第3話 クレーマーに対処しよう!
「わ、見てママ、猫ちゃんこっち来たよ!」
「あらあら、ママの言った通りね。みーたんが可愛いから会いに来てくれたのよ」
「違う。1グループに1つはおやつをくれると知っているから、まだおやつを与えていない我々のところに来たんだ。これも店員さんが言っていただろう」
というわけで、デザートムーンが次に向かったのは親子連れのテーブルだった。当然のようにナイトライトもそれに付いていく。
……うーん。エルフキャットを増やしてもみんな同じところに行っちゃうだろう、という懸念は当たっていたみたいだけど、そうなる理由は予想と違うようだ。魔力量うんぬんとかじゃなくて、たぶんひたすらデザートムーンに付いていってるだけだな、この子。
まあ、それでもともかく2匹の猫は家族連れのテーブルに接近し、女の子ははしゃいでいる。最低限の仕事はしてくれてるな、うん。
「ねえママ、あたしもおやつあげたい!」
「ええ、いいわよ。店員さん、1つもらえるかしら?」
「はい、かしこまりました」
「やったー!!」
嬉しそうにはしゃぐ女の子。だったのだが、
「待て。ダメだ」
父親が首を横に振った。
「えーーーーーっ!!!! なんで! なんでなんでなんでなんで!!!」
「もう、パパ。あなたもおやつをあげたいのは分かるけど、ここはみーたんに譲ってあげなさいよ」
「違う。危険だと言っているんだ。ミリアはまだ子供だぞ。その猫がちょっと噛みついただけで大ケガになるかもしれない」
「そんなこと……」
「ない、とは言い切れないだろう。エルフキャットが子供に大ケガを負わせた事件を忘れたのか?」
「いや、その……。それは大丈夫なのよ。ねえ、店員さん?」
母親が顔を上げてこちらに助け船を求めてくる。僕はうなずいて応じた。
「ええ。人間の方から危害を加えない限り、エルフキャットが人を攻撃することは基本的にありません。特にいまデザートムーンとナイトライトは、信頼が置ける相手である僕のそばにいることでリラックスした状態ですから」
「……ふむ」
父親がこちらを振り向いた。
……改めて見てみるとこの人、かなりかっちりした服装をしているな。家族と食事に行くときの服というよりも、勤め先に着ていく服だと言われた方がしっくりくるくらいだ。
「危害を加えない限り、と言ったね。では危害を加えられれば反撃することもあるわけだ」
「え?」
「子供というのは、時に大人が思いもよらない行動を取るものだよ。たとえば仮に、ミリアが突然このエルフキャットたちを叩いたらどうする? 子供を入店させているのだから、当然そういったリスクにも対処は考えているんだろうな?」
「ミリア、そんなことしないよ!」
「お前は黙っていなさい」
「……そうなったら僕が責任を持ってお客様を守ります。それに攻撃を受けても、エルフキャットはまず警戒態勢で様子を見る。危険度の高い攻撃でなければ即座に攻撃に移るようなことはないですよ」
「申し訳ないが、とうてい信用できないな。エルフキャットの危険性は有識者たちが何度も警告している。それを即座に攻撃に移るようなことはないだの、いち店員であるあなたごときが守るだの。この店は客の安全性を軽視しているのではないかね? エルフキャットなどという危険な生き物で客を寄せて、そんなに金を稼ぎたいか?」
……おお。
話しているうちにどんどんヒートアップさせてしまった。こういう状況の対処、やっぱり僕は下手だな。
「……ね。ちょっとヤバくない?」
「ごめん。いま話しかけないで」
「でゅ、でゅふ……」
他のお客様たちも怯えてしまっているようだ。参ったな。
「もう! あなた、いい加減にしてよ!」
「……信じられないな。子供をこんな場所に連れてくるなんて。やっぱり君に子育てを任せていたのは失敗だったかもしれない」
「な……なんですって!」
「ちょうど時間もできたことだし、今後ミリアが遊びに行く場所は私が決めることにしよう。君には任せられない」
「し、信じらんない! あなたっていっつもそうよね。自分の考えが正しいと思い込んで、それで人を傷付けても平気な顔。そんなことだから……」
「そんなことだから、なんだ! そんなことだから職場をクビになったとでも言いたいのか!」
「ママぁ……。パパぁ……。やめてよぉ……」
地獄だった。
デザートムーンがてくてくと僕の元に戻ってきて、こちらの顔を見上げている。「はやくなんとかしろ」と言わんばかりだった。いやでも、どうすればいいんだこれ。
「だいたい、思い込みなんかじゃないぞ。この店が儲けのことしか考えていない証拠が、ほら、そこに座っているだろう!」
「でゅふ?」
父親が指をさしたのは、隣のテーブルに座る小太りの男だった。
「その男、さっきからちらちらと向こうの席のお嬢さんのことを盗み見ては気色の悪い笑い方をしていたぞ。エルフキャットではなく、女性客目当てでこの店に来ているんじゃないか?」
「え……」
「でゅ……でゅふ!?」
唐突に巻き込まれて、小太りの男と茶髪の女の子が戸惑った声をあげた。
「聞いたことがある。こういう女性客が多い店では、それを目当てに訪れる男がいるという話だ。良心的な店なら、そういう客にはきちんとそれなりの対処をするだろう。だが女性客の安全より儲け優先のこの店は、ああいう男もまるっきり放置というわけだ」
「あ……あなた、なんてこと言うの! いくらなんでも失礼よ!」
「その通りです。お店に対しての意見であれば構いませんが、他のお客様への誹謗中傷は見過ごせません」
「中傷だと? 単なる事実だろう。見ろ、あの男の姿を! いかにもという見た目じゃないか! 本当にあんな奴が、猫のためにカフェに来ると思うか!」
中傷だろ、それは。
どうやらついに『desert & feed』初の出入り禁止者を出すことになりそうだ。そう思って僕が口を開いた瞬間、
「……待ってください」
聞き心地のいい低音の声が、僕をさえぎった。
「聞き捨てなりませんね。僕は容姿を中傷されることにも、異性に関していわれのない誤解を受けることにも慣れている。しかしどうしても許せないのです。……エルフキャットに対する、僕の愛を否定されることだけはね」
視線を左に向ける。
小太りの男がすっくと立ち上がり、騒いでいた父親を鋭く見つめている。
「な、なんだね。いったい何を言っているんだ、君は」
「さっきから聞いていましたよ。あなたのその偏見まみれの価値観……。失礼ながら、でゅふふと笑わせていただきましょう」
そう言うと、小太りの男は口角を上げて笑った。
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