第6話 ハスターさんのお仕事

 植物園の炎上事件からおよそ1ヶ月が経過した。

 自警団の広報誌での管理局バッシングはすぐに異常気象や暗躍する透明人間の話題にかっさらわれ、もはや火事に言及する記事はどこにも見当たらなくなっている。


「報告を、ロバート」


 魔法生物管理局高危険度生物管理班班長、のハスター・ラウラルはそう命じた。ロバート・レイダスは一礼して、手元の報告書を見もせずに応じる。


「予定通り、昨日の作戦でエルフキャット3匹の捕獲に成功しました。いずれも市街地の空き家に住み着いていたものですね。これで管理局主導で捕獲したエルフキャットは合計8匹です」

「よし、よくやった。お前に作戦の指揮を取らせて正解だったな」

「……正直、安心しました。大抜擢はありがたいんですが、胃が痛くて仕方なかったですよ」

「ふ。悪かったな。だが優秀な人材を遊ばせておく余裕は今の管理局にはないんだよ」


 アルゴ・ポニークライ局長。ルル・マイアー班長。ゴードン・バグズ班長。仮にも役職者である3人の入院によって、管理局の機能は一時なかば麻痺した状態にあった。

 ハスターが局長代理としての権限を与えられたことで、現在は運営に支障がない程度には回復している。低危険度生物管理班などは、ゴードンのパワハラからの解放とハスターによる作業フローの改善によって、業務効率が大幅に向上しているくらいだ。


 とはいえそれでも、単純に権限を持った人間の不在は痛手ではある。エルフキャット捕獲に人手を割く必要があることや、そもそもフィートが去って以降慢性的な人員不足状態であったこともあいまって、管理局職員は残業続きの日々を送っていた。


「お褒めいただけて光栄です。……しかし。優秀な人材、ですか」

「うん? なにか思うところがありそうだな」

「そりゃああるでしょう。僕らが8匹捕まえる間に、フィートさんが何匹捕まえたと思います? 初日に捕まえた分と合わせて23匹ですよ! 意味分からないでしょ。しかもあの人、たった1人でカフェ営業の片手間にやってるんですよ!」

「はは。相変わらずイカれた性能してんなぁ、あいつ」


 ハスターは苦笑する。


「まーあいつは、ナイトライトの案内があるグレイラインを中心に、魔力が濃い場所でがさっと捕まえてきてるるからな。目撃情報を元に、市街地に点在するエルフキャットを捕獲するお前よりも数が多くなるのは当然っちゃ当然なんだが」

「だとしてもですよ! 23匹はどう考えても多すぎでしょう!! ……はぁ、なんでアルゴ局長はあの人クビにしちゃったんですかね」

「いや、本当にな」


 フィートがいなくなった当初の混乱状態を思い返して、ハスターはため息をついた。あったおかげで今はそれなりに回っているが、それでも人手不足状態は続いている。


「……ところで、ロバート。この報告書には、次回のエルフキャット捕獲作戦の予定が記載されていないようだが?」

「ああ、その件なんですが。もう捕獲作戦は必要ないのではないかと思いまして」

「ほう?」

「こちらの資料を見てください」


 ロバートが差し出してきた紙の束。ハスターはぱらぱらと数ページめくって、その資料が何を意味するものであるかを即座に理解した。


「……魔法生物販売業者の会計簿か」

「ええ。徴税部の方から資料を引っ張ってきました。後半は、ブーム当時のエルフキャットの売り上げと、現在までのエルフキャット用の飼料の売り上げをまとめたグラフになっています」

「なるほどな。ペットとして購入されたエルフキャットの数と、現在飼育されているエルフキャットの数。それらを比較すれば、野良エルフキャットの数が推定できるわけか」

「もちろんすべての業者の会計簿があるわけではありませんし、飼料からの飼育数の推定は正確ではありませんが。しかしおおよそのところは計算できます。おそらくここまで捕獲した合計31匹で、野良エルフキャットはほとんど捕まえられたのではないかと」

「ふむ。思ったよりも少なかったが、まあこんなものか。いいだろう、王太子殿下に作戦の終了を打診しておく」

「ありがとうございます」

「……ま、良かったよ。収容室が足りなくなる前に決着が付いたな」


 捕獲したエルフキャットは、今のところすべて管理局の収容室で管理されている。

 もともとこれらの収容室は、新種の魔法生物を受け入れるために増設されていたものだ。だが結局、フィートが去ったことで混乱状態にあった管理局では新種の魔法生物を引き取ることができず、収容室だけが空いたまま残されていたのである。


「アルゴ局長たち3人も、まもなく退院してくるみたいですね」

「そのようだな」

「捕獲作戦が終わり、人員も元通り。一連の騒動も、ようやくひと段落って感じですか」

「……そう思うか?」

「え」


 ハスターは愉快そうに笑いながら、懐から取り出した毛煙草に火を付ける。


「作戦が継続中であったことと、当人たちが入院していたこと。2つの理由から保留されていた大イベントが、まだ残ってるじゃあないか」

「……と、言いますと」

「失敗した者への懲罰と、成功した者への報酬。信賞必罰は組織の基本だ。管理局は成果主義とは程遠いが、なにせこれだけ大がかりな案件で、しかも取り仕切るのがあのハルトール王太子だからな」

「はぁ……」

「くく、楽しみだなぁ。もし局長のポストが空くようなことがあれば。いま列の先頭に並んでいるのは俺だと思わないか?」

「……僕は正直、あまりそういう話に関心はないんですが」

「無欲な奴だな。まあいい。フィートは別格としても、俺とお前は今回の件で能力を証明した側の人間だ。期待しておいていいぞ」


 ハスターは楽しそうに煙をくゆらせる。

 そのぎらついた目に若干の恐怖を感じながら、ロバートは一礼して部屋を後にした。





「あ~~。憂鬱だなぁ~~……」


 病室でベッドに横たわりながら、ルル・マイアーは深々とため息をついた。


「もう治っちゃうもんなぁ、このケガ。せっかくずっと仕事しなくてよかったのに。あの猫、もうちょい強めに焼いといてくれよな~~……」


 ぼやきながら髪をいじる。何もしなくていい病床は、ルルにとってわりと理想的な生活だった。

 ふと窓の外に目をやって、ルルは眉をひそめる。


「……なにやってんだあいつ。まだ勝手に出歩いていい状態でもないっしょ」


 まだ顔の一部に痛々しい包帯を巻き付けたまま、ずしんずしんと歩く大柄な男。ゴードン・バグズだった。

 なにやらぶつぶつと呟きながら、異様に見開いた目だけをらんらんと輝かせている。その異様すぎる様相に、行き交う人々も自然と道を空けていた。


「ん~~……。あいつそういや、ずっと言ってたらしいなぁ。フィート君殺すとか。猫ちゃん殺すとか」


 うーむ、と数秒考え込んだあと、ルルは結論を出した。


「……ま、あたしには関係ねーや」


 再び枕に頭を乗せ、うとうとと目を閉じる。

 ルル・マイアー。本日3度目のお昼寝だった。

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