想定しよう

 そういえば、昔ルークが話してたなぁ。

 以前ルークがいた世界には、『ウォータースライダー』なる施設があったそうだ。

 水の流れるすべり台が付いた巨大な塔。破廉恥なカップルがくっつきながらすべり降りて、恋人と密着しながらのスリルを楽しむ施設だったとのこと。


 ちなみに『じゃあルークも恋人と一緒にすべったの?』と聞いてみたところ、彼は丸1日ほど口を効いてくれなくなってしまった。

 あれはいったいなんだったのか、今でも謎のままだ。


 ともあれ。僕がふとそんなことを思い出したのには理由がある。


「うわわわわわっ!! フィート、絶対離れないでね!」

「うん。ここまでしがみつかれてたら、離れようと思っても離れられないけどね」


 ぬるぬるとすべる筒の中を、ロナにしがみつかれながらものすごい勢いで滑り落ちていく。

 この状況が、ルークの話していたウォータースライダーとよく似ていたからだ。


 違いといえば……そうだなぁ。あたりが異様に真っ暗なところと、1度離れたら合流は難しいだろうな、ってくらいに筒が巨大だってところかな。


「てかさフィート、これ!! これ、いったいいつまで続くわけ!?」

「うーん……。俗説では永遠に続くとか言われてるけど」

「永遠!? えいえいえい、永遠!?」


 ロナには悪いことをしたな。まさかこうなるとは思ってなかった。

 ……そう。最初はただ単に、非番のロナに調査を手伝ってもらっていただけだったんだ。





「……おっけ。確認終わったよ」

「どうだった?」

「んー。上空から隅々まで確認したけど、直射日光が倉庫内に差し込む経路はなさそうだね。たぶん保管する食料の都合上、意図的にそうしてるんじゃないかなぁ」

「やっぱりか。ありがとう、ロナ」


 脳内のメモ帳にあった『レイウルフ』の名前を二重線で消す。

 ……ううん。透明人間連続盗難事件の犯人候補も、だいぶ絞られてきたな。


「レイウルフもファントムゴートもランドシーホールもテラダイバーも違った。……うーん、本格的にスケールスネーク説が濃厚になってきちゃったなぁ」

「ふーん? 候補が絞られてきたなら良かったじゃん。ギルドからの依頼も達成間近ってことっしょ?」

『ぎゅるぉぉ~ん』


 シルフィードの首元を撫でながら、ロナが首を傾げる。

 もっともな指摘だ。だが僕は首を横に振る。


「候補が絞られてきたこと自体じゃなくて、その候補がスケールスネークってところが問題なんだ」

「へぇ。なんかヤバい生き物なの?」

「かなりね。人間にとって有用な性質があるから魔法生物に分類されてるけど、野放しの状態ではそこらの魔獣よりはるかに危険だよ」


 正直なところ、本当にスケールスネークが犯人なのであれば、まだ被害が食料だけで済んでいるのは奇跡だと言っていい。

 ……いや、もしかしたら、もう犠牲者は出ているのかもしれない。なんせスケールスネークはその性質上、死体を残さないわけだから。


「とにかく、警戒は怠らないようにしよう。この倉庫で盗難があったのはつい最近だ。まだ近くにスケールスネークがいてもおかしくない」

「りょーかーい」

「それじゃ、次は倉庫の中を調べてみよう。所有者の許可を取っておいたから」

「おっけ。シルフィードはここで待って……あ、いや。そんな危険な生物がいるんなら、こんなところにひとりで待たせてちゃ危ないか」

「だね。ちょっと安全なところに預けてこよう」

『ぎゅるおぉぉ~~~ん』


 というわけで。シルフィードを倉庫の所有者である男の家の庭に預けたあと、僕とロナは倉庫に入った。


「……ん~~。やっぱヘビが入ってこれるような隙間はなさそうだけどなぁ。窓は全部閉まってるし、換気扇もそんなに大きなものじゃない。唯一の出入り口近くにはずっと人がいた。やっぱ透明になれる生き物の仕業じゃないの?」

「透明になる生き物といえばランドシーホールだけど、あれは移動するときに音が鳴るからね。スケールスネークなら、たぶんその換気扇からでも侵入できるよ」

「え。スケールスネークってそんなちっさいの? 食い荒らした食料はけっこうな量だけど……」

「いや、基本的にはかなり大きなヘビだよ。ほら、ちょうどそこ、ロナのすぐそばにある太いロープみたいな感じ」

「へぇ、めちゃくちゃ大きいじゃん。じゃあやっぱ換気扇からなんて……待ってフィート」


 不意にロナが言葉を止めた。


「どうしたの?」

「あのロープ、なに? こんな太いの、ふつうこういう倉庫に置いとくっけ?」


 ……あれ、言われてみればそうだな。

 積み荷のそばに無造作にうち捨てられたそのロープは、たしかに資材の梱包用にしては異常に太かった。

 あと暗くてよく見えないけど、なんか緑と黒のまだら模様になっている気がする。


『SHHHHH.....』

「珍しいね、フィート。ロープが鎌首をもたげてるよ?」

「ロナ。ロープから目を離さずにゆっくりと下がるんだ。できるだけゆっくりと、相手を刺激しないように」


 こくこくとうなずいて、ロナがゆっくりと後ろに足を運ぶ。

 ……大丈夫。あのロープは食事のあとで、ある程度は満足していると思う。すぐに攻撃態勢に入るような状態ではないはず――


『SHHHHHHHHHH!!!!!!!!』


 ロープが、その口を大きく広げた。


「ロナ! 全速力でこっちへ!!」

「ああもう、ゆっくりなのか全速力なのか!」


 大蛇にくるりと背を向け、ロナが駆け出した。僕も大急ぎでそちらに向かう。

 逃げ去るロナの背中にスケールスネークは、その大きく開けた口から数個の小石を吐き出した。

 数個の小石。そう、数個の小石だった。

 スケールスネークの口から飛び出した直後の数瞬だけは。


「――――えっ」


 振り返ったロナが息を呑む。

 直径にしておよそ5メートルほどだろうか。

 人を押し潰すのに十分な質量を持った3つの巨岩が、ロナの頭上から降り注ごうとしていた。

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