第5話 ギルドからの協力要請
「ふふ……。なかなか大変な1日だったみたいね」
「ええ、まあ」
本当に大変だった。
『desert & feed』は1日の営業を終えた。
いま店内にいる人間は、なぜか営業後にやってきたメルフィさんだけだ。2人分のカームティを用意した僕はそれをテーブルに運び、メルフィさんの向かいの席に腰掛ける。
「まあとはいえ、今日は収穫もありました。結局レイククレセントはすぐに裏に引っ込めましたが、あのくらい人なつっこいならお店に出てもらってもいいかもしれません」
「ふふ……。それはよかった。1日ずっと裏でひとりぼっちなんて、かわいそうだと思ってたのよ」
「ええ。それにもう1つ。自分のお店の課題に気付くことができました」
「課題?」
「はい。僕のお店には、安全性の保証が不足している」
「へぇ……。詳しく聞きたいわね」
カームティをすすりながら問いかけるメルフィさんに、僕は答える。
「僕のお店の安全性は、十分に確保されていると自分では思っています。デザートムーンたちが安易に人を攻撃するようなことはありませんし、万が一があっても僕がいればすぐに対応できる。だけど、ただ安全ってだけじゃ足りないのかもしれない、と今日思ったんです」
「ふふ……。続けて」
「きっと実際に安全ってだけじゃなくて、安全なことが誰の目にも明らかでなきゃいけないんです。僕の知識も戦闘能力も、初めてこのお店に来るお客様は知らないわけですから」
「ふふ……。なるほど、良い着眼点だと思うわ。もしもこのお店の安全性を広く周知することができれば、より幅広い層からの来客を見込めるでしょうね」
今朝怒っていたお客さんの発言は、決して正しくはなかった。正しくはなかったが、僕はあの人の発言を否定できる客観的な根拠を持っていなかった。
たぶんそれじゃダメなんだ。人間を相手に商売している以上、正しいことをするだけじゃなくて、自分が正しいことをしていると相手に知ってもらう必要がある。
メルフィさんが微笑んでうなずく。
「ふふ……。そういうことならフィート君、ちょうどよかったわ」
「え?」
「あなたのお店が安全である、と多くの人に思ってもらいたいのよね。だったら手っ取り早い方法がある」
「手っ取り早い方法、というと?」
「権威付けよ」
メルフィさんがポケットから小さな紙の束を取り出す。
メルフィさんが『縮小』を解除すると、それはうずたかい書類の山になって床に積み上げられた。すごいな。僕の身長の半分くらいはあるぞ。
「ふふ……。あなたの言う通り、ただのカフェの店長がいくら『このお店は安全です』と言っても、それは強い根拠にはならない。でも、巷を騒がす魔法生物たちの事件をすぱっと解決した専門家が言えばどうかしら?」
「魔法生物たちの事件、ですか?」
「透明人間による連続盗難。いきなり激変する天候。いまだ原因不明のこの怪事件は、魔法生物のしわざなんじゃないかと私は考えているわ」
僕は書類を何枚か手に取ってざっと目を通す。『軽量化』がかけられているらしく、重さをまったく感じない。
どうやら、最近ギルドに報告があった事件についての調査報告らしい。連続盗難や天候変化以外の事件についての報告もある。
「そこにある報告書はすべて、ギルドに寄せられた調査依頼のうち、原因自体がはっきり分からないままになっている事件についてのものよ」
「……。ルイスさんに聞いた感じだと、盗難事件も天候の急変もまったく原因が掴めていないって感じでしたけど。魔法生物が原因で事件が起きているっていう根拠はあるんですか?」
「ふふ……。あんまりないわ」
「ないんかい」
ないんかい。
「でもね。最近起きていた『火災の報告があったけれど、実際にはなにも燃えていなかった』って事件。あれは結局、レイククレセント君のしわざでしょう?」
「根拠はありませんが……。その可能性は高いでしょうね。少なくともファイアフォックスが原因になっていることはほぼ間違いないと思います」
「連続盗難も天候変化も、幻の火災事件と同じくらいの時期から発生しているわ。なんらかの理由で王都にいっせいに魔法生物が持ち込まれて、その生物たちが原因で怪事件が発生している……。そう考えるとしっくり来るのよ」
なるほど。
仮説としてはちょっと強引な気もするけど。たぶんギルドとしても一連の怪事件には手を焼いていて、解決の糸口になりうる道は残らず探ってみたいんだろう。
「話は分かりました。メルフィさんの頼みですし、できるだけ協力したいとは思います。でも正直、どこまで手伝えるかは怪しいですよ。野良エルフキャット捕獲作戦は継続中ですし、お店の方もあまり休みたくないので」
「ふふ……。ええ、もちろんよ。自分のことを優先した上で、空いた時間があれば手伝ってもらえると嬉しいわ」
「そのくらいなら喜んで」
「ふふ……。ありがとう。……それで、どうかしら? 魔法生物のしわざである、と仮定してみて。一連の怪事件について、原因になりそうな魔法生物に心当たりはある?」
「そうですね……」
報告書を何枚か取り上げ、ぱらぱらとめくりながら僕は脳内の魔法生物図鑑を検索する。
数秒ののち、いくつかの候補が思い浮かんだ。
「天候を変える魔法生物というと、キリンが有名ですね。ファイアフォックス同様、東方に生息する一角獣です」
「ふふ……。天候を変える魔法生物? そんなのがいるなら、もうその子のしわざで決まりじゃない」
「いやでも、キリンのしわざにしてはちょっと妙な点があるんですよね。ほら、見てください。こっちの報告書を見ると、面積にして王都の4分の1近い地域が突然雷雨に襲われたと書かれています」
「ええ。最近のものでも、特に規模が大きかった事件ね」
「キリンには、そこまで広い地域の天候を変える力はないんですよ。数十匹いればこのくらいのことができるかもしれませんが、そこまで大量のキリンが王都にいればさすがに目撃されているはずでしょう」
「ふふ……。なるほどね」
「まあかといって、キリン以外に天候を変化させられる魔法生物なんて思い付きませんが」
というわけで、残念ながら天候急変事件の真相は僕では解き明かせなさそうだ。
そして透明人間による連続食料盗難事件については、別の理由で犯人となる魔法生物を特定するのが難しい。
「連続食料盗難事件の方は、逆に候補が多すぎますね。要するにこれ、人間が侵入できない状況で保管場所からいつのまにか食料が消えてたって事件群ですよね」
「ふふ……。そうね。そういう事件が一部の地域で頻発しているの」
「そのくらいのことなら、犯行が可能な魔法生物は無数に思い付きます。あとは持ってきてもらった資料から事件ごとに状況を精査して、候補を絞り込んでいくしかないですね」
「ふふ……。頼もしいわね」
「さっきも言ったように、どのくらい時間が取れるかは分かりませんが。でも、できるだけ急がせてはもらいますよ。盗難事件の犯人になりうる魔法生物の中には、放置すれば人命が危険に晒されるような危険なものも含まれていますから」
「ふむ……。たとえば?」
「たとえば……そうですね」
ふたたび脳内で検索をかける。数秒ののち、僕は候補の中で最も危険な魔法生物の名前を引っ張り出した。
「スケールスネーク。高危険度に分類されるクラス5魔法生物の中でも、最上位の凶暴さと初見殺し性能を誇る大蛇。もしもあの生き物が王都で野放しになっているとしたら……今この瞬間にでも、相当な数の人命が失われかねない」
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